七星の送り火

〈1章〉死にきれなかった死神




それでは、今年度第24回、東京都の定例報告会を始めます。


それは月に2回定期的に開かれ、年に何回かは不定期で行われる死神たちの集会。僕は実に5度目の参加だった。



「それでは次、胡蝶蘭くん、お願いします。」


「はい」


僕は立ち上がり死神たちの視線を集める。南極の氷を分厚く育ててきたのはきっと彼らなのだろうと思えるほどの冷たい視線に晒されると、それだけで死んでしまいそうになった。もっとも、僕もその視線の持ち主であり、既に死んでいるのだけれど。


「今回の送迎回数は5回、ノルマは達成は出来ませんでした、申し訳ございません」


「君、前回もだけどね、いや前回だけじゃない。これまでずっとだ。いい加減にノルマ達成をしてもらわないと困るんだよ。こちらが負担を強いられることになることは分かっているよね?」


司会役のスイートピー先輩が感情のない声で僕を責めた。


「申し訳ございません」


モウシワケゴザイマセン


生きている間も、死んでからも、僕は一体これから何度この言葉を発することになるのだろう。「申し訳ございません報告会」だったら僕はぶっちぎりでトップを走っていたことだろうと思った。


「君も知っているだろうけどね、日本ではこの関東地区が1番忙しい立場にあるんだ。7人のうち1人でもノルマが達成できないと上からすごく怒られるんだよ、怒られるのは誰だ?君じゃない、私だ。君は私からこうして怒られるだけだからいいほうだ。」


「申し訳ございません」


「君は謝れば済むけどね、私は違う、上のやつらに絞られるんだ、ぎゅうっと、牛の乳を絞るみたいにね。分かるか?分からないよな、分からなくて良い、それは私の仕事だ。でもね、同じ死神なんだから、私の仕事を増やさないで、自分の仕事をこなして欲しいんだよ」


「申し訳ございません。努力します」

スイートピー先輩は相当ご機嫌が斜めのご様子だ。誰のせい?僕のせいだ。僕は今までまともに送迎ノルマを達成出来たことがない。


東京都の死神は7人いる。この地区には各地から精鋭が集まる。日本で1番人口が多いから、必然的に送迎ノルマは多くなる。死にたがってる人間も沢山いる。だからこの地区は日本一多忙とされている。東京は日本の希望と死を兼ね備えた場所なのだ。東京都に赴任する死神はこれまで多くの業績を残していて、7人存在する。だから死神界ではこの7人に敬意を込めて『七星の送り火』と呼んでいる。


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僕は28で死んだ。事故と言えば事故だし自殺と言えば自殺、あるいは他殺だった。僕の死について説明するのは難しいことだけど、とても簡潔にスマートに言うのであれば、僕は生きている時に死神と接触し、死神と僕を殺した。そして今はこの完全縦社会の死神界に入社して、最初から『七星の送り火』というどうしようもない場所にに配属され、どうしようもなく落ちこぼれている。


全く嫌になる。生きている間も、死んでからも仕事しかやることがない。そしてその仕事すらまともに出来ない。こんな死神に送迎される生者のことを思うと、既に止まっているはずの心臓の奥がチクチクと痛んだ。このことを免罪符にする訳では無いけれど、僕の仕事が捗らない原因の一つではあった。


これはそんなどうしようもない1人の死神の話である。死神になりきることが出来ず、死にきることが出来なかった死神の話。


僕の話だ。


〈1章 終〉

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七星の送り火 @yuki_librar

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