04

 これは去年のことだったか、一昨年のことだったか、よく覚えていない。

 私は薄暗い部屋でファインダーを覗き込んだ。テレビの青光りに染め上げられた裸の女の子が映った。

 テレビ画面には、よく知らない洋画が流れている。洋画はどこかファンタジーめいていて苦手だ。登場人物の全員に対して現実味を感じられないから、どうしても集中して観ることできない。

「これはつまんないやつだ。この監督って、作品にあたりはずれあるよね」

 と、隣に座っている女の子が言った。

「そうなの? この監督の作品、よく観るの?」

「みるよ。有名じゃないかな、この人。君、ふだん映画観ないの?」

「ドキュメンタリーなら観る」

「ドキュメンタリー? どんなの? おもしろい?」

「あれが気になってる。なんだっけ……。あ、そうそう、人間蒸発っていう映画知ってる?」

「知らない」

「おれも知らないんだ。めっちゃ古くてさ。どうやったら観られるんだろう」

「どっかで配信とかあるんじゃないの」

「あるかも。いやでも白黒の時代のやつだしな……ないかも」

「誰かが蒸発しちゃう映画?」

「そう。でもいくらか嘘らしい」

「ドキュメンタリーって嘘ついていいんだ」

「知らない」

「なんか難しそうな映画だね」

 女の子が、ね、といった瞬間、私はシャッターを切った。

 女の子のほんとうの表情を見た私は、ドキュメンタリー作品のことなどどうでもよくなった。女の子から生まれたその表情は一瞬だった。すぐに嘘みたいな笑顔に戻った。

「え、やめてよ。こんなところまで撮らないでよ。裸だし……」

「いいじゃん」

「なになに、さっき撮ったのじゃ足りない?」

「そんなことないけど」

「えー、まぁいいけどさぁ。撮った写真、あんまり人に見せないでね」

 誰にも見せるもんか。

「どうしようかなぁ」

 などと言って、私は笑ってみせた。

 その後、退屈な映画のエンドロールとともにさっさと服を着始めた女の子は、あんな父親だったら最悪だよね、と言った。私が何の話? 問うと、この映画に出てきた父親だよ、と答えた。

 そうだ、私と会う女の子たちのいくらかは、帰り際に自分の家族の話をした。洋服や下着を一つずつ身にまといながら、家族とのエピソードを話した。ほとんどが他愛のない話だった。私にとって、それは非常に苦痛だった。

 女の子たちの家族関係の悩みの深刻さは大小それぞれだった。私にとって悩むには値しないことでも、女の子たちはとても辛そうに吐露していたので、なんとなく寄り添っているふりをした。

 中には、私よりも深刻な家族関係の悩みを抱えている女の子もいた。その女の子は本質的なことにはあまり触れず、人生を俯瞰的に見るように話した。まるで他人の人生を語るように、どこかで聞いた噂話のように、自分の人生を語った。断片的な語りを前にして、私は完全に無力であり、完全に周辺でいるほかなかった。

 その深刻な事情を抱えた女の子は、後日連絡が一切とれなくなった。

 思えば、私はその女の子の影響を受けてしまったのかもしれない。あのときから、自分自身の体験から心理的な距離を置くことによって、自分の身を守り始めている。守り続けた結果、次第にこの世界はフィクションとなり、私は他の誰かになった。


  *


「あの家、売ろうと思う」

 母がそう言った。

 ふっ、というため息なのか、声なのかよくわからないものを私が吐き出した後、待合室の自動販売機の音がヴぅんとしばらく鳴り続けた。

カメラの液晶に触れると、ふわっと柔らかな明かりが私を照らした。今日撮影した写真をひとしきり見終えた後、私は口を開いた。

「は?」

たったそれだけの言葉。

「うん、だからさ、実家売って、お金にして分けたらよくない?」

「なんでさ、いま……そんなこと」

「どうせこれからバタバタするだろうし、あんたすぐ東京に帰るでしょうが。今言っておいたほうがいいかなって」


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