第11話 門出
美しい花が咲き誇る庭園のなか、音楽隊が生演奏する横でワルツを踊る人々。
テーブルの上にはおいしいフィンガーフードやお菓子の数々が所狭しと置かれ、シャンパンやワインと一緒にオレンジジュースも並べられている。
──────今日はラートッハ国王のお誕生日らしい。
そのため王城の王妃自慢の庭園にて開かれた盛大なパーティーに、有力公爵家である我々グリーナワ家も、家族揃って招待されていたのだった。
「これが……! 王族……!」
「シャーリーン、私たちから離れないでね」
グリーナワ家も相当すごいと思っていたけれど、やはり王家は別格だ。
贅の限りを尽くした食べ物や調度品はどれも目を見張るほどだが、私はある一点をみて思わず目を止めた。
────これは、成功なんじゃないかしら?
図書館で出会ったルイスのおかげで刊行が実現した新聞は「ラートッハ・タイムズ」と名付けられ、瞬く間に多くの貴族に知られるところとなった。
読み上げ機能があることや、公平中立的な記事であること、といった特徴に加えて、追加料金で付属することにした別冊子がウケた。
別冊子には、月曜日はフード&スイーツ、火曜日はドレス&ビューティー、水曜日はアート&インテリア、木曜日はゴシップ……といったふうに曜日別のテーマがあり、それにそった最前線の情報が提供されている。
日刊の読み物は今まで貴族男性のものでしかなかったけれど、この別冊子が新たに、貴族女性の嗜みとして流行をつくる読み物へと昇華したのだった。
男性にとっても女性にとっても、「信頼できる最先端の情報を得るならラートッハ・タイムズ」というブランディングを短期間でつくりあげることができたのは、ひとえに社交界の鬼であり、実は別冊子の編集長&広報部長でもあるセリーヌお母様の影響力だった。
いつか王室に楯突いた記事なんかも書くかもしれないと思い、身の危険がないように新聞の発行元や企画者はいっさい公開していない。
けれどお母様にだけはどうしても、この別冊子のネタ収集や記事編集の協力を依頼したくて全てを明かし────興奮したお母様は快く、影の編集長&広報部長として暗躍してくれることになったのだった。
そんなわけで。
パーティー会場となっている庭園の最も目立つ場所に置かれている彫刻が、「これから来るアーティスト」として最近の別冊子で紹介した新進気鋭作家の作品なのをみて、私とお母様は目を見合わせてニンマリと笑ったのだった。
王妃様にまで「ラートッハ・タイムズ」の影響力が及んでいることを今日、多くの来賓たちが知れば、ますます権威性もあがり価値ある情報源として名を上げるに違いない。
「シャーリーン……大丈夫?」
ふと気づくと、不安そうにユアンお兄様がこちらを覗き込んでいた。
「大丈夫ですよ。どうしましたか?」
「いや、その。大丈夫なら良いんだ、放心してるように見えたから」
「それなら考え事をしてただけですよ! ねえお兄様、かわいい女の子がいっぱいいますね! お友達できるといいな」
そう言ってあたりを見渡していたら、私は今更になってやっと、自分達が遠巻きに多くの人に見られていることに気づいた。
「穢れ……子……」
「邪悪な……強い魔力を…………」
「恩赦に……グリーナワ公爵殿は……」
「悪しき…………」
風に乗って聞こえてきたヒソヒソ声に、私は思わず眉を顰めた。
──────なるほど、優しいお兄様に気を遣わせたのはこれだったのね。
「シャーリーン、聞く必要はない」
「前を向いて胸を張りなさい。あなたは生きる価値のある子なのだから」
両親の心強く優しい声掛けに、私は優雅に微笑んだ。
──────かつて大陸を脅かした悪しき帝国の支配者は、強い力を持った魔女だった。
ユアンお兄様の家庭教師も言っていたし、歴史書にも書いていたことだけれど、この事実は今なお、人々の考えや価値観に大きな影響を及ぼしている。
そう、例えばこの国では、強い力を持つ血筋では、女児が生まれると同時に間引かなければならないという法的慣習があるように──────ただ、強い魔女は歴史的に悪しき存在だからという理由だけで。
親から子へと魔力は血で引き継がれるものだから、グリーナワという強い魔力の血筋に生まれ、しかも実際発現した魔力が強かったにもかかわらず存在できている私は、この世界では文字通り異分子だ。
以前、お父様にどうして私を間引かずに育てることができたのか聞いたことがある。
そのとき父は、申し訳なさそうな顔をして言ったのだ。
「お前が産まれるまでに、セリーヌは三回流産している。だからお前が生まれた時、女児だからと
いわゆる免罪符はよっぽどの政治功労者にしか付与されるものではなく、一時代にこの権利を行使するものは一人いるかどうかという貴重な代物らしい。
だからこそ、それをこのような使い方することに対して、最初は批判も多かったそうだ。
けれど使ったのが有力公爵家の当主であるグリーナワ宰相で、なおかつ国王陛下が赦したとなれば、ついには誰も何も言うことはなくなった。
少なくとも、表向きは。
現実を見てみれば、偏見や差別というのは根深いもので、一歩グリーナワ家や親しい人たちのいないところへ出てみれば、こうした目に晒されることは想像にかたくなかった。
…………どうも、ゲームのシナリオだけでなく、この世界にとっても私は悪役らしいわね。
そのとき、急にお父様が横ですっと最敬礼をしたので、私も慌てて真似をする。
いつのまにか豪奢な椅子に座る御方の前まできていたのか、頭を下げて見た地面には、高そうな靴先が見えた。
「面をあげよ」
その声の主の顔を見た瞬間、思わず私は身構えた。
────兄弟や親族を手にかけ、第六王子の立場から王位を得た、ラートッハの王。
そのプロフィールを知らなくても、悪人だと疑いたくなるほどの、典型的な悪役顔だったのだ。
「初めてみるな、原罪を負った娘よ」
ニタニタと笑う陛下の姿に、セリーヌお母様もグッと体に力を入れたのがわかった。
「はっはっは、冗談だ。……お前も父親に似て、魔力がそこそこあるようだな。女の身で使いこなせるようになれるかは見ものだが」
舐め回すように私を見た陛下は、心底見下した表情で吐き捨てた。
「安心するが良い、お前自身がどうあれ、体に流れる血は役にたつ。その魔力を継ぐ男を産めばいいことだ。私がいい相手をとりもとう」
「……陛下」
「ハハハ、君の父親が怖いな。まあ、一旦は私に仕える忠実な魔法使いとなることを期待しているよ」
「陛下、勿体無きお言葉ですわ。光栄至極にございます。陛下のお役に立てるよう、精進いたします」
私が無邪気に何も知らない風を装ってお辞儀すると、陛下はフッと鼻で笑って、やっと「パーティーを楽しんでくれたまえ」と言った。
王に仕えるというのは国で一番の名誉だけれど、陛下が言ったのがそういう意味ではないことは私にもわかる。
女性が権力を持つことを忌むべきものとしている世界で、どんな理由があれど、王室に正式に仕えている女性などいるはずもないからだ。
ティファニー先生が言っていた、カラスという組織のことを思い出す。
陛下の発言はつまり、陛下に都合のいい相手との間に男児を産む以外では、なんの名誉や対価もなく裏舞台で陛下の意のままに動く操り人形になることこそが、私に求められるこの世界での生き方だということなのだった。
◇◇◇
「はあーあ、疲れた」
自室の扉を開けると、夜風がさっと吹き抜けた。
…………あれ、私窓開けてたっけ。
窓の方をみやると、部屋の真ん中、薄暗い中でわずかな灯りで本を読んでいる人影があることに気づく。
「やあシャーリーン。待ってたよ」
「……相変わらずどうやって侵入してくるんですか? 淑女の寝室に無断で訪れるなど、あってはならないことですよ」
「そうだよね。でも君に似合いそうなかわいいブレスレットを見つけたから、渡したかったんだよ」
手を出して、と言われて差し出すと、細い金のチェーンに色とりどりの生花と宝石が飾られた花冠のようなブレスレットが付けられた。
「わあ、かわいい……ありがとうございます」
「うん、きれいだ。今日は国王陛下の誕生パーティーに行ったんでしょ? その前にあげられたらよかったな。……パーティーはどうだった?」
素敵でしたよ、と言いかけてルイスの瞳をみると、そういう当たり障りのない薄っぺらな回答を求められていない気がした。
「…………私は、誰かの言いなりや、誰かの影で生きていくのはいやです」
「うん」
「女でも、魔力が強くても。その事実だけがその人を定義するはずがないということを知っています。この世界の常識は、私には理不尽で横暴で、受け入れられるものじゃありません」
私は私のなりたいようにしかなれないし、なりたくない。
前世では身分や性別に関わらず、自分らしく生き様を選べる時代に生きていたんだもの。
この世界の常識がなんであれ、自由を忘れたふりして、枠に収まって生きて朽ちるなどできるはずがない。
前世で道半ばで終わった夢の続きが見たい。
せっかく得た魔法という力を、自分や誰かのために役立てたい。
権力やバカげた権威のためではなく、崇高で子供じみた美しい理想のために使いたい。
────このままじゃイヤだ。
全属性であることがバレて王室に管理されるのも、カラスになって陛下のために働くのも、陛下に都合のいい男との男児を産むことだけ望まれるのもイヤだ。
世界はもっと広いはずだ。
私にしかできないことを、私がやりたいと思えることを、自由を────見つけにいかなきゃ。
「ねえルイス」
なんだい? と微笑んだルイスのうしろ、開け放たれた窓の外で、星空がぞっとするほどきれいに見えた。
「私、世界中あちこち、見てまわってみたいと思ってたんです。ルイスは以前、一年のほとんどを旅して過ごしていると言っていましたよね。どうか次の旅に……一度、私を攫ってみていただけませんか?」
今夜は、こんなに星がきれいですし。
私の言葉を聞いて、ルイスは私の顔を真意を確かめるようにしばらくじっと見つめてから、おもしろそうに目を輝かせて口を開いた。
「……公爵家のご令嬢を攫うなんて大罪だ」
「公爵家令嬢の部屋に無断侵入してくるのも大罪ですわよ」
「ああ、それもそうか!」
ルイスが笑う。
なぜだか目頭があつかった。窓の外は星屑だらけ。
そのとき気づいた。ああ、今日は新月なんだ……だから星がこんなに、泣きたくなるほどよく見える。
「攫わなくても攫っても罪があるなら、君の誘いを断る理由はないね。家出や旅行は僕の得意分野だよ。一緒に見に行こう、せっかくだから大陸中まわろうか?」
私はルイスと顔を見合わせて笑う。
「家族や周りの人に心配かけたいわけではないので、許可をとってから……」
「大丈夫、それはなんとかしよう。大船に乗った気持ちで攫われたらいいんだ。なんてったって、僕と一緒なんだから」
どういう理屈なの、と思いながらも、ルイスがそういえばそうなんだろうという気にさせられるのだから不思議だ。
差し出されるままに手を繋ぐと、ルイスが転移魔法をかけたのか視界が次第にぼんやりとする。
その時、窓が開けっぱなしになっていることを思い出した私が急に慌てだしたのを見て、ルイスは「今、そこなの」と言いながら笑って、魔法で窓を閉めたのだった。
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