06
ただ、他の審査員からはやんわりと推す声がありました。みなさん、言葉を飾る達人ですから、私はなんとなくこの作品の価値がわかった気でいました。でも、ただなんとなく、なのです。
それでも、あなたはここにいる。ここに立っている。
私はそれが未だ納得いってないのです。あえてこの場で言うならば、どのような言葉で、あなたの表現を補完しますか。
ほら、スタッフの方、再度彼にマイクを渡してあげてください。閉会までまだ時間はあるでしょう。
あなたも、どうぞ遠慮なく、もう一歩前へ」
*
おそらく、私は、ねぇ、ねえ、と声をかけられている。
長く、とても短い夢を見ていた。内容はよく覚えていない。しかし、晩夏の夜のお祭りに、ついひとりで行ってしまったような孤独な感覚だけが残っている。
両腕の上で感じる、乾ききった唇のざらついた感触が、私の寝起きを知らせた。最後に真水を飲んだのはいつだろう。
「おばあちゃん、すごい苦しそうだから、いますぐ来てあげて」
「え?」
顔を上げると、母の後ろ姿が視界に入った。若い頃の姿ではなく、まぎれもなく今だった。
祖母の病室に再び入ると、見知らぬ人が数名、祖母を取り囲んでいた。彼らは私は一瞥くれたが、すぐに祖母のほうへと向き直った。
「あ、目ぇ開いたっ」
母が、大きな声で叫ぶと、周囲の人間も一様に、あっ、あっ、と言った。
「ほら、おばあちゃん、おばあちゃん」
母が祖母の身体を揺さぶった。
祖母は、大きく目を開いている。白濁した瞳は私を鋭く射貫くものの、私の何を捉えているのかわからない。
「ほら、あんたも声かけてあげて」
母に手を引かれて、祖母と対峙する。
何を言えばいいのかわからない。しかし、周りが何かを言っていたので私はそれの真似をした。
「起きて」
母に続けて、私も激しく呼びかけた。それに呼応するかのように、祖母は口をぱくぱくとさせている。
なんだろう、奇跡ってこういうことか。もしかしかしたら、このまま元気に復活することもあるかもしれない。そんなことを考えた。
「おばあちゃん、おばあちゃん」
母は強く泣き出した。きちんと泣き出した。
ここで悲しいということが正しい。しかし、そんな儀礼的なものを私は撮りに来たのか。違う、そんなはずはない。
周囲の人間も母の姿を受けて共振するかのようにすすり泣き始めた。それでも、母の泣き声はひと際目立っていた。
私はここにいることが我慢ならなくなり、部屋を出ようした。そのとき、母は祖母の手を自分の額にくっつけて、すべてに対して懺悔をするように訴えかけた。
「若いころからごめんねぇ。いろいろと。迷惑かけたね」
初めて見る母の謝罪だった。
迷惑、が意味するところは、もちろん私の知っている部分と知らない部分の総和なのだろう。
「家はねぇ、残せないんだわ。ごめんね。私ら、お金がないし、壊すのもお金かかるし。家はね、あのまま売るよ。そうだ、売っちゃう前にこの子に写真撮っておいてもらうよ。このカメラ小僧にね。みんな、そうすれば寂しくないでしょう」
悲しい、いや楽しい。なんだろう、これは。久しぶりの感覚だ。いや、嬉しい、非常に集中している。今この瞬間を、この肌で感じている。
いやいや、なんだろう、わからない。
「あの家、正直つらい思い出もいっぱいあるから。ほら、おじいちゃん、乱暴な人だったでしょう。だからもう、しんどいのよ。もう一回住みたいだなんて、一度も思ったこともなかったわ。だからね、ごめんね。もう売っちゃうね。これでもう辛い思い出ともさよならだね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます