第12話 羨ましい関係
「ドラゴンじゃなくて、大トカゲ……?」
リュアン達の報告を聞いたダナエの反応だ。
ダナエ王女の婿取りコンペはドラゴン退治の試練を最後に終了すると、今しがた儀典官に知らされたところだった。
「はい、先ほど警備隊にも知らせたので、既に討伐に向かっていると思います」
「そう、ドラゴンではなかったのね……」
ダナエは目に見えて残念そうだ。
(やっぱり試練は未達成になっちゃうんだろうな……ドラゴンじゃなくて大トカゲだし)
ダナエの落胆がリュアンにも移ってしまったようだ。
それに、大トカゲも発見、撃退はしたが退治はできていない。
「それじゃ、今回の試練も未達成ということになるわね」
「はい……」
(仕方ないよな……)
ダナエの前で跪き頭を垂れながらリュアンは諦めた。
「でも……」
「……?」
「羊の被害の原因を突き止めてくれたのはお手柄よ」
「……」
「それとロック鳥のこともね」
「……は、はい」
「なので、私の婿取りコンペの試練は未達成だけど、最初に布告したとおり、あなたには褒賞をあげなきゃね、リュアン」
そう言うダナエの明るい声に思わずリュアンは顔を上げてしまった。
ダナエは穏やかに微笑みながらリュアンを見ていた。
だが、その顔には明らかに疲労の色が見える。
(王女様……)
そんなダナエを見るリュアンの顔には、褒賞をもらえる嬉しさよりもダナエの健康を気遣う様子がありありと浮かんでいた。
「どう?」
真っ直ぐにリュアンの目を見てダナエが言った。
「は、はい、あ、ありがとうございます!」
リュアンは慌てて頭を垂れた。
「何か褒賞の希望はある?」
「あ、あの……もしよろしければ、我がサグアス男爵家にいくばくかの領地をいただければ、と、とても嬉しいです」
どもりながらも、リュアンはコンペ参加のそもそもの動機を伝えた。
「領地、ね……」
リュアンの望みを聞いたダナエは少しの間考えると、
「分かった、お父様に相談してみるわ」
そう言ってダナエは微笑みを大きくした。
「あ、ありがとうございます!」
リュアンはより深く頭を下げた。
「それじゃ、またね、リュアン」
そう言うダナエの声が聞こえて、その場を立ち去る足音が聞こえた。
「は、はい!また……また?」
ハッとしてリュアンが顔を上げた時には既にダナエは大広間を退出していた。
(また、って……また会えるのかな、王女様に)
リュアンがそんなことを思っていると、
「おめでとう、よかったな」
と、後ろで控えていたキリアンがやってきてリュアンの肩を軽く叩いた。
「うんうん、めでたいめでたい!」
エマも明るく祝ってくれた。
「あ、ありがとうございます、でも……」
「でも?」
「あの時は思わず自分の望みだけ言ってしまって……キリアンさんとエマさんに助けてもらったおかげなのに……」
「なあんだ、そんなこと気にしない気にしない!」
「そうだよ、気にすることはないさ」
申し訳無さそうに言うリュアンにエマとキリアンは屈託なく言った。
大広間を出ると、カイルとレナート、ユリエンが待っていた。
「どうだった、リュアン?」
「褒賞はもらえましたか?」
「もしかして王女様のお婿さんになれる?」
と三人はリュアンを取り囲んで口々に聞いてきた。
「えっと、なんて言えばいいか……」
うまく答えられないでいるリュアンに、
「とりあえず、皆で昼食にでも行って、ゆっくり話さないか?」
とキリアンが助け舟を出してくれた。
「そうそう、リュアンが困っちゃってるからね」
とエマ。
そう言うエマにカイルが、
「あれ?どこかで会ったことありましたっけ?」
と、しげしげと彼女を見ながら言った。
「そうだった?私は覚えてないけど」
「うーーん、いつだったか社交界で……」
「そ、そうだったかな?」
やや戸惑い気味のエマ。
「カイルさんは美しい女性とみると見境なしですからね」
と冷やかすように言うレナート。
「いや、そうは言ってもこれほど綺麗な人はそうそういないと……」
「そんなことないよ、ははは……」
バツが悪そうに笑うエマ。
「彼女の見かけに騙されないように、カイルさん」
「え、どういうこと?」
キリアンの言葉にキョトンとするカイル。
「彼女は王立訓練所の闘士過程を二年で修了したとんでもない女性ですから」
「ええーー!?」
「あまりの強さに、実は中身は男なんじゃないかって言われてたり」
「あ、聞いたことあります。闘士課程にとんでもなく強い女子がいるって」
レナートが思い出したように言った。
「そういえばそんな噂も……」
「じゃあ、訓練所で見かけたんでしょう」
と記憶をたどって思い出そうとしているカイルにキリアンが妙に明るい声で言った。
「そう、かな……うん、そうかもな」
カイルも一応はそれで納得したようだった。
「おい、キリアン」
普段よりも数段階低い声でエマが呼んだ。目には何やら危険な光が宿っている。
「な、なんだい、エマ?」
「話がある。裏庭に来い」
「な、なんで裏庭?」
「リュアン、先に行っててくれ、すぐに追いつくから」
キリアンの襟首を引っ掴みながら、とってもいい笑顔でエマが言った。
「は、はい!」
(ここはエマさんの言う通りにしなきゃ!)
リュアンは心に強く刻み込んだ。
「い、いや、エマ、俺は君のことを……」
「うるさい」
裏庭に歩いていくエマとキリアンを見送ったリュアン達はお互いに顔を見合わせて頷きあった。
「エマさんには絶対に逆わないようにしような……!」
カイルが声を潜めて言うと、
「「「うんうん……!」」」
リュアン達三人もヒソヒソ叫びをしながらブンブンと首を縦に振った。
エデナの森では危険な目に遭ったカイル達はすっかり元の元気を取り戻しているようだった。
「あの時は状況がよく分からなかったんだよな」
四人で歩きながらカイルが言った。
「ですね。治ってから聞いて恐ろしくなりましたが」
「うんうん、気分が良かったぁってことしか覚えてないよね」
レナートとユリエンも同様らしい。
花畑に生えていた花を薬師が持ち帰り王立研究所で調べたところ、当初の見立て通り花粉に幻覚作用を起こす成分があることが分かった。
「ですが、今まで王国に自生しているのは確認されたことがない種類の花なんだそうです」
「え、そんなことが……?」
驚いてリュアンが聞き返した。
「王国よりもずっと東の方に咲く花らしいんだ」
そう言うカイルの顔も真剣だ。
「誰かが持ってきたのかな、なんて話してたんだーー」
と顔を青くしてユリエンが言った。
「東……というとガレアス帝国ですね……」
そう言いながらリュアンは昨夜のロック鳥の話を思い出していた。
(ロック鳥も東の乾燥地帯、ガレアス帝国に生息する鳥だって、エマさんもキリアンさんも言ってたよな……)
そんなことを考えていると、後ろから小走りに近づいてくる足音が聞こえてきた。
「お待たせぇーー!」
束ねた髪を揺らしながら満面の明るい笑顔でエマが駆けてきた。
(エマさん、綺麗でカッコいいなぁ……)
と、つい見惚れてしまうリュアンだったが、頭にさっきのキリアンの言葉が蘇ってきた。
『あまりの強さに、実は中身は……』
(ダメだダメだ、忘れろ、俺!)
リュアンはブンブンと頭を振って、心に浮かんだキリアンの言葉を全力で打ち消した。
「ん、どうした、リュアン?」
そんなリュアンを見てエマが不思議そうに彼の顔を覗き込んだ。
「い、いいいえ、な、なんでもありませんっ!」
リュアンの顔いっぱいに脂汗が浮かんでいる。
「ははぁーーん、さては……」
明るく美しいエマの目が細められ、なぜか彼女は両手の指をポキポキと鳴らし始めた。
「あ、あああの………!」
そんなエマを前にして、全身をガクブルさせてアワアワすることしかリュアンにはできなかった。
カイル達もリュアン同様震えながら、ジリジリと距離を取り始めた。
だが一瞬後、
「あはははは!」
と、大きく口を開けてエマが笑い出した。
「なんてな。心配するな、私があんなことをするのはキリアンにだけだから」
そう言いながらエマはリュアンの肩に腕を回して抱き寄せた。
その時、ふわりと花のような香りがした。
(いい匂い……)
恐怖で青ざめていたリュアンの顔がほんのり紅く染まった。
「さあ、行こうか」
エマが元気よく言った。
「あ、あの、キリアンさんは……」
リュアンが聞くと、
「ああ、やつは治癒術士に預けてきた。後で来るから心配ない」
と、エマはさらっと言った。
(なぜ治癒術士に!?)
という問いが喉まで出てきたが、リュアンは全神経を集中してその言葉を飲み込んだ。
そしてエマの言葉通り、王宮の門を出る頃にキリアンが何事もなかったかのように追い付いてきた。
「やあ、お待たせ」
(普通に元気だ……笑顔だし)
リュアンは顔中を不思議で一杯にして、同じような表情のカイル達三人と顔を見合わせた。
(でも……)
リュアンはそんなエマとキリアンを見て思った。
(なんか、羨ましいかも……)
それと同時にダナエの笑顔が思い浮かんできて、勝手にドギマギしてしまうのだった。
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