第8話

 見下ろせば遠くの方に赤い屋根の家が立ち並ぶ街を眺めることができた。

 ゴツゴツとした岩を幾度となく登り切った先に、美しい花や高山地帯でしか見ることが出来ない珍しい草が豊かに生い茂る高原があった。

 緑や黄色、赤色で彩られた高原の中を、土色の道が縦断している。それは、多くの旅人や商人たち、はたまた古き時代の兵士たちが踏み歩くことで長い時間を掛けて作り上げた道だった。

 一人の少女が高原の道を歩いている。彼女は旅人がよく好むベージュ色のフード付きローブに身を包み込み、腰にはいくつかのポケットがついたポーチを付けていた。中に納まっているのはどこの国でも換金が容易な宝石や装飾品、いざという時のための薬や包帯そして旅人の間では不味いで有名な携帯食だった。

 そして、彼女は背に一振りの槍を携えていた。その槍は両刃のもので形状こそ普通なものだったが、柄も刃も漆黒色で不気味な印象を見る者にもたらす槍だ。

 彼女は旅人でもありながら、傭兵でもあった。年端の行かない少女に見えるが、彼女に勝てる者はそうそうおらず、ある程度魔物相手なら奇襲を受けても容易く屠ることができる程度の実力を兼ね備えている。

 そんな少女の正体は人間では無かった。今は人間の姿をしているが、いざ戦いになると彼女は竜人という本当の姿へと変身するのだ。そのときの彼女は強くはあるのだが、その姿が原因で彼女は様々な国で迫害を受けた上に、彼女自身いたずらに人を殺す魔物染みた心を持っていた。少女はそんな自分と身の回りの環境を変えるため、世界中を旅する迷い人なのだ。

 彼女が高原の中を歩いていると、次第に霧が濃くなってきた。気が付いた時には自分の足元しか見えない程になっていた。

 それでも恐れを知らない少女は、目の前が一切見えないというのに果敢に歩みを進める。それは彼女が竜人へと変身してしまえば、あらかた全てのことは解決できるだろうという自信を超えた確信をもっていたからだ。

 例えば、足を踏み外して崖から落ちても竜人へと変身すれば、空を自由に舞って戻ってくことが出来る。そう思えば、霧が濃くなろうとも恐れることはないのだ。

 しかし、彼女は歩みを止めていた。

 目の前に湖が広がっている。霧のせいで大きさが把握できないが、かなりの大きさがあるのではと予感させるものがあった。

 少女はため息をついた。麓の街で買った地図によると、山道の付近に湖は存在しない。つまるところ、彼女は迷子になったのだ。

 迷子になったと気が付いた彼女は歩くことがバカバカしくなって、霧が晴れるまで湖の傍で休憩することに決めた。

 彼女は適当な岩を見つけると、そこに腰かけて重い槍を背中から外して、岩に立てかけた。そして、ポーチのポケットを開けると携帯食を取り出し食べ始めた。

 カレー味と書かれた袋を開けると、中にはすっかりと乾燥しきった焦げた茶色のビスケットが入っていた。それを口に含むと、味はありえない程濃い上にカレーとは似ても似つかない、まるでスパイスをそのまま固めたような味だった。さらに口の中の水分を一瞬で全て吸い取り、パサパサとした食感は食べるに耐えないものだった。だが、これ以上にエネルギー効率に長けた食事は無く、それが旅人に好かれる唯一の理由だ。じゃなければ、こんなものを食べるのは余程の変人だろう。

 少女は無言で、激マズカレービスケットを口に頬張りながら、自分がどこにいるのかを考えていた。だが考えても思いつくはずもなく、食べ終わった後に彼女は霧が晴れるまで少女らしく湖岸の際で水遊びに興じるのであった。

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