第9話

 竜の少女は白銀の毛皮を持つ狼フェンリルと睨み合っていた。

 鬱蒼とした森だった。人里から遠く離れたところに位置するこの森林地帯では独特な進化を遂げた動植物たちがひしめき合って生きている。辺りを見渡せば、怪し気な黄色の胞子のガスを飛ばす腐った見た目のキノコの群れや何本もの木がまるでツタのように互いに絡み合って出来た大木など、普通に生きていては決して目にすることが出来ない不気味だが、それでいて幻想的な自然の風景がこの森にはあった。

 人の足が踏み込まないこの地に、一人の少女が足を踏み込んでいた。彼女は旅人がよく好むベージュ色のローブに身を包み込み、旅に必要な雑貨が粗方全て入っているポーチを腰に巻き付けていた。

 彼女の手には一振りの槍が握られている。刃も柄も漆黒の輝きを放っており、その風貌たるもの暗黒騎士を名乗るに相応しいものだった。

 少女は澄んだ青い瞳で目の前の敵と対峙していた。

 森を踏み荒らす侵入者を前にして、フェンリルもまた黄金の瞳で少女の姿を睨みつけていた。

 少女の姿は大人びた雰囲気ではあったが、表情にはまだ幼さが顔を覗かせていた。背まで伸びた灰色の髪は艶があり、澄んだ瞳は空のように青い。

 戦闘のせの字も知らないような端麗な少女だったが、旅を一人で続けるだけの強さを持っているだけでなく、彼女の本職は傭兵だった。事実、彼女に勝つことが出来る人間はそういない。相手が魔物だろうと、彼女の圧倒的な強さは十分に通用するものだった。

 だから、勝負は一瞬で付いた。

 フェンリルがうなり声を上げた同時、勢いよく地面を蹴って少女目がけて鋭い牙を剥き出しにして飛び掛かった。だが初撃は噛みつきではない、鋭利な爪で少女の体を切り裂き、押し倒して、首を喰いちぎるつもりだ。

 だが、少女は経験からそのことを見通していた。

 彼女は身を低く構えると、飛び掛かるフェンリルの腹の下に潜り込みながら、槍を両手で突き上げると上から下に向けて、勢いよく振り下ろした。

 漆黒の刃は空中にいたフェンリルの喉に突き刺さり、そのまま胸の中になる心臓と肺そして数多の主要な血管を圧し潰すように破壊し、次は腹を切り裂いた。胃袋そして腸という具合に内臓をことごとく破壊されたフェンリルは、はらわたを大地と少女にどす黒い血の雨と共にぶちまけながら彼女の背後へと飛んで行った。

 全身が血まみれになった少女は顔についた血を軽く拭うと、フェンリルの首を切り落としたのだった。

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