第7話 発現
「そうなんです! もう一つの目的は、実は平民の識字教育と知識の啓蒙にあります。読み終わった新聞はよくまとめて孤児院などに燃料として寄付されますよね? 今までは何が書いてあるのか分からずただ燃やしていた新聞に、もし読み上げ機能があれば……文字を読めない子供たちも新聞を聞くことができるでしょう? そのうちに文字がわかる子も出てくるかもしれません」
いつのまにか仲間意識が芽生えて意気投合した私とルイスは、図書館の脇のカフェで楽しくお茶をしていた。
ルイスは話し上手である以上にとても聞き上手で、いつのまにやら私はあれこれと自分の今後の企みや意図について話してしまう。
そしてそのたびに彼は適切かつ「いいこと聞いた!」と思える情報をくれるからすごい、と私は感嘆しっぱなしだった。
実は、今日図書館に来た理由のひとつは、新聞社を立ち上げるにあたってのアイデア収集だった。
新聞社自体はいつでも始動できるのだが、肝心の読み上げをどう実現するかが未解決だったのだ。
残念なことに私はまだ魔法が使えないから────使えたとしても、私が魔法をかけに毎日新聞社に行くわけにもいかないし────、流通している魔道具を使ってそういう特徴を付与しないといけない。
と、思ったんだけど、なんと文字を読み上げる魔法は存在するのに、魔道具はまだ存在していなかったらしく、いちから魔法石を加工して魔道具を作らないといけないことが判明したのだ。
とはいえ私は魔法素人。
魔道具の作り方のヒントなり、詳しそうな人の名前を本で探して問い合わせてみるかと思っていたんだけど。
「仲間として、君の計画に僕を迎えてくれるなら……僕がその魔道具をなんとかするよ」
「ルイスがですか?」
「僕は魔力発現済みだし、魔道具製作も得意な方なんだ」
「そうなんですか。私はまだなのに……」
私がつい羨ましくなって言う。
「普通は十歳くらいまでに魔力の発現がみられるからシャーリーンももうすぐなんじゃない? 僕は君より二つ年上だからね」
そういえば一つ年上で十歳のお兄様も、ちょうど数日前に魔力発現をむかえた。
ユアンお兄様の属性は火だったため、その日は朝から晩までお兄様の作り出した火で燻製や炙り料理を思う存分楽しもうとし、ついにお父様に叱られたのだったが……。
「今日会ったばかりですが、ルイスは信頼に値する人だと思います。あなたと手を組ませていただきたいです」
私が手を差し出して言うと、ルイスは満足げに笑って言った。
「一週間後までに完成させるから、シャーリーンもそこからすぐ動けるように準備しておいてね」
「はい、もちろんです!」
元気よく返事をした後で、ふと我に返って考える。
どうして私のプロジェクトだったはずなのに、ルイスに従って必死に働かなければならない気にさせられるのだろうか……?
◇◇◇
家族そろっての晩餐の席にて。
「最近のアーシラ王国は、海の向こうの世界に行こうとかなりの投資をしているそうですね」
「よく学んでいるな、ユアン。しかし星見の教育で難航しているようだ」
「海の向こうには何がありますの?」
「さあ、何があるのだろうな?」
お父様とお母様とお兄様が他愛もない会話をしているのをぼんやり聞きながら、私は黙々とステーキを食べていた。
…………そうかあ。この世界、まだ遠くへ行ける船や航海技術がないのね。
でも確かに、海の向こうには何があるのだろうか。
前世の常識だと違う大陸なんかがあるんだろうけど、ゲームの中では海の向こうについて触れられていなかった気がする。
「……あの、質問があるのですが」
珍しく口数が少ないのを心配されていたのか、少しホッとした様子で他の三人が一斉にどうしたのと答えてくれた。
「お父様とお母様は、どうやって魔力発現したのでしょうか」
「ゲホッ」
私の唐突な質問に、お父様がむせた。
そして目を泳がせてしばらく無言を貫いたあと、見かねたお母様が、社交界で調子に乗っている令嬢を叩きのめす時に使うキラースマイルを浮かべて言った。
「私はただ、ある日突然、手のひらから水が湧くようになったの。それで発現したことに気づいたわ。だけどアラン様の発現はとっても可愛かったのよ」
曰く。
九歳になったある日、お父様が目覚めると、おヘソのあたりが妙にもぞもぞしたのだそうだ。
不思議に思って見やると、なんとおヘソからきのこが生えていた!
幼いお父様はパニックに陥りながらも、その日は当時から片思いしていたセリーヌお母様とのティータイムだったため、必死におヘソにいろんなものを巻きつけてカバーして会いに出かけたらしい。
そして席についてしばらくした時、事件は起こった────きのこが服を突き破ってきたのだ。
恥ずかしいやらどうしたらいいやらで焦ったお父様は、上半身裸になって喚きながらセリーヌお母様の屋敷をかけまわった。
そしてその足が離れたそばからぼこぼこきのこや草花が生え、気づけばお母様の実家の屋敷内は森のようになってしまったのだ。
ただそのおかげで、アランお父様はセリーヌお母様を家族揃って一時期、避難先として自分の屋敷に住まわせて距離を縮めることに成功したらしかった。
──────いや、最後ノロケか!
「アラン様が焦る様子を見て、この人を支えてあげないとダメだと思ったの。ね、あなた」
私はもう笑う気力もなかった。
お父様が心配になってきて、なんとなくこれから生ぬるい目で見てしまいそうだと思った。
私は絶対に、そんな変な魔力発現の仕方はしたくない。
かっこよく、スタイリッシュに、サラッと発現して、何気ない感じでみんなに発現したことを伝えて、何食わぬ顔をしてフフンと心の中で笑うのだ。
──────翌日。
「お嬢様! シャーリーンお嬢様! お気を確かに!」
「アランご当主様! シャーリーンお嬢様がもうかれこれ1時間以上笑い続けており……」
「ぎゃーーーーっはっはっはっはっは! あ、どうし、なんで、笑っ、ヒィイいっ! おえっふ、えっほふヒヒヒヒイイイ」
笑い続けながら三時間経ち、息が苦しくなって気絶した後に目覚めた私は、これが魔力発現だったという屈辱的事実を知ることになる。
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