第18話 まじない師の館

「そんなことが……!」

 リュアンとキリアンがダナエに起こった一部始終を話すとマリエは顔面を蒼白にして、しばらくは次の言葉が出てこなかった。


「はい、なのでレミアさんとスウェンさんが言ってた何かの術について……」

 言葉を失ったかのようになっていたマリエの様子を見ながらリュアンが話し始めると、

「――全くあの能無しは今まで何をやってたんだもっと早くに気づいていればこんなことにはいや私も気づかなかったんだから私にも責任が――」

 マリエは彼の声など全く聞こえていないかのように、目の前の机の上を睨みつけながら猛烈な早口で何事かを呟き始めた。

「母さん……」

「――今からでもあいつの首根っこひっ捕まえて王女様に――」

「母さん!」

「はっ……!」

 キリアンに強く呼びかけられてやっとマリエは我に返った。


「あの……」

 リュアンは何を話せばいいのか分からなくなってしまっていた。

「あ、す、すまん、取り乱してしまった」

 我に返ってマリエが謝った。

「い、いえ……」

(マリエさんでもこんなことあるんだ……)

 リュアンが知っているマリエは、様々な事柄に精通し広い見識を持ち、常に落ち着いて物事を判断できる頼もしい女性だった。

 ラテナとレミアの憧れの的だったという話を聞いた時も、リュアンはそれを当然のこととして理解できた。

 なので、今彼女が見せた振る舞いはリュアンを驚かせたが、それと同時に、見上げるような存在だったマリエのことを、リュアンは少しだけ身近に感じることができたのだった。


「それでさ、ダナエ王女に何か術のようなものがかけられてるんじゃないか、て話なんだ」

 キリアンがリュアンを継いだ形で話をした。

「術のようなもの、ねぇ……」

 落ち着きを取り戻したマリエは腕を組んで考えた。

「レミアは魔術師課程だったか……確か補助系の魔法が得意だったな?」

「はい、そう聞いてます」

(ちゃんと覚えてるんだ、スゴい……!)

 つい今しがたは取り乱してしまったマリエだったが、二十年以上前の後輩の得意技を覚えているということに、リュアンは改めてマリエの凄さを実感した。


「で、レミアにも治癒術師にもわからない……となると毒や麻痺なんかの状態異常魔法ではなさそう、か……」

「他に何かあるのかな……」

 キリアンはすがるような目でマリエを見ている。


「あと考えられるのは、呪術……かな」

 しばらく考えてマリエが答えた。

「「呪術……!」」

 その言葉の恐ろしい響きにリュアンとキリアンが顔を青くした。


「と言っても、呪術を使える者はごくまれでな。そもそもが当てにならない術なんだよ、呪術ってものが」

「当てにならない?」

「ああ、だから訓練所の課程にも入ってないんだ」

「そうなんですね……」

「まあ、昔、課程に呪術を入れろと言っていた変わり者がいたが……」

 そこまで言うとマリエは話すのををめて考え込んだ。


「何か思い出したの?」

 キリアンが聞くと、

「まだ生きてるかな、あの婆さん」

「婆さん?」

「私が訓練所に入った時にはもうかなりの年寄りだったからな」

「そのお婆さんて……」

 期待を込めてリュアンが聞いた。

「ああ、訓練所の課程に呪術を入れろと騒いでいた人だ」


「だとしたら……!」

(その人が王女様に……?)

 緊張がリュアンの体に走った。

「その婆さんがやったのかも、てことか?」

「はい……」

「うーーん……それは考えにくいなぁ、根拠はないが」

「呪術が課程に入れられなったことを恨んでとか……」

 キリアンが聞くと、

「だとしたら、もっと前にやるだろう、今更やる意味があるとは思えん」

 と、答えるとマリエは席を立った。


「っても、とにかく今はできることは何でもやってみるしかない。話を聞いてみる価値はあると思うしな」

「じゃあ……」

「ああ、今から会いに行くぞ」

「わぁ……」

 リュアンの顔に満面の笑みが広がった。

「まだ婆さんが生きていることを祈ろうじゃないか」

「はい!」

 ニヤリと笑いながら言うマリエに、リュアンも立ち上がって答えた。


 ――――――――


 マリエに案内されてリュアン達が来たのは王都の西の外れの、建物よりも木々が多い静かな地域だった。

「昔は結構金持ちが住んでたらしいんだけどね、この辺って」

 とマリエが教えてくれた。

 三十年ほど前に王都を東に拡張した時に多くの者が移住したので、今では住むものも少なく、半ば公園のようになっている。

「もうそろそろかな……」

 手にした地図を見ながらマリエが言うと、

「はい」

 と、御者が静かに答えた。


 王都の中心からここまでは、歩いて来たら二、三時間はかかる距離だろうとリュアンは頭の中で計算した。

 店を出る時、マリエが入り口近くのデスクにいた男性事務員に二言三言話すと、事務員は小さく頷いて早足で出ていった。

 そして数分後には馬車を引いて戻ってきて、マリエとキリアン、そしてリュアンを乗せてここまで来たというわけだ。


(あの店に馬小屋ってあったかな……)

 思い出そうとしたリュアンだったが彼の記憶には無かった。

 それに、店の前から馬車がとうという時、道の反対側の路地に目立たない恰好の男がいることにリュアンは気がついた。

 彼はマリエに、注意して見ていないと分からないほどの目配せをした、ようにリュアンには見えた。


(俺が知らないところがまだまだあるんだな、マリエさんて……)

 リュアンは彼女の持つ人脈の広さと、それゆえの多方面に渡る影響力の強さのようなものを垣間見かいまみた気がした。


「あの家だな」

 そろそろ日が暮れるという頃になってマリエが指さしたのは、背の高い二本の木の間の小路こみちを抜けた先の、こじんまりとした一軒家だった。

 御者が路地入口の脇に馬車を止めると、マリエは躊躇なく路地に入っていき、キリアンとリュアンが彼女に続いた。


 マリエが何度かノッカーを鳴らすと、玄関扉が開く代わりに脇にあった小窓が少し開き、

「なんじゃ」

 と、しわがれた声が聞こえた。

「突然で失礼します。まじない師のメエナ様でらっしゃいますか?」

 改まった口調でマリエが聞いた。

「誰じゃ、お主は?」

「王都で口入屋くちいれやをやっております、マリエと申します」

「マリエ?」

「はい、メエナ様とは以前王立訓練所で何度かお会いさせていただいたことがあります」

「王立訓練所?マリエ……?」

 メエナと呼ばれた声の主は記憶の糸をたどっているらしく、しばらく返答がなかった。


(別人なのかな、それとも記憶が……)

 などとリュアンが想像を膨らませていると、

「マリエ……ああ、か」

 とメエナは何かを思い出したようだった。

「は、はい、そのマリエです!」

 明らかに動揺してマリエが答えた。


(例の小娘?)

 どういうことかと思いリュアンがキリアンを見ると彼は曖昧に肩をすくめるだけだった。

「ふむ、まあよかろう。鍵は掛かっとらんから入れ」

 そう言うメエナの口調からは、最初の時の刺々とげとげしい警戒感は薄れていた。


 日暮れ時ということもあり家の中はかなり暗く、玄関を入るとすぐに食堂になっているようだった。

「適当に座れ」

 と、メエナが言った。

 メエナは小柄で細身の長い真っ白の髪の老婆だったが、所作はしっかりとしており、瞳は澄んだ青色だった。

「はい、恐れ入ります」

 そう言いながらマリエはキリアンとリュアンに目配せをして手近な椅子に座った。

 キリアンとリュアンもマリエの傍の椅子に腰掛けた。

「茶が飲みたきゃ勝手にれろ」

 メエナがストーブの上のやかんを指して言った。


「ありがとうございます。でも、まずはお話をお聞きいただけますでしょうか?」

「随分とかすのう」

「申し訳ありません、危急なことなものですから」

「おぬしらにとっては、そうなんだろうがな」

「はい……」

「まあ、いい、聞かせてみろ」

「はい、実はダナエ王女のことなのですが……」


 と、マリエはダナエに起こった出来事と、レミア達の推測をかいつまんで話した。

「なんとも曖昧な話じゃのぉ」

「申し訳ありません」

 メエナの率直な感想に恐れ入るマリエ。

「じゃが、全くの見当外れ、というわけでもないかもしれんの」

「そうしたら……!」

「ふむ……ところで、そこにいる若いのはお主の息子か?」

 メエナがキリアンを見ながら言った。

「はい、息子のキリアンと申します」

 マリエが紹介するとキリアンは立ち上がって丁寧に挨拶をした。


「そうか、ふむ……」

 と、メエナは考え込むように口を閉じた。

 そんなメエナをマリエは不安そうな顔で見ている。キリアンもどこが落ち着かない様子だ。

「……相分かった」

 かなり時間が経ったとリュアンが思った頃、メエナが顔を上げて答えた。


「まずはその……何かの術と言ったか、それを占いで見てやろう」

「「「お願いします」」」

 マリエとキリアン、リュアンの声が揃った。

「何か王女の持ち物はあるか?」

 メエナの問いに、

「王女様の持ち物、ではありませんが……」

 と言って、リュアンは立ち上がって内ポケットから、折りたたんだタルーバ村のサグアス領への編入を命ずる書面を取り出し、メエナに差し出した。

「おそらく王女様が数日の間持ってらしたものです」

「ふむ……ん?」

 書面を受け取る時にメエナの指がリュアンの指に触れた。


「お主」

「はい?」

「王女のこれか?」

 とメエナは親指を立てて言った。

 一瞬なんてことやら分からなかったリュアンだったが、その意味するところを理解すると、


 ボンッ!


 と一気に顔が真っ赤になった。

「さすがメエナ様!鋭くていらっしゃる!」

 すかさずマリエがメエナを持ち上げる。キリアンに必死にウインクを送りながら。

「そ、そうですね!さすがです、メエナ様!」

 キリアンも普段の数倍のの明るい声でメエナを称賛した。


「やはりな、で?どこまでいっとるんだ、ん?」

 と書面の感触を確かめるように撫でながら、興味津々でリュアンを問い詰めるメエナ。

「い、いえ、どこまでというか、婿取りコンペは試練が達成できなったので、まだ、というか、もう……」

 とすえすぼまりになりながらリュアンは答えた。

「何をやっとるんじゃ、お主は!」

 と、リュアンはもちろんマリエとキリアンにとっても想定外の憤慨ぶりでメエナが言った。


「あ、あのメエナ様、その話はまた後、ということで……」

 なだめるようにマリエが言った。

「そうじゃな、まあ、おかげで王女の気配もよく分かった」

 と、案外あっさりと収めると、メエナは壁の棚においてあった木箱を持ってきてテーブルに置いた。


 そして中から水晶の珠を取り出して、紫色のベルベットのクッションの上に置いた。

「よし、では見るとしよう」

 そう言ってメエナは水晶に両手をかざし、瞑想するように目を閉じた。

 そして小声で何言なにごとかを呟いた。


 メエナの唱える呪文のような言葉に呼応するかのように、水晶の珠がぼんやりと光りだした。

「「「……!」」」

 マリエ達三人が息を呑む。

 ものの一分か二分そうしていたメエナが目を開くと、水晶の珠の光は少しずつ減衰げんすいして弱まっていった。


「ふむ……」

 水晶にかざしていた手を下ろしてメエナが小さく言った。

「あの……何か分かりましたか?」

 恐る恐るといった様子でマリエが聞いた。

「うむ、もしやとは思っていたがの……」

「もしや……と言うと?」

 不安そうなマリエの声と同様に、リュアンとキリアンも手に汗握ってメエナを見つめている。


「魔女、じゃよ」

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貧しいので褒賞目当てで王女様の婿取りコンペに参加します 舞波風季 まいなみふうき @ma_fu-ki

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