第14話 新たな領地

「タルーバ村、それがあなたの新たな領地よ」


 ダナエが王室の印璽いんじが押された正式な書面をリュアンに手渡しながら言った。

「あ、ありがとうございます!」

 リュアンはダナエの前に跪いて、彼女が差し出す書面を押しいただいた。



 ここは謁見の間に隣接する控え室。リュアンとキリアン、エマは侍従に案内されて王族とは別の扉から入ってきた。


「やあ、リュアン、お疲れさま」

 王冠とローブを脱いだ国王ヘレスがソファに座って声をかけてきた。

「は、はははい……!」

 国王からの直接の声かけに再びパニックになりかけたリュアンに、

「ははは、そう緊張するな、と言っても無理かもしれないが」

 と笑顔で言うヘレス。

「そうよ、お父様はとっても優しいんだから」

 ヘレスの隣に座っているダナエが言った。


「まあ、後のことはダナエに任せて私はおいとまするよ」

 そう言ってヘレスは立ち上がると、

「ダナエ、体の方は大丈夫なんだろうね?」

 と心配そうにダナエに聞いた。

「ええ、なんだが今日は調子がいいの、大丈夫よ、お父様」

 笑顔で答えるダナエ。


(大丈夫なのかな、王女様……)

 確かにダナエの表情は明るいが、まだ体力が万全ではないようにリュアンには見える。


「ではな、リュアン」

 そう言いながらヘレスはリュアンの肩に軽く手を載せて、

「ダナエを頼む」

 と言って扉に向かった。

「はいっ!」

 と気をつけの姿勢で答えたリュアンはヘレスが部屋を出るまで不動の姿勢で見送った。

 そして、ダナエから書面が交付されることとなったのだ。


「タルーバ村は知ってるわよね?」

 ダナエはソファに腰掛けると、リュアン達も座るように手で示しながら言った。

「はい、サグアス領の隣の村です」

 リュアンは答えた。


 タルーバ村はサグアス男爵領に接する王室直轄領の村だ。

 サグアスとは人や物の行き来も多く、お互いに姻戚関係にある者も少なからずいる。

 面積はサグアスほどの広さはないが、耕作地が多く、領内の多くを森林が占めているサグアスよりも農業生産量は多い。


(父さんと母さんも喜んでくれるかな)


 王女様の婿取りコンペでいい成績を取って褒賞に領地を貰う、と大見得を切って出てきたのだ。

 手ぶらで帰るなんてことにならなくて本当によかったと思うリュアンだった。


「タルーバは明日からサグアス男爵領になるから、今日のうちに村長に知らせておきたいの。だから……」

「はい」

「これから私がタルーバに行って書面を交付するわ」

「はい……て、ええーー!?」

 いきなりのことにリュアンは驚いて立ち上がってしまった。


「あの、ダナエ様、それは少し急すぎるのでは……」

「タルーバまでは馬車でほぼ一日の行程です。ダナエ様は見たところお疲れのご様子ですので……」

 と、キリアンとエマも身を乗り出して、動揺を隠せない様子で訴えた。


「大丈夫よ、さっきも言ったけど今日は体調がいいの。ルシーナも一緒に行ってくれるし、念の為治癒術士と薬師にも着いてきてもらうから」

 と、ダナエは皆の心配をよそに自信満々で言った。

「ルシーナ……さん?」

 リュアンが聞いたことがない名だ。


「ルシーナと申します。ダナエ様のメイドを務めさせていただいております」

 扉近くに立っていた女性が落ち着いた声で自己紹介をした。

「あ、リュアンです、よ、よろしく、お願いします……!」

 リュアンは慌てて挨拶を返した。


「キリアンです、よろしく」

「エマよ、よろしくね」

 キリアンとエマもルシーナに挨拶を返した。

 二人の慣れた感じの振る舞いに、

(いいなぁ、俺もあんなふうにスマートにできるようになりたい……)

 と、憧れる思いで見てしまうリュアンだった。


「そういえば、さっき玉座の間でいらした、その、厳しそうな方は……」

 部屋を見回してリュアンが聞いた。

「ああ、グイナスのことかしら?」

「グイナス、様?」

「ええ、この国の宰相よ」

 ダナエはこともなげに言った。

「さ、宰相様……!?」

(そんなに偉い人だったのかぁーー!)

 宰相と言えば国王に継ぐ地位の人だ。


「だ、大丈夫でしょうか……あんな粗相そそうをしてしまって……?」

 国王は穏やかな人でリュアンの無様な姿を許してくれたが、宰相は厳しい目で彼を見ていたようだ。

「大丈夫よ。見た目ほど怖い人ではないから。ね?」

と言いながらダナエはエマに視線を向けた。

「……はい、そう思います」

エマは伏し目がちに答えた。

(ん?エマさんは宰相様を知ってるのかな……?)

などとリュアンが思っていると、


「それじゃ、出発よ!」


 と、ダナエの声かけで皆が立ち上がった。


 ――――――――


「「「リュアンさまぁーー!」」」


 数日ぶりに領地に戻ってきたリュアンを子供たちが取り囲んだ。

 常日頃畑仕事をしているサグアス男爵家は領民たちとも距離が近い。

 リュアンは積極的に人付き合いをする性格ではないが、穏やかで人当たりがいいので、特に子供たちに慕われている。


「リュアンさま、また出かけちゃうの?」

「リュアンさま、ケッコンするって本当?」

「ええ!?リュアンさまのお嫁さんは私だよーー」

「違うよーーリュアンさまはオムコサンになるってお母さんが言ってたよ」

 と賑やかなことこの上ない。


 ダナエ一行は朝のうちに王宮を出て、そろそろ日も傾き始めようかという頃に、ここサグアス領に着いた。

 直接タルーバ村に向かうとリュアンは思っていたが、

「まずはあなたの領地を見たいから」

 と言うダナエの希望で先にサグアスに立ち寄ったのだ。


「ふーーん……随分と人気者なのね……リュアン」

 子どもたちに囲まれるリュアンを後ろから見てダナエがボソッと言った。

「い、いえ、そ、そういうわけでは……」

 どう答えればいいものか分からず、リュアンはしどろもどろになってしまった。

 とはいえ、今目の前にいるのは王国の王女様だ。

「ほ、ほら、こちらのお方は王女様だよ、みんなご挨拶をしなさい」

 と、リュアンは子供たちに教えた。


「王女様!?」

「王女様きれいーー」

「お人形さんみたいーー」

 と子供たちは口々に言いながら、あっという間にダナエを取り囲んだ。


「ほら、ご挨拶!」

 リュアンの掛け声に、

「「「「王女様、ごきげんようーー!」」」」

 と子供たちは息の合った挨拶をした。


「はい、ごきげんよう」

 と、ダナエは王族らしい気品でにこやかに挨拶を返した。

「「「きゃあああーーーー」」」

 そんなダナエに嬌声を発しながら、子供たちは憧れの眼差しを送った。


 子供たちの賑やかな声を聞いて大人たちも集まってきた。

 その先頭の二人がリュアンに声を掛ける。

「リュアン」

「おかえり」

「ただいま、父さん、母さん」

 そう答えたリュアンが両親をダナエに紹介しようとしたところ、

「サグアス男爵夫妻でらっしゃいますね?アルビオン王国王女ダナエです」

 とダナエが優雅に挨拶をした。


 サグアス男爵夫妻は驚愕して、

「お、おおお王女様っ!?」

「し、失礼しましたっ!」

 と、慌てて宮廷式の挨拶をした。

「サグアス男爵ミゲルにございます」

「妻のラテナにございます」

 ダナエは二人に笑顔を返して言った。

「お会いできることを楽しみにしておりましたの」

「も、もったいないお言葉を!」

「ありがとう存じます!」

 男爵夫妻は恐縮しっぱなしである。


「あの、父さん母さん、王女様は長旅でお疲れだから……」

「そ、そうだな」

「ええ、ええ、すぐにお茶のご用意を」

 夫妻がダナエを男爵家へと誘った。


「でもね、王女様はこの後タルーバ村に行かれる予定なんだ」

 歩きながらリュアンが説明した。既に先触れがタルーバに向かっている。

「タルーバに!?」

 リュアンの母ラテナが鋭く反応した。

 リュアンはコンペの褒賞の件を手短に両親に話した。


「そういうことなのね」

 ラテナはそう言って口を引き締めた。ミゲルは物思わしげな顔をしている。

(ん?なんだろうこの反応は……)

 数日前、ここを出る前に宣言した通りコンペで優秀な成績(と言えるのかどうかリュアンとしては自信はなかったが)を収めて褒賞に領地を賜ったのだ。

 両親に喜んでもらえるものとばかり思っていたリュアンとしては、なんだか肩透かしを食らったような気分だった。


 ダナエを男爵家の屋敷(というよりはちょっと大きめの農家)に招き入れ、居間兼食堂でお茶と質素な菓子を饗していたところに訪問者があった。


「王女様、お迎えに上がりました」

 訪問者はラテナと同世代の女性で、服装こそ質素なドレスだったが、立ち居振る舞いは宮廷の貴族さながらの優雅さだった。

「お久しぶりね、レミアさん」

 ダナエも優雅に挨拶を返した。


(タルーバの村長の奥さん、だよな)

 リュアンもここ数年は会ってなかったのですぐには分からなかった。

 というより、リュアンからしたら村長夫人は「隣村の賑やかなおばちゃん」という子供の頃の漠然とした印象しかなかった。

 なので、今目の前にいる優雅な振る舞いの女性と同一視できなかったというのが正直なところだ。


「くっ……」

 リュアンの耳に隣に座っている母ラテナから漏れ出た声が聞こえた。

 見てみるとラテナは鋭い視線をレミアに送っている。

 一方、父ミゲルを見ると何やら困ったような顔をしていた。


(え、なに?何かあるの?)

 故郷に錦を飾れたと思った矢先に、雲行きが怪しくなってきたようだ。

 リュアンは心の底から祈らずにはいられなかった。


(どうか、何事も起きませんように!)

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