第3話

 鬱蒼とした森に差し込む希望の光のように一筋の赤い道が通っている。赤い道の正体は丁寧に隙間なく敷き詰められたレンガの道で良く整備されており、雑草の一本も生えておらず少しの苔すらも付いていない。

 風が吹けば、森はレンガ道を嫌うかのように木々の葉を不気味に飛ばしながら威嚇した。この道をたどれば街や国にたどり着きそうなものだが、この道が一番近くの国まで、馬でも三日はかかる程遠い。誰が作って誰が整備しているのか不思議なこの道は、旅人にとっては危険な森を迷うことなく進むことが出来る救世主のような存在として語られていた。

 一人の旅人がレンガを踏みしめて歩いている。黒いローブに身を包み込んで、背には一振りの槍を拵えている。その槍は柄も刃も黒く塗られており、鬱蒼としたこの森よりも不気味に見える。腰には複数の袋が付いたポーチが付けられており、中にはどこの国でも高額で換金できる宝石がいくつかと薬そして不味いことで有名な携帯食が入っていた。

 背中の真ん中あたりまで伸ばした灰色の髪は数日風呂に入れず濡らした布で拭くだけの生活が続いているせいですっかり艶を失っている。本人もそれを気にしているのか、時折自分の髪を手に触れてはため息をついていた。

 ずっと先まで続くレンガ道を見つめる彼女の瞳は澄んだ空のように青く、まだ見ぬ国を想像して興奮しているようにも見える。

 そんな彼女の顔には幼さが残るが、これでも一人で旅を続けるだけの精神力に体力そして強さを兼ね備えた立派な旅人なのである。

 だが、やはりまだ子供というべきなのだろうか。ずっと続くレンガ道に嫌気がさした彼女のは道から外れて森の中へと入った。

 森の中へと入った瞬間、嫌な気配が彼女を包み込み背筋をぞっとさせる。それはまるで目に見えぬ亡霊が肩の上に乗ったかのようだ。しかし、背筋が震えたのは興奮したからだ。冒険者精神あふれる彼女はそれすらも楽しんで辺りをキョロキョロと見渡した。

 目の前にはどうしてそうなったのか分からない程曲がりくねって生えた細い木に、黒い液体を垂らしながら溶けているキノコの集団。大きな口を開けて獲物が入るを待っている食虫植物。不気味なこの森にいるのにぴったりなものたちが、そこら中にひしめき合って暮らしている。

 旅人の少女はそれら一つ一つを恐れることも気持ち悪がることもなく、間近で観察し、時には指で突いていたりしていた。

 あまりに夢中になって森の深くまで入り込みレンガ道への戻り方が分からなくなった頃には、あれだけ高く昇っていた太陽が木々に隠れてしまうまでに低くなり、代わりに少女に牙をむかんとする夜が訪れようとしていたのだった。

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