第11話 エデナ丘陵

(やっぱりこの辺は土地が肥えてるな)


 リュアンと、キリアン、エマは田園地帯を抜けてエデナ丘陵へと向かう街道を馬で進んでいる。


(うちの領地もこれくらい肥えてたらなぁ……)

 そんなふうにリュアンはぼんやりと考えながら馬に揺られていった。


「見えてきたよ、あれがエデナ丘陵だ」

 キリアンが街道の先の田園地帯が途切れる辺りを見ながら言った。

「と言っても俺も来るのは初めてなんだけどね」

 手にした地図を見ながらキリアンが言った。

「私もだよ。きれいなところだねえ」

「ですね……」


 エデナ丘陵は一帯に牧草が植えられているゆったりとした傾斜の丘だ。

 遠くには山の岩肌が見えているが、それほど高い山ではない。

 三人は岩山に向かって丘陵の牧草地帯を進んでいったが、羊が放牧されている様子は見られなかった。


「やっぱりドラゴンを警戒してるのかな」

「このままだと羊飼いの人達も困っちゃうね」

 キリアンとエマが丘陵を見回しながら話している。


 エデナ丘陵は王都からは馬でほぼ一日かかる距離だ。

 岩山が近くなるにつれて日も傾き始めた。

「岩山の手前で野営をしますか?」

 リュアンが聞くと、

「そうするか」

「そうしよう。そうしよう!お腹も減ったしね!」


 というわけで、岩山の手前の木立で野営をすることにした。

 森とは違って薪になりそうな小枝も見つからないので火を起こすのは諦めた。

「まあ、暖かいし月も出てるから」

 そう言ってキリアンはパンを齧った。

「魔法が使えたら火も起こせるんだよね?」

「起こせるとは思うけど燃料の薪がないとダメだろ?」

「あ、そうか」

 と言ってエマは干し肉を齧った。


「ドラゴンて夜行性だったりします?」

 リュアンが聞くと、

「夜空をドラゴンが飛ぶっていう昔話は読んだことあるけど」

「そうなの?」

「うん、火を吐いてうまやを燃やして、焼けた馬をむしゃむしゃと食べるって話だったな」

「げっ……」

 キリアンの話に顔をしかめるエマ。

「そんなのに来られたらどうしようもないですね」

 聞いてるうちに怖くなってリュアンが言った。

「その時は逃げるしかないな」

「スタコラサッサだ」

「はは……」


 その夜の見張りはエマ、キリアン、リュアンの順ですることとした。

「よし、私の時に来るなよーードラゴン」

 伸びをしながらエマが言うと、

「そういうことは口にすると……」

 と、リュアンが余計なことを言った。

「おいおい、リュアン」

「あ、ご、ごめんなさい!」

「あははは」


 ――――――――


『キァアアアアアア――――――――!』


(はっ……!)

 リュアンは耳に突き刺さるような、動物か何かの鳴き声のような甲高い音に起こされた。

「しっ……!」

 リュアンの直ぐ側にキリアンが跪いている。

「なに、あれ?」

 すぐ横で寝ていたエマも起き上がって声を潜めていった。


「分からない、分からないが……」

「ドラゴン……?」

 キリアンとエマが顔を見合わせる。

「どこから聞こえてくるんでしょう……?」

 リュアンが耳をすませながら言うと、

「はっきりとは言えないが、上の方、しかもかなりの高いところからじゃないかと思う」

「うん……そんな感じね」


 三人は話すのをやめて上空に目をやった。

 今夜はほとんど雲がなく、半月よりも少し大きくなった月の明かりが、丘陵を明るく照らしている。


『キァアアアアアア――――――――!』


 再び鳴き声のような鋭い音が聞こえてきた。

 リュアンは月を頂いた丘陵の岩山の方を見ていた。

「あっ……!」

 リュアンの見ていた岩山の向こう側から、黒い影がこちらに向かって飛んできた。


「あれか……!」

「ドラゴン……なの?」

 月を背にするように飛んでいるため黒い影しか見えないが、翼らしきものは見える。

「ドラゴンと言われれば、そう見えなくも……」

 と言ったリュアンだったが、もちろんドラゴンなど見たことはない。

 ただ物語で描かれている様子から想像してみただけだ。


「もう少し近づいてみよう」

 キリアンは立ち上がって丘陵に向かって歩き出した。手には短剣が握られている。

「私も行く」

「いや、エマは……」

「だ か ら」

 そう言ってキリアンの言葉を遮ると、エマは彼の頭をペシッと叩いた。

「いて……」

「あんたのことはちっさい頃から面倒見てるんだからね」

「でも……」

「でもじゃない。そもそも私のが強いだろうが」

「ぐうっ……」

 キリアンが完全にエマに凹まされてしまっている。


(キリアンさんもあんな顔するんだな)

 と、憧れの先輩の意外な一面を見て新鮮な気持ちになるリュアンだった。


 先に進むキリアンとエマの後ろからリュアンも丘陵の方へ進んだ。

 どうやら空飛ぶ黒い影は、岩山の上をぐるぐると円を描くようにして飛んでいるようだ。

 岩山に近くまで来ると黒い影がほぼ真上を通過していった。


「あいつ……すっごくでかくない?」

 エマが呆気にとられたように言った。

「でかいな……信じられない」

「でも……ドラゴンでは……」

 リュアンの想像の中のドラゴンは大きいトカゲに翼が生えている姿なのだが、今彼らの真上を飛んでいった黒い影はそれとは大きく違っていた。


「鳥、かな?」

「そうだね、私もそう思う」

 遠くから見た時は黒い影にしか見えなかったが、ほぼ真下から見るとその体が月の明かりで照らされて、爬虫類ではなく鳥類だと判別できるようになった。

「目撃情報ってあれを見たってことなのかな」

「そうかも知れないね」


 そうやってしばらく見ていると、巨大な鳥が地面に向かって急降下した。

 そして地面に激突しようかというところで反転して急上昇した。

 その足には何かをつかんでいる。

「あれは……」

「羊、じゃないね」

「犬……狐かな?」


 巨大鳥は鉤爪で獲物をガッチリと掴んだまま岩山の向こうへ飛んで行き、そのまま戻ってこなかった。

「行っちゃいましたね」

「そうだな」

「てことは、ドラゴンの正体はバカでかい鳥だったってこと?」 

 エマのもっともな疑問に皆黙ってしまった。

「羊は夜には外にいないし……」

「昼間だったらあれが鳥だってすぐに分かるだろうし……」

「「「うーーん……」」」


「とりあえずは、岩山の洞窟も調べたほうがいいかもですね」

「そうだな。そろそろ夜も明けるし」

「腹ごしらえをしたら見に行くか」

 そう言って三人は朝食の準備にとりかかった。


「あ、そういえば、キリアンさん?」

「なんだい?」

「鳥が飛んで行った岩山の向こう側って……」

「ああ、向こう側はガレアス帝国だ」

「かなり距離はあるけどね」


(ガレアス帝国、か……)

 もちろんリュアンは行ったことはない。

 彼にとっては知識も漠然としたものしかない未知の国だ。

「キリアンさん達は行ったことがありますか?」

「国境付近までなら行ったことはあるよ」

「右に同じ、て、そん時はキリアンと一緒だったっけな」


 アルビオン王国とガレアス帝国は長いこと緊張状態が続いている。

 ここ十年ほどは小康状態だが、国境付近でのいざこざは時折起こっている。


「あ、今思い出したんだけどさ」

 エマがパンを齧りながら言った。

「ガレアスにはさロックちょうって鳥がいなかったっけ?」

「ロック鳥?」

 リュアンがオウム返しに聞いた。

「ロック鳥……そういえばいたな」

「やたらデカくて獰猛な鳥じゃなかったっけ?」

「でも、ロック鳥は随分昔に絶滅したって読んだことあるぞ」

「じゃあ、生き残りがいたんだよ」

「ドラゴンよりは現実味がありますね」

 リュアンがエマに賛同した。

「確かに、そうだな」


「でもさ、我が王国では過去にロック鳥の生存は確認されてないんだよねぇ」

「ガレアスの乾燥地帯にしかいない希少種だからな」

「それって……」

「まあ、推測は色々とできるけど、それは王宮に帰ってからにしよう」


 朝食を終えると、リュアン達は夜が明けてからさほど経っていない丘陵を岩山に向かって馬を進めた。

 ドラゴンを警戒してか今日も丘陵には羊は放牧されていなかった。

 やがて牧草地も終わり、やや傾斜がきつい砂岩地帯を進んでいくと岩山の麓にたどり着いた。


「この辺に洞窟があるかどうか調べてみよう」

 キリアンの指示で彼とエマは左右に分かれて岩山を調べ始めた。

 リュアンは登っていけそうな緩やかな箇所を見つけて、

「俺はこの上を見てみます」

 と言って、馬を手近な岩に繋いで岩を登り始めた。

「気をつけるんだよ」

 下の方からキリアンの声が聞こえる。

「はい」

 そう答えた時にはリュアンは平らになった岩棚に立っていた。

 すると、下からは見えない位置に大きくはないが洞窟の入口らしきものを見つけた。


「キリアンさん!」

 下に向かってリュアンが声をかけた。

「見つけたかい?」

「狭い穴ですけど」

 そう言いながらリュアンは見つけた穴の場所に歩いていった。

「ここです」

 キリアンもリュアンの動きに合わせて移動した。


「なるほど、ここに洞窟……ていうか洞穴ほらあながあるな」

「そっちとつながってるのかもしれないな」

 エマも聞きつけてキリアンが見つけた洞穴を覗き込んでいる。

「リュアンの方は入れそう?」

「うーーん……厳しそうです」

「そう……こっちは入れそうだけど」

 エマがそう言っているうちにキリアンは穴に入ろうとしている。


「入ってみるか……うげっ……!」

 洞穴に入ろうとしたキリアンが気持ち悪そうな声を出した。

「どうしたの……ひぃーー!」

 キリアンの後から入ろうとしたエマも悲鳴をあげて後ずさった。

「くっさぁーーい!」

 エマは鼻をつまんで顔をしかめている。

「これは無理だな……入ったら吐きそうだ」

 キリアンも鼻をつまんで出てきた。


 岩棚から身を乗り出すようにして見ていたリュアンは、見つけた穴に顔を近づけてみた。

「ぐえっ!」

「ね、臭いでしょ!?」

「はい……」

 そんなことをやっていると、穴の奥から何かが動く音が聞こえてきた。


(ん……?)

 リュアンが穴に耳を近づけてみると、


 ズル……ズル……


 と重いものを引きずるような音が聞こえる。

「キリアンさん、何か聞こえ……」

 リュアンがそう言いかけた時、

「うわっ、何か来るぞ!」

 キリアンが穴の入り口から飛び下がって構えた。

「なになに!?」

 エマもキリアンの横に並んで身構えている。


「もしかして……」

 リュアンが岩棚の上から見ていると、キリアンとエマは少しずつ洞穴の入り口から後ずさっている。

 そして洞穴から何かが出てきた。

「ドラゴン……か?」

「かな……?」

 キリアンとエマは困惑気味だ。


 それはドラゴンだと言われればそうなのだろうと思えなくもなかった。

 だが、

「ドラゴンってより……」

「トカゲだよね……それも超でっかいやつ」

 というのがキリアンとエマの見立てだ。


『シュ――――――――』

 大トカゲは二股に分かれた舌をチョロチョロとさせている。

「ドラゴンじゃなさそうだけど、ヤバいことには変わりないな」

「羊を襲ったたのは多分こいつだね」

 キリアンとエマがそんな事を話していると、思いもよらぬ速さで大トカゲが襲いかかってきた。


 キリアンとエマは慌てた様子もなく、サッと素早く左右に跳んで大トカゲの突進を避けた。

 だが、岩棚から見ていたリュアンにはそれがキリアン達の危機に見えた。

(一か八か!)

 そう自分に発破をかけるとリュアンは、真下にいる大トカゲに向かって飛び降りた。


 グギャッ!


 リュアンは狙い通り大トカゲの背に乗っかるように飛び降りると、腰に差したナイフを抜いて大トカゲの首筋に突き立てた。


 キギィ――――!


 大トカゲは耳障りな鳴き声を上げながら背に乗って攻撃をしてくるリュアンを振り落とそうと、激しくもがいた。


「リュアン、こっち側に飛べ!」

 キリアンはそう言いながらポケットから何かを取り出した。

 必死に大トカゲにしがみついていたリュアンは言われたとおりに前方へ飛んだ。

 と同時にキリアンが手に持っていたものを大トカゲの顔面に投げつけた。

 それは大トカゲの顔に当たると破裂して、白い粉煙こなけむりを上げた。


 シュ――――!


 大トカゲは顔にかかった粉煙を払おうとするかのように激しく首を振りなから、元いた洞穴へと逃げていった。


「ふうーー……」

 注意深く洞穴を見ていたキリアンは、再び大トカゲが出てくる気配がなさそうなのを確認すると、大きくため息をついた。

「あんた、見かけによらず無茶するんだねぇ」

 エマが尻もちをついた姿勢のまま洞穴を見ているリュアンに言った。


「は、はい……」

 未だほうけた状態のままのリュアンは力なく答えた。

「とりあえずは、ここから離れよう」

 キリアンがリュアンに手を貸して立ち上がらせながら言った。

 こうしてリュアン達の【ドラゴン退治】の試練は【大トカゲ退治】と形を変えて落着した。


(ん、でも、これでもいいのかな?)

 と、いささか疑問はあるが、とりあえずダナエに報告できるだけの体裁は整って、ホッとするリュアンだった。

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