第19話 北の魔女

 リュアン達は王都を出て、幌付きの馬車で夜の街道を北に進んでいる。


(北の魔女、か……)


 馬車の揺れに身を任せてリュアンはメエナとの話を思い出していた――――



「ま、魔女……!?」

「うむ」

「ま、魔女って……ま、魔女が王女様に、な、何かの術を……!?」

 真っ青な顔で震えながらリュアンが聞いた。

「そうじゃ」

 答えるメエナは落ち着いている。


「その、魔女のことを詳しく教えていただけますか?」

 動転して震えているリュアンの肩に腕を回しながらキリアンが聞いた。

「術をかけたのは北の魔女と呼ばれている、というかわしが勝手にそう呼んでるだけじゃが」

「そこまで分かるんですか?」

「会ったことがあるからの」

「それで、王女様にかけられてる術はどういう……?」

「うむ……確信はないが、恐らくは不運を呼び寄せるたぐいの術じゃろう」

「ふ、不運を……!」

 次から次へ出てくる不吉な言葉に、リュアンは益々地の底へ引っ張り込まれていくような心地がした。


「不運を呼び寄せるとは、どのように……?」

「術をかける対象者に負のオーラをまとわせて幸運が近づけないようにするのじゃ」

「そ、そんな……王女様が可哀想じゃないですか!」

 リュアンにしては珍しく怒声に近い声を出して、メエナに詰め寄ろうとした。

「リュアン!」

 リュアンの肩に回していた腕に力を入れて、キリアンが押し留めた。

「あ……ご、ごめんなさい」


「それで、その術を解くことはできるのですか?」

 マリエが聞いた。

「うむ、術をかけた本人であれば解けるだろう、多分な」

「すぐに解いてもらいましょう!どこに行けば会えますか?」

 リュアンは居ても立っても居られないという様子だ。


「にしても、なんでその北の魔女?は王女様にそんな術を……」

 マリエが眉間にシワを寄せて言った。

「そこまではわしにも分からん、分からんが……」

「……?何か気になることでも?」

「うむ、その魔女はゾーラというのだが、少々変わった女での」

「変わった女……?」

「陰気な性格の女での、ほとんど他の者と付き合わずに家にひきこもっておるのじゃ」

「なるほど……」

「そのくせ話し始めると理由わけのわからんことを延々と話し続けたりするのじゃ」

「それは、中々……」

 さすがのマリエも困惑を隠しきれない。


 そして、メエナに北の魔女ゾーラの住む場所を教えてもらい地図に印をつけた。

「これを持っていけ」

 メエナは戸棚の引き出しから水晶付きのネックレスを取り出してリュアンに渡した。

「これは……?」

「わしの紹介だという印じゃ。魔女という人種は疑い深い、特にゾーラはの」


 ネックレスの水晶は一見透明に見えたが、手にとってみると、角度によって薄い紫や赤に見えたりもする、不思議な水晶だった――――



「今夜中に着くのは無理だろうな」

 マリエが夜空を見ながら言った。

「もうすぐ真夜中だしね」

 キリアンも同意した。

「でも……」

 リュアンはこのまま夜通しかけてでも北の魔女に会いに行きたそうだった。

「リュアン」

 マリエの声は静かで穏やかだ。

「はい……」

 うつむき加減で答えるリュアン。

「気持ちは分かる、私だって同じだ。だがな、馬も休ませなきゃならん」

「はい……」

「治癒術師もしばらくは大丈夫だと言ってたろ?」

「そう、ですね……はい」


 ということで、リュアン達は街道から少し外れた木立に馬車を入れ野営をすることにした。

 野営に慣れているのか御者は手際てぎわよく火を起こし、燻製肉と野菜のスープを作った。

 近頃では夜はめっきり冷え込むようになってきた。

 そんな時期の野営は避けたいものだが、御者が作ってくれたスープと囲炉裏端で温めたパンの夕食が体を温めてくれた。


「星、きれいだな……」

 夕食後、リュアンは澄み渡った夜空を座って見上げて、ボソリと呟いた。

「王女様は大丈夫かな……」

 式典の時に演台で倒れ、地面に落ちかかったダナエを空中で抱きとめて以来、リュアンはダナエを見ていない。

(細くて小さかったな……)

 その存在感から、つい大柄な印象を持ってしまっていたが、実際のダナエは細くて小さい、か弱い十六歳の少女だった。


(それに……)

 あの時は夢中で気に留める余裕が無かったのだが、ダナエを抱き留めた時、彼女からほんのりと甘い匂いがしたのを思い出した。

(いい匂いだったなぁ……)

 そうして思い出していると、なんだか顔が火照ってくるような気がしてきた。

(やばいやばい忘れなきゃ……!)

 リュアンは妄想を振り払うかのようにブンブンと頭を振った。

(もうコンペの褒賞はいただいたんだ!王女様と俺はもう何の関係もないんだ!)


「あの子、どうやら何かと葛藤しているようだね」

「しっ!聞こえるよ、母さん!」

 リュアンが座っている木のそばの木に隠れて、マリエとキリアンがリュアンの様子を見ている。

「まあ、何と葛藤してるのか大方想像はつくけどねぇ」

 そう言うマリエはどこかしら嬉しそうでもあり、どこか物思わしげでもあった。

「うまい具合にいけばいいけどねぇ」

「母さんはどうなればいいと思ってる……?」

「うーーん……わからん」

「なんだよ、それ」

「それにな」

 そう言ってキリアンを見るマリエの目は真剣だった。

「お前にも関わってくることだからな」

「分かってる……」

 マリエの真剣な視線を避けるように横を向いてキリアンは答えた。

 マリエはそんなキリアンを愛おしそうな目で見ると、彼の頭に手を載せて髪の毛をくしゃくしゃとかき回した。


 次の日は夜が明ける前から野営をたたみ、日の出とともに出発した。

「北の魔女がいるのはノノル村の外れにある森だそうだ」

 地図を見ながらマリエが言った。

「森に住んでるんですか?」

 リュアンが驚いて聞いた。

「そうらしい、やはり変わり者なのだろう」

「ちょっと心配だね……」

「心配ですけど、でも、王女様のためですから……なんとしても……!」

 リュアンが思い詰めたように拳を握る。


 ノノル村はタルーバ村よりも大きい村で、通りの両側には食料品を中心に日用品や衣類など、多くの出店が並んでいた。

「賑やかな村ですねえ」

 村の入り口で馬車を降り、通りを歩きながらリュアンが独り言のように言った。

 王都を知っているとはいえ基本的に田舎者のリュアンは、ノノル村の活気に目を輝かせている。


「あの、お伺いしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」

 キリアンが、通りすがりの買い物中と思しき女性に声をかけた。

「なにかしら?」

 若くてスマートなキリアンに声をかけられて満更でもない様子で女性が答えた。


 キリアンは女性に地図を見せて、印のところを指差した。

「ここに行きたいのですが、この道で合ってますか?」

「ええ、合ってるわよ、合ってるけど……」

「何か?」

「そこって、あれよ」

「あれ?」

「そう、魔女がいるの」

 女性は怪しい秘密を打ち明けるようにキリアンに耳打ちした。


「魔女、ですか!?」

 キリアンはわざとらしく驚いて見せた。

「ええ、そうよ。表向きは薬屋ってことになってるけどね」

「ええ、私たちもそう聞いて来たんです」

 女性の話に合わせるように、マリエがキリアンの横から言った。


「でも、なんでまた魔女などと……?」

「見れば分かるわ。陰気な顔でブツブツ話してたかと思うと、いきなり笑い出したりするのよ。しかも気味の悪い笑い方で」

「そ、そうなんですか」

 苦笑いしながらキリアンが答えた。

「まあ……薬はよく効くけどね」

 そう言うところを見ると、この女性も魔女の薬の恩恵にあずかっている一人のようだ。


 女性に礼を言って、リュアン達は女性曰く“魔女の館”に向かった。

 通りを進んでいくにつれて店もまばらになっていき、やがてノノルの森の入り口へと入っていった。

 ノノルの森はエデナの森に比べると木々はまばらで比較的明るい森だった。


 しばらく進んでいくと小さい池、あるいは大きな泉かもしれないが、にぶつかった。

 その池のほとりに、丸太を組んで立てられた小屋があった。

「あれですね」

 そう言いながら既にリュアンの足は回転速度を増している。

「おいおい、そんなに焦るな」

 マリエがたしなめる。


 リュアンは玄関前に立って、マリエとキリアンが来るのを待っていた。

「では……!」

 二人が来るのを待ち構えてリュアンは扉をノックした。


 返事はない。


 再びノック。


 またも反応なし。


「お留守……でしょうか?」

「かもな……」

「困ったなぁ……」


 三度みたびノックをしようとリュアンが手を上げた時。


「あたしに、何の用ぉおおーー……」

 と三人の後ろから背筋が凍るような声が聞こえてきた。


「「「ひっ!」」」

 三人は同時に飛び上がって声を上げた。

 そして振り返って見ると、そこには黒いローブにフードを目深まぶかに被った一人の女性(と思われる人)が立っていた。


(この人が、魔女……!?)




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