第9話 婿取りコンペの行方

「詳しくはこれから調べなくちゃいけないけど」

 花畑にいた者達を馬車に乗せて戻ってきたキリアンはリュアンとエマに今の状況を説明した。


 どうやら、あの花畑に咲いていた花の花粉には、人に幻覚作用を起こす成分があるらしい、というのが治癒術士と薬師の見立てのようだ。

 ダナエが考えていた【禁断の実】ではなかったが、夢見るような表情で幸せそうにしていたカイルの症状からすれば、当たらずとも遠からじといったところだろう。


 待っている間に別の馬車もやってきて、カイル達はその馬車で一足先に王都へ送られて行った。

 そして、リュアンはキリアンとエマと一緒に、カイル達が乗ってきた馬を連れて王都への帰途についた。


 馬に揺られながらも、リュアンはエマと話していたダナエの体調のことが気になって仕方ない。

(また王女様をがっかりさせちゃうな……そしたら王女様はもっと)

 帰る道すがら、リュアンはずっとどんよりした気持ちでそんな事を考えていた。


「元気がないな」

 気落ちした様子のリュアンを気遣うようにキリアンが言った。

「あ、はい……い、いえ」

 自分の世界に入り込んでしまっていたリュアンは混乱してしまっている。

「今回の試練もうまくいかなかったからかい?」

「……はい、というか……」

「というか?」

 キリアンに聞き返されたがリュアンはうまく言葉が出てこなかった。


「王女様のことが心配、なんだよな?」

 エマが優しい表情でリュアンを見て穏やかな声で言った。

「は、はい……」

 小さな声で答えるリュアン。

「王女様のことが心配?」

 と、キリアン。

「あ、そうだった」

 そう言うと、エマはさっきのリュアンとの話しをキリアンに話した。


「そういうことか」

 話を聞いたキリアンはもの思わしげな表情になった。

「マリエさんから何か聞いてる?」

「体調不良のことは聞いてないが……」

「何かあるのか?」

「ここ一年くらい、王女様が少し落ち着きがなくなってきたみたいだ、というのは聞いたことがある」

「落ち着きがか……だが元々が活発な方だからな」

「そうなんだ、だから年頃だからこその変化だろうというのが母さんが聞いている話らしい」


 そうこうしているうちにリュアン達は王都に着き、その足で早速王宮に出向き探索の結果を知らせるべく大広間に向かった。


「今回も大変だったようね」

 そう言うダナエは大広間の奥の一段高いところにある大きな椅子に座っている。

 今回の探索の結果はすでに先行した者達によってダナエに知らされているようだ。


 キリアンとエマは大広間の外で待機すると言って、中には入ってこなかった。

 なので今、ダナエの前にいるのはリュアンひとりだけだ。


(それにしても)

 と、リュアンは思う。

(前の時は立ってたのに今日は椅子に座って……やっぱり王女様は体の調子が……)

 リュアンは何よりもそのことが心配でたまらなかった。


「今回もコンペの試練としては不成功ということになるわね。でも行方不明だった者達を見つけてくれたことには感謝するわ」

 落ち着いた声でダナエが言う。

 その落ち着いた声がリュアンにはダナエの体調不良の証に思えてしまう。


「それじゃ次の試練に、と言いたいところだけど、残ったのはあなたはだけかしら?」 

 ダナエの言葉に答えようとして、リュアンは口ごもってしまった。

(カイル達は大丈夫なんだろうか……?)

「いえ、他にも……」

 とリュアンが言いかけたところ、

「他の三人はしばらくは安静にしたほうがいいらしいわ」

 侍従が耳打ちする言葉を聞いてダナエが言った。

「え……?」

「となればコンペを続けられるのはあなただけということになるけど、どうする?」

 ダナエは真っ直ぐにリュアンを見ている。


「あ、あの……」

「なに?」

「カイルさん達が回復するまで、その、コンペを待っていただくことはできますか?」

「こら、慎みなさい!」

 身を乗り出すようにして言うリュアンに侍従が注意したが、ダナエは手を挙げてそれを制した。

「いいえ、私はすぐにでも進めたいの」

 にべもなくそう言うダナエは、やや焦っていて、憔悴しているようにも見える。

「そ、それでは、今日一日だけでも待ってはいただけませんでしょうか?」

 リュアンはなおも食い下がった。

「カイルさん達と話がしたいんです」

 そんなリュアンの熱心さに、

「仕方ないわねぇ……」

 とダナエも根負けしたようだ。

「それじゃ、明日の朝に新しい試練を言うから、ここに来るように」

「はい、ありがとうございます」


 ―――――――


「すまない……リュアン」

 いつも力強いカイルの声が弱々しい。

「リュアン君……こんな状況なので私は……申し訳ない」

 レナートも言葉にいつものキレが感じられない。

「ごめんねーー……僕もダメみたい……」

 元気が取り柄のユリエンも二段階くらい小さくなった声で言った。


 大広間を辞したリュアンはカイル達が休んでいる部屋に向かい三人を見舞った。

 皆顔色はよくなってきているが、声にはまだ元気がなく、起き上がることも難しいようだ。

 皆、コンペに参加できなくなった事を悔しがっているというよりは、リュアンと共に試練に挑戦することができなくなったことを残念に思っている、といった様子だ。


「……リュアンはまだ出るんだろ?」

「それは……」

 カイルに聞かれてリュアンは言葉に詰まった。

 正直に言えばリュアンは最後まで諦めずに参加したいと思っている。

 だが、カイル達の今の状況を見ると、自分だけが先に進むことにリュアンは罪悪感を感じてしまうのだった。


「……私たちのことは……気にしないでください」

 レナートが弱々しい笑顔で言った。

「……そうだよー……気にしないでー……」

 ユリエンも精一杯元気を見せようとしてくれる。

「……俺達こそ手伝えなくて……すまないと思ってるんだ」

 カイルがリュアンの目をしっかりと見て言った。


「はい……ありがとうございます」

 胸にグッとくるものがあったリュアンだったが、なんとかこらえて皆に礼を言って部屋を出た。

 外に出るとキリアンとエマが待っていてくれた。

「君も今日は休んだほうがいい」

「そうだよ、しっかり休みな」

 とキリアンとエマは心配そうな顔でリュアンに言った。


「はい、そうします」

 力なく微笑んでリュアンは答えると、それを合図にしたかのように、どっと疲れが襲ってきた。

「明日は俺たちも一緒に来るから」

「できれば私たちも力を貸したいからね」

 そう言ってキリアンとエマは帰って行った。


 リュアンはコンペ期間中は衛兵用の単身宿舎の部屋で休ませてもらっている。

 割り当てられた部屋に戻るとリュアンは倒れ込むようにベットに身体を横たえた。


(王女様、やっぱ疲れてるみたいだったな……)

 真っ先にリュアンの頭に浮かぶのはダナエのことだ。

 彼女は疲れている上に焦っているようにも見えた。

(なんで焦ってるのかな、王女様……それとも俺の気のせいかな)

 ベッドに寝転がって、つらつらとそんな事を考えているうちに、リュアンは寝入ってしまった。


 そして次の朝。


「次の試練はドラゴン退治よ」


(ええっ!?)

 全く予想外のダナエの言葉にリュアンはキリアンとエマの顔を交互に見た。

 二人もダナエの言葉に驚いたようで、目を見開いて固まったようになっている。


 リュアンは改めてダナエを見た。

 彼女は疲労の色が濃い顔をしてはいたが、挑みかけるような笑顔を作ってリュアンをまっすぐに見ていた。


 うまくいく気なんてこれっぽっちもしないと、半ば諦めかけていたリュアンは、そんなダナエの笑顔を見て不思議と力が湧いてくるのを感じた。

(よし、やるだけやってやろう!)

 と、心に誓うリュアンだった。

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