第4話 平民街②


 入ったチキン屋さんは大繁盛で、満席だったので相席をさせてもらうことになった。


「いやあ、昼からビールでも飲まねえとやってられねえよ。お貴族様の好みはよくわからん。取材もしっかりして真剣に作ってるのによ……」


 昼間から飲んだくれている相席相手は、ロンドさんという中肉中背のおじさんだった。

 貴族向けの文字書きをしているけれど、最近不発が続いているらしい。


「貴族の好みがわからないなら、平民向けの作品を作ったらどうですか?」


 チキンを頬張りながら私が何気なく言うと、ロンドさんは目を見開いた後に大笑いした。


「平民に?! そりゃ無駄さ、ほとんど誰も文字を読めねんだから。……あんた、貴族の子だな? あんまり大きい声で無知なこと言ってると、スリや盗賊に狙われちまうぞ」


 私が思わずチキンを喉に詰まらせかけると、ユアンお兄様がすかさず背中をさすってくれる。



 しばらく観察して、ロンドおじさんはただの飲んだくれにしては教養の高さがある上こちらに悪意もなさそうだ、と判断した私は、ここぞとばかりにあれこれ質問することにした。


「どれくらいの子が文字を読めるの?」

「さあな、一割もいないんじゃないか。読める平民なんて」

「じゃあどうやって色んな情報を得ているの?」

「それは町民同士で色々話したり、口伝えじゃないかな? 僕の……母さんもそうだったし……」


 ユアンお兄様の言葉に、私は目を瞬かせた。


「お父様は新聞を読んでるわね」

「新聞なんか上流階級の読み物さ。この国には新聞社なんて王家お抱えの一社しかないしな。それより貴族の嬢ちゃんと平民の坊ちゃんがどこで出会ったんだ? 駆け落ちならおすすめの場所が……」

「おじさん、私たちこんなに幼いのに駆け落ちなんてするわけないじゃない」



 そういえば昔新聞を見せてもらった時に、王族バンザイ系の記事ばかりでつまらないと思ったのを思い出す。


 王家お抱えの新聞社ということは、基本的に王家に都合のいいことしか書かない可能性が高い。

 そうじゃなかったとしても、情報源が一個であるがゆえ、知るべき情報と知らなくていい情報を自分で判断する機会が民から奪われているということにもなる。


 物事に対する見方も王家にとって良いように統一化されているとなると、そこには大きな危険があるといえそうだ。


 ……権力に屈せず、公平で価値のある情報を提供する新聞社もあればいいんだけど。



 それに平民の識字率の低さも問題だ。


 けれどこれを解決するには効率の良い方法を考えて、時間もかけないと……。



 私が考えを巡らせて眉間に皺を寄せていると、ユアンお兄様がくすりと笑って言った。


「お父様みたいな顔してたよ、今。お父様が新聞を読む時とか、そうやって眉間に皺を寄せて……」

「それだわ!」


 お父様は毎朝、眼精疲労で眉根を寄せながらも新聞をよんでいる。


 この国の貴族はみな魔法使いで、魔法はこの大陸全体における人間生活の根幹になっているため、意外とみんなやることが多くて忙しい。


 書類仕事もかなり多く、慢性的な眼精疲労はこの国における一種の貴族病だった。


 ──────まあ、医学が発達していないせいで、それが眼精疲労だと気づいている人はいないようだけど。


「ロンドさん。貴族に売れるならどんなものでも書きたいの?」

「そりゃそうさ。俺は金が欲しいだけ。しかも平民向けのチャチな商売じゃなく、がっぽりとな」

「じゃあ、私と一緒にやってみない?」


 たとえばだけど。


 眼精疲労に悩んでいるのは新聞を読む貴族のほとんどなんだから、そこをターゲットに新聞を発行してみたらどうだろう。


 ラジオニュース風に、書かれた文字を音で読み上げてくれる魔法をつけた新聞なんかいいんじゃないかしら?


 貴族向けに発行して、初版はホットアイマスクと一緒に販売するのもいいわね……この世界には眼精疲労には目を温めるといいって話もないみたいだし。


 王族万歳記事だけじゃなく、ある領地でこんな取り組みをしてうまくいった、とかいう誰かの役にたつことや、ゴシップ、アートの情報なんかも良さそうだ。


 なにせこっちには王国でもっとも情報と噂を知り尽くしているといっても過言ではないお父様とお母様が身近にいるし、ロンドさんも貴族向けに取材をしながら作品を書いていたというからそれなりの人脈はあるだろう。


 新聞をつくれば、野菜を使った健康的でおいしいレシピや新しい価値観を載せて一気に広めたり、貴族文化全体を変えることもできるかもしれない。


「……なんだか力がみなぎってきたわ! アイデアのおかげか、それともチキンのおかげかはわからないけど!」


 私が高らかに笑うと、横にいるお兄様が周りの人に小さくぺこりと頭を下げたのが目に入った。

 なんて気が利いて周りをよく見てる素晴らしい子なの。あなたは絶対に幸せにしてあげるからね!


 いや、まずは新聞だ。


 公平かつ多様な報道は国にとっても重要なだけでなく、自分にも役に立つかもしれない。


 いつか私がゲームみたいに悪役令嬢として追放されても、秘密の個人資産があればなんとかなるかもしれないし。

 必ず儲かるビジネスにしなくては……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る