第17話 王女様を助けるために

 フィリパがれてくれたお茶を飲みながらリュアン達が待っていると、ダナエを診ていたラテナ達女性が居間に入ってきた。

「母さん……!」

 リュアンはサッと立ち上がりラテナに歩み寄った。


「王女様は……?」

「今はお休みになっているわ」

 そう言うラテナの表情は優れない。それがリュアンを不安にさせた。

「……!」

 目の色が変わるリュアンを見て、

「まずは、座りなさい。わかる範囲のことを話すから」

 と、言葉は厳しいが、口調は柔らかくラテナが言った。


 居間に入ってきたのは、ラテナ、レミア、エマの三人の他に二人の女性の計五人だった。

「ルシーナさんとフィリパちゃんは王女様を見ているわ。それで……」

ラテナは二人の女性を紹介した。

「こちらは治癒術師のスウェンさんと薬師のイスカさんよ」

 それぞれ挨拶が終わり皆が席に着くと、

「それじゃ、今のところまでで分かっていることを話すわね」

 ラテナがレミア見ながら言った。レミアがうなずいて答える。


「まず王女様のご容態だけど、今のところ落ち着いた状態でお休みになっている、ということでよろしいわね?」

 そう言いながらラテナが治癒術師のスウェンを見た。

「はい、私が診たところ呼吸や脈拍にも異常はありません。治癒術を施したので今すぐに深刻な状態になってしまうということは無いと思われます」

「イスカさんはどう?」

 ラテナが薬師のイスカに聞いた。

「はい、私もスウェンさんと同じ考えです。ただ、お体が衰弱されているようにも見受けられるので、目を覚まされたら滋養に効くお薬を処方しようと思います」


「目を覚まされたら、ね……」

 レミアがボソッと言った。

「レミア……!」

 ラテナがたしなめる。

「母さん、何かあるの!?」

 リュアンが二人のやり取りを逃さずに聞いた。

 ラテナはレミアにひと睨み飛ばしてからリュアンに話し始めた。


「何かある、というよりは、何があるか分からないというのが正直なところなの」

「え、どういうこと?」

 リュアンは身を乗り出して聞き返した。

「今お二人から話しがあったとおり、王女様の容態は落ち着いてるわ。しばらく休めばまた元気になられるように見えるの」

「それのどこがいけないの?」

 と、やや反抗的なリュアンの言葉にラテナは困惑してレミアを見た。


「レミアさん……?」

 リュアンは答えを求めてレミアをまっすぐに見た。

「私も確かなことは言えないんだけれど……」

「……」

「王女様に、何かの術がかけられてるように思うの」

「何かの、術!?」

 思いも寄らないレミアの言葉に、リュアンの声が裏返った。


 すると治癒術師のスウェンが、

「そうなんです……私もそれを感じてレミア様にお話ししました……」

 と、レミアを見ながら言った。


「どんな術かは分からないのかい?」

 気が動転気味のリュアンを見ながらミゲルが聞いた。

「ええ、私にもスウェンさんにも分からないの……気のせいならいいのだけど」

「いや、この場合は気のせいで済まさないほうがいいだろう」

 ミゲルの声は静かだが重みがあった。

「そうね……」

 気を落としたようにレミアが答える。


「そのが王女様がお倒れになった原因という可能性が高いということなのですね?」

 キリアンが言った。

「決めつけはいけないと思うけれど、今のところそれが一番考えられることだと思うわ」

 ラテナが言った。


「ひとつ提案いいですか?」

 それまで黙って聞いていたエマが声を上げた。

「ええ、どうぞ、エマさん」

「ありがとうございます」

 ラテナとエマが笑顔を交わす。

「もう王宮に知らせを送ってるってことだから、じきに人が来て調べてくれると思うのだけど……」

 エマは言葉を切って部屋にいる人を見回した。


「いま、ここにいる人達が出した答え以上のことは、そう簡単に出てこないんじゃないかと思うんです」

「何が言いたいんだい、エマ?」

 キリアンが口を挟むと、心持ちムッとした表情を彼に向けてエマは続けた。

「ここはひとつ、人脈が広くて情報に通じてる人に相談してみたらどうかと思うの」

「というと?」

 要領を得ない顔でキリアンはエマを見ている。

「そういう人を知ってるでしょ、私達?」

「え?」

「もうーー!ここまで言っても分からないの!?」

「ええ!?」

 顔全体を困惑色に染めてキリアンが叫ぶ。

「マリエさんよ!あなたのお母さん!!」

「ええ?母さ……」

 と意表を突かれて驚くキリアンの声に被せて、

「今、マリエさんって言った!?」

「あなたのお母さんなの!?」

 ラテナとレミアが驚きの声を上げた。

「「え?」」

 エマとキリアンの声がシンクロする。


「あのぉ……」

 完全に話しにおいていかれているリュアンがそっと声をかけた。

「あ、ごめんね、リュアン」

 エマが困惑笑顔で謝った。

「私はマリエさんに相談してみたらいいんじゃないかと思うの」

「マリエさんに……」

「そう、マリエさんならご本人は知らなくても、知ってそうな人を紹介してくれるかもしれないでしょ?」

「そ……そうですね!」

 リュアンは心に一条の光が差した心持ちだった。


「分かってもらえて嬉しいわ」

 そう言うとエマはジト目でキリアンを見た。

「そ、そうだね、母さんなら、うんうん……」

 と、完全にエマに主導権を握られてタジタジのキリアン。


「それにしても、あなたがマリエさんの息子さんだったなんて」

「ねぇーーびっくりだわ!」

 未だ驚き冷めやらぬラテナとレミアはしげしげとキリアンを見ている。

「あの、母さんとは……」

 どこか居心地が悪そうにキリアンが聞くと、

「マリエさんは王立訓練所時代の私達の先輩なのよ」

「ええ、強くてカッコよくて……後輩女子訓練生の憧れの的だったの」

 当時を思い出すラテナとレミアは女学生のような顔になっている。


「ええっと、それじゃ……」

 やや話がそれてしまった場の空気をもとに戻すようにエマが言った。

「今からでもマリエさんのところに行ったほうがいいと思うの」

 というエマの言葉を聞くと、

「はい!」

 と、とってもいい返事をしてリュアンが立ち上がり、早くも扉に向かおうとした。

「ちょちょちょ、待って!いくらなんでもすぐ過ぎ!」

 エマがリュアンの腕を掴んで制止した。


「誰が残って誰が行くかを決めたほうがいいと思うんです」

 エマが言うと、

「そうね、そうしたら……」

 ラテナが思案しようとすると、

「俺は行くよ、母さん!」

 エマに腕を掴まれたままで鼻息荒くリュアンが言った。

「そう……ね、止めても行きそうだものね」

 ラテナは苦笑しながら言った。

「それじゃ、俺もリュアンと一緒に行きます」

「それがいいわね、お母さんの所だものね」

 レミアが面白そうに言うと、

「はは……」

 とキリアンは誤魔化ごまかすように笑った。


「エマさんも……」

 当然エマも一緒に行くものだと思ってリュアンが聞いた。

「うーーん……私はここに残るわ」

 と、意外な答えが返ってきた。

「「え?」」

 リュアンだけでなくキリアンも意外だったらしく、同時に驚きの声を上げた。


「まあ、危ない事態にはならないとは思うけど……じきに王宮から人も来ると思うし。にしても王女様の護衛役は必要だもんね」

 と頭を掻きながらエマが言った。


「それじゃ、そういうことにしましょう……リュアン」

「はい」

「しっかりね」

 そう言ってラテナはリュアンの肩をそっと抱いた。



 そして、リュアンとキリアンは手がかりを求めてマリエの店へと向かった。


(きっと……きっと見つける、王女様を助ける方法を……!)


 馬上の人となったリュアンは、希望と不安が渦巻く胸に手を当てて、そう心に誓った。

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