第5話

「すっごーい!写真みたいにそっくりだね!」

「……どーも」



 雪くんのスケッチブックを横から覗く私を気にも留めずに、紙の上では筆が踊っている。ペタペタと色が重ねられるたびに少しずつ目の前の花壇が現れる。


 緑色に染まった筆を水で洗う片手間に、他のページを見せてもらう。夕暮れの空だったり、高いビルの並んだ景色だったり、描いてるものは色々だけどそのどれもが本物みたいだ。ページをめくっていると、雪くんが私からスケッチブックを取り上げるついでに声をかけてきた。



「で、莉子さんはこんな所に何しに来たんですか」

「写真を撮りに来たの!いっつも『ザンネン』になっちゃうから……」

「『ザンネン』?」



 私の言葉に雪くんが動かしていた手を止める。そんなにちゃんと聞く体勢を取られるとちょっと恥ずかしい。

 リュックからアルバムを取り出して差し出す。首を傾げながらアルバムを開いた彼は数枚見ると、最初のページを開いてこちらに見せた。その写真は私が初めて撮ったもの。個人的には100点満点なんだけどなー。



「……何ですか、コレ」

「鳥!……が飛んでった後の空」

「空の写真じゃないんですか」

「鳥の写真だよ!」

「写ってませんけど」

「うぅ……そうだけど……」



 とっても正論である。確かにそうだけどさー。淡々と話す雪くんはパタンとアルバムを閉じるとクルリと手元で一周まわして見てから私に差し出した。かわいいでしょ、ウミガメのキーホルダー付きのアルバム。

 お気に入りのアルバムをギュッと抱きしめても一度拗ねた私は戻らない。



「ファインダー越しじゃなくて自分の目で見たいじゃん!」



 私がそう叫ぶと雪くんはパチリと一回瞬きして、フ、と笑った。笑われた!?



「……俺とは逆ですね」

「え?」

「そういう瞬間を描くのが苦手で困ってんですよ」



 わからないんです。そう言う彼はどこか苦しそうだった。絵のことはわからないけど、描きたいものが思ったように描けないのはとっても悲しいことなのかもしれない。


 そんなことを考えた私は、気づいた時には思いついたことをそのまま口に出していた。

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