普通ってなんなんだろう。普通が一番わかんないよ...

 周りと違うことは、いけないことなのだろうか。

それとも、周りに合わせることが正しいのだろうか。

「普通」って、みんなよく言うけれど、よく考えたら一人ひとりの「普通」って違うと思う。

当たり前のようでいて、「普通」って、実は一番わかりにくいし、難しい。

だから私は、「普通に考えて」とか、「普通はさ」とか、そう簡単に言ってほしくない。

 私が初めてそう感じたのは、高校1年生のときだった。

高校生になれば、恋愛とか、部活とか、きらびやかな青春が待ってる――

そんなふうに思っていた。

 実際、入学してすぐ私はたくさんの人と関わるようになった。

知り合いが多いほうが、困ったときに助けてもらいやすいと思ったから。

私は積極的にいろんな人に声をかけ、関係をつくり、運動部にも入って、アニメや漫画で見るような青春をスタートさせた。

 そして入学から半年が経った。

学校生活にも慣れてきた頃、周りでは恋愛の話が増えてきた。

「私も恋、してみたいな……」

昼休み、友達とお弁当を食べながら、ふとそんな言葉がこぼれると

「え、優美って恋愛したいの?」

「う、うん。ちょっと、してみたいって思ってるよ」

「優美、彼氏いなかったんだ。意外~」

「それな。だって優美かわいいし、もう彼氏いるかと思ってた~」

みんながそんなふうに口々に言うから、私はちょっと恥ずかしくなって顔が熱くなりながら

「だってみんなさ、彼氏がどうとか、好きな人がどうとかって、よく話してるし。さっきも恋バナで盛り上がってたし……。なんか私も、自然と恋してみたいなって思っちゃっただけ」

たどたどしくそう言うと、みんな「超かわいいんだけど!」と笑った。

何がそんなに可愛いのかは分からなかったけど、私は聞いてみた。

「ねえ、人を好きになるって……どんな感じなの?」

ニコニコしながらある、一人の子が答えてくれた。

「恋ってね、胸がドキドキするの。この人ともっと話したい、この人と一緒にいたい、この人と手をつなぎたい……って思うのが、恋だと思う」

そう教えてくれると、他の子たちも「わかる~」と共感していく。

私はポロッと「恋って、そんな感じなのか…」

その“未知の感情”に、私はほんの少しだけドキドキした。


 午後の授業中、私は未だお昼に話していたことが頭から離れず、恋愛のことばかり考えていた。

だって、「この人と一緒にいたい」と思える誰かと出会えるなんて、すごく素敵なことだから。

 そんな事を考えていると、あっという間に放課後、私は部活に行く準備をしていると、クラスメイトの宮下さんが近づいてきた。

「ねぇ、このあと、ちょっと教室に残っててくれない…」

「話したいことがあるから…」

 私と宮下さんとは、今まであまりちゃんと話したことがない。

でも、入学直後にいろんな人に話しかけていた私は、彼女との話した記憶を思い出し、顔と名前はすぐに思い出せた。

それに多分、今ではあまり話さないけど、きっと何か大切な用なんだろうと思い、私は「いいよ」と答え、一緒に部活に行くはずだった友達には「用事ができたから先に行ってて」と伝えた。


 今日は私が日直だったので、学級日誌を書き終えて職員室に提出し、そのまま教室へ戻ってきた。

部活に行く準備を済ませてから、私は宮下さんの席へと向かった。

「宮下さん、さっきの話だけど……何の用だったの?」

すっかり人がいなくなった教室で、宮下さんは少し緊張したように言葉を詰まらせた。

「え、えっとね……上野さん……。ここじゃ、その……あれだから……ちょっと、ついてきて」

 私はうなずき、彼女のあとをついていく。

辿り着いたのは、特別棟の3階にある誰もいない空き教室だった。

静かな空間に、私の心臓の音だけがやけに大きく響いているような気がした。

「それで……用って、何?」

宮下さんは、スカートの裾をぎゅっと握りしめ、目を泳がせていた。

彼女の緊張がこちらにも伝わってきて、私は少しだけ笑って言った。

「そんなに緊張しなくてもいいんだよ」

すると、宮下さんは「うん……」と小さくうなずき、少し間をあけて、意を決したように話し始めた。

「上野優美さん。今日は急に時間をつくってくれてありがとうございます。えっと……私、あなたのことが……好きです」

「私と……付き合ってください」

 その言葉を聞いた瞬間、私は何も言えなくなった。

頭の中が真っ白になって、返す言葉が見つからなかった。

だって、女の子から“好き”って言われたから。

初めてのことだったし、私はこれまで、女の子を恋愛の対象として見たことがなかった。

そんな私が今、同じクラスの女の子から突然告白されて……すぐに返事なんて、できるわけがない。

何を言えばいいのか分からず、しどろもどろになりながらも言葉を発した。

「え……えっと、それって……冗談とかじゃない、よね?」

私の問いかけに、彼女は真っ直ぐに目を見て答えた。

「ううん。違う。本気なの」

どう言葉を返せばいいのか分からずに黙っていると、彼女がぽつりとつぶやいた。

「……やっぱり、困るよね」

「だって、私たち女の子同士だし。しかも同じクラスだし……。そんな相手から“好き”なんて言われたら、固まっちゃうよね……ごめんね」

そう言って彼女は空き教室を出て行こうとした。

だけど、私はなぜか思わず声をかけていた。

「待って!」

自分でも理由はよく分からなかった。

でも、ただ行かせたくなかったから。

「……いいと思うよ。女の子が、女の子を好きになっても」

彼女は驚いたように振り返った。

「え……それって……」

「付き合うとか、付き合わないとか……私、まだ“人を好きになる”っていう気持ちがよく分かってないから、今は何とも言えないけど……」

「でも、女の子が女の子を好きになることって、おかしいことじゃないと思う」

私は、自分が今感じている気持ちをそのまま伝えた。

それを聞いた宮下さんは、一瞬だけ驚いたような顔をしたあと、今度はさっきとは違う、力強い声で言った。

「それじゃ……私と付き合ってくれる? その気持ちがまだ分からなくても、私が必ず“好き”っていう気持ち、分からせてあげるから」

 真っ直ぐな言葉だった。

だけど、私はすぐには答えられなかった。

それは、もし軽く「うん」と言ってしまえば、どこか宮下さんの想いに甘えることになるようで……申し訳なく感じてしまったから。

 しばらく沈黙が流れた。

私が何も言えずにいると、宮下さんが少しだけ声のトーンを落として、こう言った。

「……じゃあ、ね。お友達からでもいいからさ」

「そこから、少しずつでいいから。私のこと、好きになってくれたら……すごく嬉しいから」

その言葉は、不思議とすっと胸に入ってきた。

だから私は、ほんの少しだけ勇気を出して、こくりとうなずいた。

「……それじゃ、友達からなら」

そう答えると、宮下さんはパッと顔を明るくして、私に手を差し出した。

「それじゃ、よろしくね、上野さん」

 彼女は嬉しそうに笑いながら、私の手をぎゅっと握った。

その手は、ほんの少しだけ震えていて――でも、あたたかかった。

それから、私たちは“友達”になった。

クラスの中ではいつも通り。

特別な関係だなんて、誰にも知られていない。

だけど私たちは、放課後や休み時間になると、ふたりだけで話すことが少しずつ増えていった。

そして最初は名字で呼んでいたのに、もうすっかり下の名前で宮下さんは私を呼ぶようになった。

 宮下さんは、思っていたよりも不器用な人だった。

話すときはいつも少しだけ間があって、言葉を選ぶみたいに慎重で。

でもそのぶん、一つひとつの言葉にはちゃんと“気持ち”がこもっていた。

「ねえ優美、好きな食べ物って何?」

「え? 突然どうしたの?」

「いや……その、知りたいなって思ったから」

そんな、なんでもない話題を大事そうに聞いてくる。

それがなんだか、ちょっとくすぐったく感じる。

「うーん……グラタンとか、好きかも」

「そっか……メモしとこ」

「メモ!? なんで!?」

「え、だって……いつか、作れたらいいなって」

そんなふうに、彼女はときどき真っ直ぐすぎる。

 最初は、ただ“友達”としてのやりとりだと思ってた。

でも、一緒にいる時間が少しずつ積み重なっていくうちに、私は気づき始めていた。

彼女といると、なんだか安心する。

彼女の笑った顔を見ると、ちょっと嬉しい。

何かに集中している横顔が、ふと目に入ると、胸の奥が少しだけ、きゅってなる。


 ――これって、なんだろう。


 ある日、いつものように放課後。

ここ最近の私達が過ごす場所は、誰もいない図書室の隅っこの席で、ふたり並んで座っていた。

 私は教科書を開いていたけど、ほとんど頭に入ってこなかった。

宮下さんの手が、机の上で小さく震えているのが視界に入って、それだけが気になって仕方なかった。

「……大丈夫?」

「えっ!? あ、ご、ごめん……」

「手、震えてるよ」

 彼女は少し焦って、手を隠した。

でも、次の瞬間。意を決したように、またそっと机の上に置き直した。

「……優美の手って、冷たい?」

「え? たぶん普通だけど……」

彼女が、そっと自分の手を差し出してきた。

その仕草に、私は少し戸惑ったけど……ゆっくりと、自分の手を彼女の手の上に重ねた。

 ぬくもりが、伝わる。

指先から心の奥まで、じんわりと。

 その瞬間、私は思った。

この“ドキドキ”は、きっと、あの日みんなが言ってた「恋」のはじまりなんだ――って。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

生きることが辛くても、きっと何かがかわると信じて かみっち @kamizyou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ