第10話 強欲


「はあ〜、男ってバカよねぇ〜」

「元気でいいじゃないですか。子供はやんちゃなくらいが可愛いですよ」

「シャーリーンちゃんってたまにババくさいわよね? 実は中にお婆さんが入ってるんじゃないの?」


 鋭いけどまだお婆さんではなかったわ、とも言えないから、私はハハハ……と笑ってごまかした。



 ティファニー先生のもと、王宮の離れで行われている魔法勉強会は、メンバーの仲が深まるにつれて活気を増していた。


 どちらかというと引っ込み思案な性格だったユアンお兄様も、いつの間にやらジレス様やヴィンセント様に感化されたのか、年相応のヤンチャの側面もみせるようになっている。


 ほら、今も……お互いの魔法で攻撃しあって「戦いごっこ」してるみたいだし。


 かくいう私はバトルに参加したり、離脱してこうしてティファニー先生とお茶しながらヤジを飛ばしたり、をさっきから繰り返していた。


 というのも、前世のこともあって精神年齢が若くないからか、他の子たちのように長時間遊びに集中するのが難しいのだ────あと、強すぎてみんなに嫌がられるからね。



 若いっていいなあ、と思いながら微笑ましく鑑賞していると、ムキムキの胸筋を机にのっけて身を乗り出してきたティファニー先生が言った。


「ねえシャーリーンちゃん、この国の魔法の管理について、そういえばあなたには教えてなかったわね」

「魔法の管理ですか?」

「そう。魔法の使い方は知っているでしょ?」



 魔法を使う方法というのは、いくつかある。


 第一に、魔法使いが直接、対象に魔法をかけること。


 第二に、魔道具を使用すること。

 この場合、魔法使いでなくとも魔法を行使することができる。


 魔道具というのは、魔法石を媒介として制作された道具のこと。

 ちなみに魔法石というのは魔法使いが力を込めた石で、動力みたいなものだとイメージするとわかりやすい。


「この大陸のすべての魔法石は、ラートッハ王国の王家が独占的に管理して販売しているの」

「え? けれど魔道具は貴族それぞれに販売権があったかと……」


 魔道具制作による収入は、この国の貴族であれば皆が熱心に取り組むほど、財力に大きな影響を与える。


 そして大抵の場合、彼らは自分の属性魔力を活かした魔道具を制作するし、そうであれば魔法石は自分で用意できるはずだと思うけど……。


「あのね、貴族が魔法石を作るでしょ。そして、一度は王室に、すべて上納しなきゃいけないの」

「無償で王室に一度渡してしまうということですか?」

「そうよ。で、それを王室が販売するの」

「自分で作ったものを取り上げられて、自分で買うのですか?」


 ルイスにお願いした「新聞を読み上げる魔道具」について考えて、私はたらっと汗をかいた。


 自属性の魔法を活かしただけだから代金なんていらないよ、って言ってたからありがたくそのまま受け取っていたけれど……まさか自属性でも高価な魔法石を買っていただなんて!


「あとはね、妙に正義感が強いからシャーリーンちゃんは知っておいた方がいいわ。あなたがたとえ光魔法を使えても、誰かが目の前で大怪我をしていたとしても。魔法で人を助けてはいけないのよ」

「……腑に落ちませんが、なぜですか?」

「光魔力は王室のため、あるいは王の権威のためにしか行使できないという掟があるからよ。自分の意思で勝手に利用したら、処刑対象になるの」


 キャピッとウインクして言ったティファニー先生に、私は口をあんぐりと開けて固まった。


「誰かを救う魔法っていうのは、信仰心を生んでしまうでしょ。民の敬意が王室以外へ分散するのは、王室にとっての危機なの。だからこの国の光魔法使いは皆、王室に仕えて王室の名の下で活動している。しかも小さな傷の治療程度で、一部の貴族にしか払えないほどの金を要求してね」


 ティファニー先生のテンションがいつもとは違って、私はなんとなく、この人の本来の人格は今みたいな姿なのかな、と考えた。


「あのね、私はアンタに、しんどい思いをしてほしくないわけ。しょうもないしがらみや、無意味な掟で潰れてほしくないのよ」


 こう見えてもアタシって生徒思いなのよね〜、と言うティファニー先生に、私は知っていますよ、と微笑んで頷いた。


「前に、アンタの魔力が全属性だってことを隠しておきなさいと言ったのには、そういう理由もあるのよ。王室に管理される人生なんてまっぴらごめんって顔してるんだものね」


 以前、ティファニー先生や他の勉強会メンバーと話して、私の属性については波紋を呼ばないように「父親と同じ土属性」ということで口裏を合わせるよう決めたことを思い出す。


 同時にその際、魔力が強いことを隠し通すのは難しいかもしれないけれど、魔法陣どころか呪文の詠唱さえいらないことや、誰も知らない魔法まで使えるということはできるだけ隠して、ここだけの秘密にしようということで全員が合意したのだ。


 ────ここにいるみんなが信頼のおける人たちだったからこそ、まかり通ることだけど。


 しかし全属性ってバレるといいように使われる未来は想像できたけど、まさか光魔法だけでも王室に管理されるとは……。


「あとシャーリーンちゃんが知っておいた方がいいことは……。これは公にはされていないけど、国王陛下にのみ帰属して忠誠を誓う魔法使いを組織したカラスという集団があるの。王権をまもるため、諜報やら暗殺やらを平気でするような奴らなんだけど」


 まあどの国にもそういう組織っていうのはあるものよね、と思いながら聞いていると、ティファニー先生は「やっぱり驚きもしないのね」と言いながらマカロンを三つ同時に掴んで口に入れた。


「彼ら自身は公的には高い地位を得られないけど、カラスを輩出した家門は厚遇されるわ。だから適齢期までに結婚できなかった貴族の娘や、家門も爵位も継げない子息たちがそこにされて徹底的な洗脳と訓練を受けさせられる」

「……私の両親が私をそうするとは思えません」

「ええ。でも陛下は、グリーナワの強い血を引く魔法使いを、野放しにする男ではないわ。必ずあなたを配下に置きたがる」

「……ティファニー先生は、陛下が私をカラスにするとお考えなのですか?」

「あんたが男ならまだ、公的に高官として配下に置かれたかもしれない。だけどあなたは女だから……陛下の影の力にしかなれないもの」


 ティファニー先生の言葉に、私は一瞬意識が遠くなるのを感じた。


 ────表舞台で輝くことはできない理由となる数々の枷。


 名誉やお金が欲しいわけじゃないけど、せっかく素敵な力が自分にあるのなら、自分の想いのままに、誰かを……できれば多くの人を助けたり、幸せにするために堂々と使いたいと思っていたのに。


「……小さいくせに色々背負って、健気に頑張ってるわね。そんなシャーリーンちゃんに、ヒミツのおまじないを教えてあげるわ」


 にやりと笑ったティファニー先生に、私もつられて笑った。


Knock on Wood幸運がおとずれますように。言いながら二回木を叩くのよ。あっ、それとラッキーカラーはセクシーな赤。シャーリーンちゃんにはセクシーさが足りないものね〜」


 おどけたように言うティファニー先生に、私はお礼を言ったあとで、尋ねた。


「ティファニー先生はどうして私に色々おしえてくれるんですか? ティファニー先生だって王室に仕えてるのに」


 王室に対してあまり良い印象を持っていなさそうな発言や態度もそうだし、私の魔力について詳しいことを隠してくれていることもそう。


 王室に仕える、第二王子の魔法教育まで任せてもらえるほどの人物にしては、なんだか謎が多い人だと思う。



 私の問いにしばらくうーん、と考え込んだ様子を見せたティファニー先生は、今度はチーズタルトを四つまとめて食べた。


 そして、それをぜんぶ咀嚼しきって指まで舐めてから、やっと私の目を見て言った。


「……アンタが異分子だからよ。この世界に今までなかった、あまりにも魅力的なね」

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