第13話 キャリック兄弟
「おまえっ、絵が下手すぎるだろ?! これがなんだって?」
「……それは水上コテージ、こっちは」
「おいテトラ、これがなんに見える? 完全に鳥の巣だが、プールらしい。ぎゃははっ」
「兄様、あんまり言うのは……」
「ラッセン、いい加減にしろ。自分は色男だなんだといつも吹聴しているけど、そんなレディの扱い方でよく言ったものだな」
「いやいやルイス、頼むよ、こんな絵心のない奴は初めて見たんだ」
ルイスとともにハネスバルトからノーツ港にうつってきた私は、連れられるがまま港町の賑やかなパブへとやってきていた。
ルイスの友人がいるとのことでやってきたパブは、非常に賑やかでごった返している。
おかげで見た目が華やかで目立つ男たちと一緒にいても注目されずに過ごすことができて、私はほっとしたのだった。
「シャーリーン、お前天才だよ、マジで迷アーティストになるのはどうだ? キャリック家が全面的に支援するから」
パブで待っていたルイスの友人は二人いて、そのうちの一人は失礼なことをいうこの男、ラッセン・キャリックだった。
先のはねた深い藍色の髪が印象的で、空色の瞳を細めた時に伏せったまつ毛が泣きぼくろに影をかけるのが色っぽい。
……王都でも、とんだ色男だという話題を聞いたことはあったけど。たしかにご令嬢たちがコロッと恋に落ちそうな見た目だわ。
「ところでグリーナワ公爵が、娘は魔力コントロールのために厳しい師と修行に出ているって言ってたけど、なんでまたルイスと一緒なんだよ? 男女二人旅なんてうらやま……グフフゲフっおぇ」
「お前じゃないんだから。ね? つまらないことばっかり言うその口は、縫い付けてほしいのか?」
「ひゃ、ひゃい……すまん、ルイス。冗談だよ冗談!」
美しい容貌のルイスとラッセンさんを交互に見比べつつ、類は友を呼ぶってこういうことか……なんてつい考えてしまう。
その横で、こちらをみて困ったように笑いながら首をかしげる少年を見て、私は思わず口元を緩めた。
優しそうなアーモンド色のたれ目に深い藍色の髪の美少年は、名をテトラという。
テトラはラッセンさんの弟であるキャリック公爵家の次男で、年齢は私の一個下。
────そして、ゲームの攻略キャラだった。
「ごめんね、兄さんは気を遣いすぎるせいで、場を盛り上げようとして……」
「ええ、わかりますから気にしないで」
「………………わかってくれてよかった」
ゲームの設定では、テトラは読心術が使える男の子だ。
テトラの読心術は、人が発言したことの真意がわかってしまう、つまりは言っていることが嘘か本当か、嘘なら真意は何かがわかるというという能力。
これのせいでテトラはだんだんと周りの人々を信用できなくなってしまい、疲弊したテトラはゲームの中ではすでに、日常生活で能力を完全に封じておく術を手に入れていた。
だけど今の感じだと、まだ能力は封じてないのでしょうね……。
この子のまえでは嘘をつかないようにしないと。
「はは、茶化すのはここまでとして。シャーリーンの案はいいんじゃないか? リゾートアイランドを作るってやつ。貴婦人方をターゲットに、島での非日常のひとときを訴求しよう」
「僕もいいと思います。王都にいる貴族は領土の別荘に避暑しに行くのがほとんどだけど、その概念を変えられたら面白そうだし」
「じゃ、決まりだね」
楽しそうにこちらを見る三人の顔を見て、私も笑い返したのだった。
◇◇◇
「ルイスって謎……」
宿に戻ってルイスとそれぞれの部屋に別れたあと、ベッドにドサっと倒れ込んだ私はつぶやいた。
金銭感覚もおかしいし、地位の高そうな人がルイスに呼ばれたら一瞬で飛んでくるのも謎。
だって上下水道の整備について話した翌日には、賢そうな学者集団がゾロゾロとやってきて私の話を聞き、現実的にどう実現するかを話し合う場が設けられたのだ。
それだけではない。
身勝手に家出少女となった私のことをどう両親に説得してくれたのか、「心配せずに心ゆくまで旅を満喫しろ」と書かれた両親からの手紙や、いまやお兄様や勉強会メンバーからの差し入れのスイーツまでが届く。
有力公爵家の兄弟であるラッセンさんやテトラとも対等に接しているし、というかルイスの方がちょっと偉そうにも思えて謎。
極め付けは笑顔ひとつで人を思い通りに動かす、謎のカリスマ性。
「実はすっごく社交界で地位が高い人だったりして」
まさか王子様? なんて思ったりもしたけど、現在我が国の王子は二人だけで、うち一人は既によく知るヴィンセント様だ。
そしてその上にいるという第一王子は────びっくりするほど、めちゃくちゃブサイクな太っちょさんとして有名なのだ。
ルイスであるわけがない。
まあ、詮索なんてしないけどね……と一人呟きながら、何の気なしに自分の体に埋まった宝石を服の上から指でなぞる。
誰かに見られたら殺されるという言葉を信じて少し怯えていたけれど、埋まっている場所が場所なだけに誰にも見られずに済んでいるその石は、相変わらずキラキラときれいに輝いていた。
そういえばあの人、きれいだったな。名前、なんだったっけ……?
「レヴィン様、だったかな」
「忙しない人生だね、シャーリーン」
突然聞こえた声にびっくりして、私は椅子から盛大な音をたてて落っこちる。
床に倒れ込んだまま腰をさすって顔を上げると、闇に紛れそうな黒髪の美青年が窓枠にとん、とつま先をつけて降り立ったのが見えた。
混乱したまま目を離せずにいるとかちりと合ったその人の瞳は、いつか見た深いあお色。
「ほ……本物?」
「契約者に呼ばれたら、問答無用で転移するんだよ。お互いにね」
「転移? 契約? ……って、なんですか!?」
「メイリンに仲立ちしてもらって契約したのに、忘れたの? 君が触っているその宝石が契約の証なのに」
「た、たしかにそんなことを言っていた気も……しないでもないですが……」
私の曖昧な返答に、レヴィン様のきらめく碧眼が不安げに細められる。
そして紡がれた言葉に、私は思わず口をあんぐりと開いた。
「…………契約とは、魔物とヒトが魂で繋がり合い、互いに生涯をかけて影響しあう関係性を築くこと。その証として、ヒトの身体には魔物の魂のカケラが埋め込まれる」
私が口を開けたままじっと黙っていると、レヴィン様がまた口を開いた。
「かつて魔物と魔法使いが契約するのは珍しいことではなかった。人間と魔物は互いに自らを守る盾であり共に癒し生きる友だった」
「かつては、って……というかその……レヴィン様は……魔物だったのですね」
聞きたいことが山ほどあって、何から聞けばいいのかもはやわからない。
ただ、頭の中は妙にすっきりとしていた。
────そうか、歴史書に記されていた 悪しき魔物は、実際に会ってみればこんなにも美しい目をしていたのね。
「少し強引なやり方だったのは謝ろう。けれど、君を逃したくなかった。魔物は、しかるべきヒトに会えたと思うと魂が呼応するというけど……それは本当だったんだ。あのとき、そう感じたから」
「とても光栄ですけれど、私の合意がないままで契約というのは……」
「合意してくれただろう? 僕の友となって魂を分かち合い、一族を助けてくれないだろうか、って僕が聞いた時、君は言ってくれた。私にできることがあるなら、何でもいたします、と」
ふむ、と顎に手を当てて考えること数秒。
私は初めてレヴィン様と会った時のことを思い出して、ああ、と声を上げた。
「長いこと子孫が生まれていないから助けて欲しいという話ですね? たしかに、それについて助力したいと申し出ました。けれどそれと契約やら魔物やらが関係していたとは……」
「契約というのは、魔物にとって一種の成人の儀なんだ。オスの魔物はヒトと契約し、魂をわかちあって初めて繁殖期を迎えられるから」
は、繁殖期!? と頬を赤くした私の顔を見て、美しい瞳を緩めたレヴィン様がふっと笑った。
「えーと、つまり……魔物のオスがヒトと契約することと、魔物の子孫繁栄が……イコールなのですか?」
「その通り」
ちなみにメスは自ら発情することはなく、オスのフェロモンを感じると、それに誘発されて発情するそうだ。
つまり、オスが繁殖期を迎えられるかどうかが種族の存亡を握っているにも関わらず、そのきっかけとなる「契約」をすることができなかった。
──────なぜなら、百五十年もの長い間、そして今も、彼らはヒトと決別しているから。
「僕たちには、ヒトともう一度交わる勇気も意思もない。だから僕がしたことが正しかったかは正直、疑問だ」
「誰にも未来や正解などわかりません。できることは、一度選んだことを
そして、いまや魂を分かち合って一心同体であるならば、私もそのために心を砕かなくてはならないでしょうね。
私がそういうと、レヴィン様は心から愛おしいというような、もの悲しいような、なんとも不思議な表情で私を見つめた。
「契約者たちは……身体に埋め込まれた契約石を、磔の状態で大衆の目に晒され、辱められ惨たらしく処刑されていった」
一体何のことだろうか。
歴史書には書かれていない、まるで誰も知らない残酷な事実があったかのように話すレヴィン様に、私はただただ口をつぐんで思考を巡らせた。
「また契約者達があんな目にあうなんて、想像もしたくはない。だから……。だけど……君なら、タダでは誰にもやられない気がしたんだよ」
レヴィン様が私の頬をそっと包み込む。
「今にも死にそうなほど危うい匂いがするのに、同時に誰より強く輝いても見える。……そんな君と友達になりたかったんだ」
まるで初心な小学生みたいな文句を、初めて見せる極上の微笑みで紡ぐ。
しばらくして、ゆっくりと目を逸らしていったレヴィン様は、口を噤んで空を見上げた。
「空を見ていると自分がとても小さくなったように感じる、と、かつて仲間の契約者だったヒトたちが言っていた。君もそう?」
──────星がつかめそうな夜だ。
無理だとわかっていながらも手を伸ばしかけて、ふとその腕をとめ、私は答えた。
「私もよく想像しますよ。自分がどんどん、星空を両腕で簡単に抱えられるくらい大きくなって、今日つけるアクセサリーを選ぶみたいに、きれいな星をつまんで鼻歌を歌ったりして……」
「やっぱり君を選んで正解だったようだ」
レヴィン様が安心したように微笑んだのを見て、私はなぜだか、この魔物を守りたいと強く思ったのだった。
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