05

「あの家、おれの実家でもあるんだぞ」

「土地と家の法定相続人は私だもん」

「おれが生まれ育った家だぞ」

「私の実家でもあるから」

 立っているこの身体。その重心がぐらつく思いがした。

 傍らにある椅子に身をゆだねて、かろうじて座っていられた。

 私は一度、大きく息を吸った。

「おれがあの家で育ったのは、あんたが勝手に離婚して、あんたが勝手に家を出ていったからだ。あの家で生きるしかなかったからだ。あんたは自分の意志であの家から離れたのに、なんでそんな、売るとか、そういう権利があるんだよ。おれはあの家を……」

 私が言いかけたとき、母はかぶせるように吐き捨てた。

「だからさ、自分だって家を出たでしょうが。家にそんなに思い入れないんでしょうが。違うの?」

「それは、……おれはまだ、実家を実家として過ごしてきた時間が短いの。あんたよりもはるかに短いのっ。だからもう一度住みたいの」

「……なにその理屈。具体的に、なんで住みたいの」

 私はそれをうまく言葉にできていないようだった。だから、私は表現の手段としてカメラを選んだのかもしれないと思った。

 母の視線は鋭く痛く、私はもうどこを見ていいかわからなかった。机の上の模様を視線でなぞっていると、鉛筆で書かれた小さな落書きを見つけた。

 早く元気になあれ。

 大人の字に見えるのに、子どもみたいなことを言う。

「たとえば、仕事がうまくいかなくなって、それを辞めて、療養したいなって人は実家帰るじゃん。帰れるじゃん。友達でもそういう人、いくらかいるんだよ、だから……」

「それ誰の話? 友達?」

「ああ、友達。どの友達だっけ……ああ、あの死なずに済んだ奴……」

「知らないよ。ずっと何言ってるの? 頭おかしいんじゃない?」

「……そりゃ、おかしいに決まってんだろ」

 私はそのまましばらく机に突っ伏していた。身体の感覚が徐々になくなり、身体と物体が融けていった。

 ああ、これは、夢だ。私は夢を見ている。

 あのときの授賞式の会場には、もちろん祖父も、祖母も、母も、身内は誰もいなかった。

 しかし、いま目の前には、祖父も、祖母も、母もいる。壇上にいる私を拍手で迎えている。みんな、少し若いころの姿だろうか。私の印象にある彼らとは少し違う。よく認識できないが、私にとっては美しく笑っているように見えた。だからこれは明らかに夢だ。

 壇上には、私のほかに若い受賞者が数名いた。他の受賞者とともにマイクを持ってコメントを述べた。なんと言ったのかは覚えていないが、当たり障りのない内容だったと思う。

 式も終盤に差し掛かったころ、審査員のうちの一人がおそらく「ちょっと、」と言って私のほうを見た。

 マイクが手元にくるまえにその審査員は話始めるものだから、なんと言っているのかがはっきりわからない。

 もっと、もっとはっきり言ってくれ。

 私が撮ったものをどう見ましたか。どう見えましたか。誠実に向き合ってくれるなら、どんなことを言いますか。

 その審査委員はマイクを持ち、再び口を開いた。

……ああ、聞こえる、聞こえた。

「死人を撮る、というのはある種の暴力性をはらんでいます。たとえ身内であってもです。それでもなお、あなたがあなたの祖父の死を撮ったわけですので、そこに強い動機があったのではないですか。

 私は審査委員なので、実際に撮られたものを見ましたが、そこからは何も汲み取れなかった。あえて何かを見出すとしたら、衝動。それなら悪くはない。でもそれだけに見える。それだけなら大変つまらない。

 あるいはただの、ほんとうにただの暴力。それなら最悪だ。被写体に対する一方的な視線、それが暴力で終始するのなら私は全く推せません。ほんとうに、そういうことをするのはやめてほしい。


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