第4話
少女は死にかけていた。
どこまでも延々と続く荒野。年に数日も雨が降らないこの地に降り注ぐ太陽の光は水という水の全てを奪って、木の一本も生やすことを許しはしなかった。地面は赤茶色でとても硬くゴツゴツとしており、風が吹けば舞い上がった細かい砂の粒子が口の中に入り、中の水分を一瞬で奪い取る。
少女は死の大地の中心で杭に打ち込まれた鎖に繋がれて、地面に横たわっていた。彼女はもはや服と呼ばれるのかすら怪しい、所々破れて傷ついた肌を覗かせているボロ衣をまとっていた。両腕と両脚が照り付ける太陽の光に晒されて酷い日焼けを負っており、肌は赤く変色し皮膚が剝けている箇所もあった。かつては艶のあった灰色の髪も吹き荒れる砂埃がこびり付いてすっかりと荒んでしまった。お世辞にも綺麗な格好とは言えないが、生気を失いつつある青い瞳だけは、この空のように澄んだ色をしており、昔のまま綺麗な色を保っていた。
彼女は大人というにはまだ幼く、顔には年相応な表情が見え隠れしていた。だが少女を縛る杭に打ち立てられた看板には、近隣の国の言葉で重罪人を意味する侮蔑の言葉が書かれていた。
事実、彼女が受けているのはその国で最も残酷な処刑方法であった。罪人を荒野の真ん中で放置するだけという単純なものだが、年間で数日も雨が降らないこの地では水なしで三日生きるのが精一杯。その三日間、罪人は自分の体内から水が消え失せていく恐怖に身を震わせながら、最後は孤独に苦しみ喘ぎながら死んでいくのだ。
少女は処刑が実施されてから四日目の昼を迎えていた。大の大人が三日で死ぬところを、年端のいかない彼女がそこまで耐えるのは異例なことだった。しかし、それを褒める者もいないし、彼女はもうじき終わりを迎える。
彼女は、いつ閉じるか分からない瞼をこじ開けて、ずっとひとつの物を見つめていた。睨みつけていたといってもいいだろう。それは密閉された容器だった。中には水が入っている。
それは処刑人の一人が置いて行ったものだ。だが、その容器は少女が鎖の制約の中で動ける範囲の外側に置かれていた。彼女は幾度となく、水を求めて首輪が締まるのを気にも留めず手を伸ばし、足も引きちぎれんばかりに伸ばしたが、そのような行為は彼女の首に絞めつけられた赤い跡と体力を奪うだけ奪って無駄に終わった。
昨日からだろうか、今はただ容器を見つめているだけで喉が潤ってくるような感覚を味わえるのだ。彼女のは残り僅かの生をギリギリまで消費するため、残り全ての体力を使って目をこじ開け続けた。
突然、彼女は驚いて小さく口を開けた。少女の目の前に鷲が舞い降りたのだ。その鷲は少女の瞳を覗き込んだ後、彼女が見つめる容器に興味を持ち始め、くちばしで突き始めた。
少女は期待した。もしかしたら、鷲が容器をこちらへと転がしてくれるのではないかと。
しかし、鷲は容器を倒すと蓋を開けてしまった。無情にもこぼれた水が乾いた大地を潤していく。少女は口を開けてパクパクさせた。
殺してやる!!!そう叫びたかったが、乾ききった喉からは何の音も発せられたない。彼女は鷲を睨みつけて何度も殺意と恨みを叫んで、口を開けたが鷲は死にゆく少女には気にも留めずに、水を啜ることに夢中になっていた。
希望を失った少女の心は完全に折れてしまった。もう想像の中ですら喉を潤すことが出来ない。少女は掠れてゆく視界がだんだんと暗くなっていくのが分かった。体力がなくなり瞼が閉じてきているのだ。
そのときだった。彼女の頬を一滴の涙が伝った。その一滴は頬を滑り彼女の口の中に入ると、少女の目がまた開いた。
人を殺めることを何とも思わない彼女は泣いたことがなかった。泣くことなど出来ないと諦めていた。だが、それは違ったようだ。
泣くことを覚えた少女は途端に自分のしてきたことを振り返りはじめた。どうしてこうなったのか、人々を殺め続けて自分が失った物、残された人の気持ち、思いつく限りありとあらゆることを考えて泣いた。今まで一度もしてこなかったことだ。そして、その行為は決して懺悔のためでも反省の意でも無い、生きるためだ。彼女は泣いて泣いて泣きわめいて、自らの喉を潤すのだった。
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