第8話 勉強会


「お兄様みてください! どうですか?」

「…………シャーリーンは何でも一所懸命で素敵だね」

「はは、ユアンを困らせないであげてよ。それって豚の彫像か? だとしたら上手だね」

「ジレス様……憐れみを禁じ得ないほどのひどい芸術センスですね。これは鮭を狩る熊ですけど?」

「ある意味、芸術家だと思うぞ。今までの概念の破壊者という意味で」

「ちょっっっっとアンタたちぃ! 真面目にやらないとムチでシバくわよ!!」


 そう言って本当に鞭を振り回して駆けつけてきたムキムキマッチョなピンク髪のオネエさまに、私は思わず小さく悲鳴を上げた。



 一週間前、ついに魔力発現を迎えた私は、お父様の計らいによってユアンお兄様と一緒に「特別な魔法勉強会」に参加することになった。


 これは王城の敷地内にある別宮に魔力発現した高位貴族だけを集めて、魔法の使い方を思う存分学ばせるというもので、非常に排他的でありがたいものらしい……のだが、そのわりに高尚さには欠ける気がしないでもない。


 ────だって先生はノリが軽いマッチョな上に、綺麗なピンク髪をツインテールにしてアクセサリーをジャラ付けしている、身長二百センチ超えのオネエさまなのだ!



 ティファニーという名のこの先生、初めて会った時にはさすがの私もゲームの中世ヨーロッパ調の世界観がぶち壊されて衝撃を受けた。

 そんなティファニー先生は王室に仕える魔法使いのひとりで、お父様いわく過去最強レベルに優秀なお方らしい。


 人を見た目で判断するなとはよく言ったものだ。



 そういえば、あるときツインテールの下で剥き出しになった耳の先がピンと尖ってるのに気づいた私が「エルフみたいですね」と言うと、ティファニー先生は「何? それってカワイイんでしょうね? あたしを見て変なものを想起したらムチでしばくわよ」と言った。


 他の生徒たちも、みんなキョトンとして何だそれという反応だったし────この世界にも前世同様、エルフはいないらしい。



 いずれにせよ、ティファニー先生の授業は毎回とても面白く、少し遠い道のりを馬車で移動するめんどくささを考慮してもなお、ここでの時間は私のお気に入りとなっているのだった。



 さて、今日のテーマはそれぞれの魔力属性を活かした素材や手法を自分で考え、思い思いに彫像をつくるというものだった────魔力を精緻にコントロールするための訓練になるらしい。



 魔法は火、水、土、風、光、闇などいくつかの属性にわかれていて、魔法使いはいずれか一つの属性に分類されるらしい。


 属性以外の魔法は使うことができず、逆に同じ属性でも、魔力量はもちろん、魔法陣や呪文に関する知識の差によって、使える魔法に大きく差があったりもするようだ。

 

 ちなみにティファニー先生は水属性、ユアンお兄様は火属性、ジレス様は風属性、ヴィンセント様は闇属性の魔法使いらしく、バラエティ豊かで面白い。



 そうそう、勉強会に参加しているこのメンバーもなかなか優秀なのだ。


 参加者は四人で、ユアンお兄様と私、三大有力公爵家として我がグリーナワ家と肩を並べるカストル公爵家のジレス様、そしてラートッハ王国第二王子のヴィンセント様だ。



 なんと私を除くこの三人の生徒たち、全員がゲームの攻略キャラなので、初めて会った時にはズッコケそうになった。


 関わったらゲームの通りバッドエンドしかないんじゃないかと不安だったけど、今のところはいい関係を築けているように思う。



 ゲーム「薔薇園の魔獣」にでてきた攻略キャラは、ユアン・グリーナワ、ジレス・カストル、ヴィンセント・ブラットフォード、テトラ・キャリックの計四人だった。


 最初の二人がヒロインの先輩キャラで、ヴィンセントが同級生、テトラが後輩キャラというところだ。



 ジレス・カストルはお兄様と同い年で、公爵家の跡取り同士、ゲームの中では敵対関係にあった────なぜかこの二人、今はすごく仲が良さそうなんだけど。



 シナリオによると、ジレスは何でもそつなくできてしまう優秀な子で、幼い頃からずっと、全てがつまらないと感じながら生きていた。


 そこにヒロインが現れ、貴族ではないフツウの女の子として、預言者として、これまで彼の周りにいなかったタイプの女性像を見せつける。

 それを間近でみるなかでジレスは人生で初めて面白いという感情を覚え、だんだんと彼女に惹かれていくのだ。


 ジレスのシナリオでのシャーリーンは、ヒロインに行った非道の数々を理由に家ごと没落させられて、路頭に迷って野垂れ死ぬ。


 「さ……さ、むい、よ…………」と言ってシャーリーンが道端で倒れる最期が一瞬映り、ヒロインとジレスが邪魔者が消えた喜びにキスしあって喜んだと思ったら「悪しきもの」が復活して国が滅ぼされた……という目まぐるしすぎるシナリオムービーが流れ始めた時には、流石に理解が追いつかなくて言葉を失ったものだ。



 もう一人の生徒であるヴィンセント様は、ラートッハ王国の第二王子で、私と同い年。


 ちなみにジレスとは乳兄弟らしく、それもあって二人はお互いかなり信頼しあっているようだ。


 ヴィンセントは黒髪に琥珀色の瞳が映えるこれまた美形で、クールで影のある雰囲気が人気だった。


 そういえば光魔法と闇魔法の使い手というのは希少性が高いらしく、彼がそんな闇属性魔法使いだということもあいまって影をまとったイメージが加速したのかもしれない。



 ヴィンセントのシナリオによると、彼は昔から王太子である第一王子を慕っていた。


 けれど周りの大人たちが利欲のために彼を利用したり、兄と対立させようとしたり、ヴィンセントのためにと言いながら勝手に頼んでもいない第一王子の毒殺を試みたり……。


 そうしてほんの幼子の頃から権力にもとづく水面下の争いに巻き込まれて心を閉ざしたヴィンセントだが、その心を溶かしたのが純粋で屈託ないヒロインの笑顔。


 私利私欲や権力を得ようというような素振りがなく、いつも優しい言葉をくれるヒロインに、彼は恋に落ちるのだ。


 もちろん働き者のシャーリーンはこのシナリオでもしっかり悪役としての役割を果たし、最期はヒロインの暗殺を企てたという容疑で公開ギロチンにかけられて処刑される。


 エンディングは、実は第一王子である兄がヴィンセントを貶めようとしていたという事実をヒロインが明らかにし、傷ついたヴィンセントがヒロインに力づけられて兄や父を含む王位継承者を皆殺しにすることで王位を得て、二人は国を統べようとする……というものだった。



 確かに会った頃のヴィンセント様は、ちょっと暗くてふさぎ込んだようなきらいがあって、彼の幼い頃からの厳しい環境に思いを馳せては私も心配したものだ。


 ──────けれど、あなたは知るべきよ。じっと押し黙っていたって、何も変わらないってことを。


「ヴィンセント様、ただ目を耳をふさいでいても、世界は息苦しいままですわ」


 ある日私がそう言うと、ヴィンセント様は不思議そうな顔をした。


「じゃあどうしたら息をしやすい世界になるんだ?」

「しっかり見るのです。表層だけでなくその裏も、あますことなく全てを。あなたの目が耳が届く限り多くのものを知るのです」

「それで?」

「そのあとは、自分の心に従うのです」

「心に?」

「ええ。全てを知った上で、それでも自分が何に心惹かれ、何に嫌悪し、何を大事にしたいと思うのか……自分の心に聞くのです。そうすれば自ずと、あなたの切り拓くべき道が見えるはずです。でも、一人じゃ寂しいと思いますから」


 そう言って私がヴィンセント様の手をとってぎゅっと握ると、彼は驚いたような、けれど内心ほっとしたような表情を浮かべた。


「暗い夜道も、誰かと一緒なら安心できますでしょう。私がそばにいますから、ヴィンセント様はきっと、安心してあなたの道を見つけられますわ」



 ついでに、まだ見ぬ攻略キャラのテトラ・キャリックについても振り返ってみよう。



 後から入学してくる後輩キャラであるテトラは、これまた三大公爵家の一家門であるキャリック公爵家の次男。


 彼は幼い頃から頭が良くて天才児と評判だったんだけど、実はおいそれと人には言えないすごい能力を持っていた。


 ────人の考えてることを読める能力、いわゆる読心術だ。



 災いを呼ぶのを恐れてできるだけ能力を隠して過ごしていたテトラだけれど、いつも微笑んで寄り添っていてくれるヒロインに、ある時テトラは自分の血筋にまつわる伝説を話すことにした。


 テトラは力に目覚めた幼い頃から、寝物語として何度も聞かされた伝説があったという。


 それは、かつて大陸にエバーデーンという王国があり、その国の王族にはまれに読心術を使えるものがいて、それを使って民を平和に統べていたというものだ。


 それを聞いたヒロインは、預言者の力でそれがただの物語ではないと突き止め、テトラがかつてラートッハ王国に滅ぼされたエバーデーン王国の末裔であると告げる。


 そしてヒロインは驚くテトラを奮い立たせ、かつて奪われし王国を取り戻すためにクーデターを起こさせるのだ。


 じゃあこのシナリオでのシャーリーンはというと、特にヒロインに何をしたわけでもないけれど、クーデター後にラートッハ王国の高位貴族として酷い処刑をされている姿がしっかりスチル化されていたわけだけど…………。



「シャーリーン、大丈夫? 急に黙り込んで」


 優しいお兄様の声に、私は意識を取り戻してハッとする。


「心配かけてすみません。ただ少し考え事を」

「子羊ちゃんたちィ〜! そろそろアタシのおやつの時間よっっ! ユアン、あんたの火でちょうどいい加減の焼き芋つくってちょうだい! あ、シャーリーンちゃん、ちょっとこのハーブ枯れちゃってるからどうにかしてくれない〜?」

「あ、はいっ!」


(元気になあれ!)


 美しくみずみずしい葉がピンと土から伸びている姿を想像すると、みるみるうちに萎れたハーブが健やかにあおあおしい姿へと変貌した。


「相変わらずビューティフルッ! ありがと〜! ついでにそこの壁も、改装したいからぶち抜いちゃってくれない?」

「人使いが荒いですね、ティファニー先生も……」


 そう言いながら壁に手かざすと、手の周りから素早くヒビが広がり──── 三階建てビルほども高さのある巨大な壁が、轟音をたてて粉々に砕け散った。



 自属性の魔法しか使えない、というのに加え、魔法の発動には魔力量と呪文、魔法陣の三つが必要だと言われている。


 魔法陣は少し補助的な側面があり、簡単な魔法なら呪文だけで発動できたり、教科書より簡易な陣形でも発動できる場合があるらしい。


 実際、今一緒に学んでいるメンバーやティファニー先生も、魔法によっては魔法陣を使わないし、省略陣形をつくって発動したりもしている……とはいえ、彼らは魔力量がかなり高い部類の人間なので、一般的には必須だ。



 ────というような常識をすべて飛び越えて、私はといえば、その魔力は凄まじいものだった。


 というのも、魔法陣どころか呪文さえもいっさい必要なく、あらゆる魔法が使えたのだ。


 そのうえ属性に関わらず、さらにはこの世に呪文や魔法陣式が存在さえしない魔法でも、容易に発動させることができた。



 普通、魔力発現の仕方が属性に関係あると言われている。


 おへそからキノコが生えたお父様は土属性だし、手に水が湧いたお母様は水属性。


 じゃあ長時間笑いすぎて死にそうになるというのは一体なんの属性か、と私も疑問に思っていたけれど、結論は史上初の「全属性」だったのだから確かに笑える話だ。



「シャーリーン、なんか面白いことをやってくれ」

「ヴィンセント様、何ですかその無茶振りは……じゃあ、この天井壁画の左の方に描かれてる裸婦に、一発芸を百連発させますね」

「何だその面白そうなのは。僕も見るから待ってくれ!」


 何でもできるからと言って、こんな訳のわからないことに魔法を使ってていいのかしら……とため息をつきながらも、走ってきたジレス様の上気した顔とワクワクを隠しきれない様子のヴィンセント様の横顔を見て思う。



 ────まあ、ゲーム初登場時には面白いことなど何もないという顔をしていた子たちがこんなキラキラした目をしてるんだから、悪いことでもないわよね。

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