第6話 図書館にて
王都の中心部にある王立図書館には、この大陸にある九割以上の書物や新聞、文書類が一部ずつ保管されているという。
実際に行って見てみると、図書館はたしかにその謳い文句もあながち嘘ではないのだろう、と思わせるだけの立派な佇まいをしている。
広い広い空間には所狭しと本が並び、天井も見えないほど高く、その先の先までぎっしりと本が並べられているのだからまったく驚きだ。
自分で本を探すにはあまりに広すぎるので、受付で欲しい本の内容を伝えると、魔法石を動力にした大型魔道具である自動昇降機に乗った司書が、お望みの本を取りに行ってきてくれるという仕組みらしい。
ここで司書として働いている人は高級取りだと聞くけれど、納得よね。
そうじゃなきゃ、こんなに大量の本の位置をまともに覚える気力もわかないもの……。
「……本当にこれで全部なわけ? 私が子供だと思って適当にいなされてるのか確認しなくちゃいけないわ」
そんな美しい図書館の一角で、雪崩が起こる直前というほど机に山積みになった本に埋もれながら、私は独りごちた。
かねてより気になっていた魔獣と魔物の実態、そして大陸の歴史について書かれた書物をすべて取り寄せたはずなのだが、持ってきてもらえた書物はすべて「輝かしい歴史」以降に書かれたもので、魔獣や魔物の生態に関する本に至っては絵本や教訓本ばかり。
仕方なくためしに絵本を何冊か手にとってパラパラめくってみると、おぞましい挿絵が目に入った。
ゲームでは「悪しきものたちによって国は破壊された……」というナレーションしかなかったから知らなかったけれど、魔物や魔獣というのは真っ黒な体でギョロギョロの目玉をたくさん持つ、おどろおどろしい外見をしているらしい。
「王立図書館にさえ行けばヒントがあると思ったんだけど……」
「ねえ、すごいスピードで本を読むんだね」
「ああ、まあそうですね。読み慣れているので」
横からかけられた声に、私は本と睨めっこしたまま適当に答えた。
論文や文献を読んだり書いたりっていうのは、前世では学生時代から死ぬ間際までライフワークのひとつだったから……。
そういえば普通の子供ならこんな難解な本は読むことさえ難しいわね、と思いながらページをめくり、ふと、誰が話しかけてきたのかしらと我に返って横を向いた。
────まず思ったのは、その人が美術品のような、という言葉の似合うとんでもない美少年だということ。
涼やかな顔立ちに銀色の髪がさらりと流れる様には清廉さがあり、それでいて好奇心を隠そうとしないアメジスト色の瞳は捕食者の光を湛えている。
極め付けはその瞳を縁取るまつ毛で、これが年齢不相応な色気を醸し出していた。
「こんにちは、僕はルイス。君の名前を聞かせてくれるかな」
「……シャーリーンです」
「ああ、グリーナワ公爵家の」
「ご存知ですか?」
「あはは、今の社交界で君を知らなかったら貴族失格の烙印を押されるよ。菜食やら砂糖やら、ブームの影には君がいるからね」
なるほど。
まだ社交界デビューしてないおかげで顔までは知られてないけど、名前は知れ渡ってたってことらしい。
「何を探してたの? 難しい顔をしてたね」
「魔獣と魔物の生態や封印の仕方、それから大陸の歴史について正確に知りたかったんです。けれど取り寄せた本は私の意図するものではなかったので」
「…………残念ながら、君がほしいものはここにはないかもしれないな」
「どうしてですか?」
私が真っ直ぐに問うと、ルイスはきれいな眉を少し歪めて言った。
「どうしてかは僕も知りたいんだけど、ないことは確かだ。僕も調べたからね」
ルイス曰く、ラートッハ王国の王族が管理している立ち入り禁止の宝物庫には、「輝かしい歴史」より明らかに前に生没したご先祖様たちの肖像画があるらしい。
なんでそんなこと知ってるの?! と私が驚くと、知り合いがたまたまそこを出入りすることがあって、教えてもらったそうだ。
いずれにせよ、輝かしい歴史以前にも王家があったはずなのに、歴史書ではなかったことにされていることを疑問に感じたルイスは、あっちこっちで調べ回ったんだけど、結果本当になにも見つからないことを思い知ったらしかった。
じゃあ魔獣や魔物についてはどうして調べようとしたのと聞くと、ルイスは周りに花が舞い散る幻覚が見えるほどの美しい微笑みを浮かべて言った。
「もし本当に当時の為政者が歴史の起点となるほど素晴らしい者たちだったなら、万が一封印とやらがとけてしまった場合のことを考えて、再度封印する際に参考になる情報なんかを後世に残したと思うんだ」
そんなわけでルイスは封印の方法を調べようとしたんだけど、最も詳細な歴史書にさえ王族たちがどんな力でどのように封印したのかは書かれていなかった。
そしてこれを調べている過程で彼は、そもそも大陸には、魔獣や魔物の情報自体が全くないことに気づいたらしい。
「もしかしたら公にできないような封印の仕方をしたせいで、意図的に情報が隠されているのかもしれない」
そんなことを平然と話したルイスに、私は心の中で思わず拍手してしまう。
だって私はゲームや前世知識があるから色々違和感を覚えることがあるとして、ルイスは幼いわりに賢すぎるのではないだろうか。
そしてなにより、命知らずなほど好奇心が旺盛……。
「そういうことだから、シャーリーン嬢がお探しのものはここにはないと思うな」
「有益な情報をありがとうございます。他のやり方を考えてみます」
私がお礼をすると、ルイスは言った。
「知ってどうするの?」
「そうですね…………何もしないかもしれません」
「そうなの?」
「ええ。だけど、不可解なことの裏には、多くの場合事情があるものです。たとえば仮に、歴史が修正されていたとしたらどうでしょう?」
「歴史を?」
「現在の状況を正当化するために、誰かが意図的に歴史を書き換えていたとしたら。……それなら私は、書き換えの目的が知りたいです」
歴史観というのは国や地域の数だけ多様に存在する。
それぞれの立場や見方で、歴史の綴られ方というのは変わって見えるものだからだ。
にも関わらず、「輝かしい歴史」あたりの時代に関する記録はどの国の歴史書でもほとんどまったく同じ、言い換えれば各国の立場や力を合わせるまでの経緯など全てのあるべき事実がなく、もはやそれはほとんど神話といってもいい代物になっていたのだ。
────まるで何らかの意図で示し合わせたかのように。
歴史は時に書き換えられることがある。
それは研究によって新たな事実が解明されたから、という正当な理由で行われる場合もあるし、権力に都合よく改変させられるという場合もある。
前世でも、建国史として国内で教えられている話が史実とはまったく異なって神話化している国は実在していたし、政権を力で奪取した者たちが政治的正当性を得るために歴史自体を歪めてしまった例もあった。
そして、こうして歪曲された歴史がいつのまにか社会的に既成事実化し、政治や軍事的目的達成のための国民支持を得る際に利用されることも、けっして珍しくはなかったのだ。
「悪しきものたちが万が一にも復活したら怖いですしね。私自身の平穏な人生を実現するために、不確かなことや知らないことを減らしておきたいだけですよ」
どうせ相手も子供、自分も子供の見た目だから、本当に思ってることを言っても適当に流してくれるだろうと思いながら真面目に返答する。
それを聞いているルイスの顔は予想に反して、とても眩しいものを見ているかのようだった。
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