第8話 王女様が心配

(人魚の時もそうだったけど、今度のは本当に危なかったな)


 カイル、レナート、ユリエンを見てリュアンは思った。

 三人は気付け薬で幻覚状態から元の意識に戻ったが、今は横になって休んでいる。

 カイル達は詳しい話を聞ける状態ではなかったので、彼らがなぜあのような状態になったのかは今のところは分からない。


(キリアンさんはあの甘い匂いが危険だと思ってたみたいだけど……)


 今回の探索も未達成ということになってしまいそうだ。

 そうなればダナエ王女は落胆してしまうだろう、とリュアンは早くも気持ちが沈んできた。

 コンペ開始の時のダナエは溌剌はつらつとしていた。

 それが、ラミアの試練の結果を報告した時は、やや元気をなくしているように見えた。

 探索が失敗したのだからそれも当然だろうとその時は思ったリュアンだった。

 だが今改めて考えてみると、コンペ開始の時のダナエの勢いからしたら、叱り飛ばされて当然だとも思えるのだ。


 そんなことを考えながらリュアンは、野営地にある岩に腰掛けて街道の先を眺めてキリアンを待った。

 しばらくすると、遠くから馬車が近づいてくるのが見えてきた。

(キリアンさんかな?)

 リュアンが期待しながら立ち上がって見ていると、馬車は野営地の前に止まった。

 馬車を御していたのはキリアンではなく若い女性だった。


「やあ、君がリュアンかい?」

 御者の女性が明るくよく通る声で聞いてきた。

「は、はい、自分がリュアンです」

 戸惑い気味にリュアンは答えた。

「そうか、よかった、すぐに会えて」

 女性はそう言うと、鮮やかな身のこなしで御者台から飛び降りてリュアンに近づいてきた。

「私はエマ、キリアンの仕事仲間だよ」

 そう言いながらエマと名乗った女性は笑顔で手を差し伸べて握手を求めてきた。

「は、はい、エマさん、よろしくお願いします」


 快活で美しいエマにドギマギしながらリュアンは手を差し出した。

 エマは躊躇なくサッと手を伸ばしてリュアンの手を握り、

「よろしくね」

 と言って、より一層笑みを広げた。

 エマは細身で背が高く、長く伸ばした明るい茶色の髪を後ろで束ねている。


「キリアンには馬車を手配してここに来てくれって言われただけなんだけど……」

 そう言いながらエマは、地面に敷いた毛布で寝ているカイル達三人を見た。

「どうやら大変なことがあったようだね」

「はい、森を少し行ったところに花畑があって……」

 と、リュアンは自分に分かる範囲のことをエマに話した。

「ふーん、まだ分からないことだらけってことか……」


 そこに、馬が駆けてくる音が聞こえてきた。

「お、来たな」

 そう言ってエマは街道に目をやった。

 五、六頭の馬が到着した。先頭の馬に乗っていたのはキリアンだった。

「すまないね、エマ」

 キリアンが馬上からエマに声をかけた。

「いいさ」

 笑顔で返すエマ。


「まずは、花畑にいる者達を助け出します」

 キリアンが引き連れてきた者達に言った。

「よし、それじゃ……」

 エマが馬車に乗り込もうとすると、

「エマはリュアンとここで待っていてくれ」

「私も行くって」

「いや、危険だ」

 キリアンは真剣な眼差しでエマを見た。

「はぁ……分かったよ」

 エマはため息をついてそう言うと、

「ええかっこしいなんだから……」

 と、ブツブツと呟きながらカイル達が休んでいるところへと歩いて行った。


 リュアンは、キリアン達が馬車と馬で森へ入っていくのを見送り、残った馬を近くの木に繋いだ。

 エマを見るとしゃがみ込んでカイルたちの様子を見ている。


(キリアンさんとは仕事仲間だって言ってたけど……)

 リュアンとしては、彼らがそれだけの仲なのだろうかと気になってしまう。

 リュアンが見たところでは、キリアンとエマは同い年か、もしかしたらエマのほうが年上のようにも見える。


(そういうことはあまり詮索しないほうがいいんだろうなぁ……)

 そんな事を考えながらリュアンはエマのところに歩いていった。

「この子たちは体力も消耗してたんだねぇ」

 リュアンが近づいていくとカイル達の顔を仔細に眺めながらエマが言った。

「はい、立ち上がるのにも苦労してました。半分寝ぼけたような様子だったし」

「なるほどねぇ」

 なおも観察しながら、

「まあ、私はそっちの専門じゃないけど、さっき来た中には治癒術師や薬師もいたからね、詳しく調べてくれるだろう」

「さっきの人達も仕事仲間なんですか?」

「知らないやつもいたけどね。治癒術士と薬師は私が王立訓練所に通ってた時の先輩さ」

「薬師の課程って初めて聞きました」

「いや、薬師の課程はないよ。治癒術師の課程で基本を学んでから王立研究所に入るんだ」

「そうなんですね!」


「随分と熱心なんだな」

 いつの間にか身を乗り出してエマの話を聞いているリュアンを面白そうに見ながらエマが言った。

「あ、す、すみません!」

 リュアンはすぐさま姿勢を正して謝った。

「いいさ」

 エマは穏やかな笑みを返してくれた。

「あ、あの……エマさんがどの課程に入ってたか聞いてもいいですか?」

 リュアンは恐る恐る聞いた。

「ああ。私は密偵と闘士の過程だよ」

「二つも!凄いですね!」

 リュアンは素直に驚いた。

「まあ、私以外にもいるからね、そういうのは」

 リュアンの手放しの称賛に、照れ隠しからかエマは謙遜して言った。


(ということは……)

 ふと思ってリュアンは聞いた。

「キリアンさんとはその時に知り合ったんですか?」

 そう言うリュアンは、自分でも気づかないうちにまたしても身を乗り出していた。

「見かけによらず積極的なんだねぇ、君は」

 と、またしてもエマは面白そうにリュアンを見ている。

「ご、ごごごごめんなさいっ!」

 リュアンは地面に頭がつくのではというくらいに頭を下げて謝った。


「あははは、いいさ。君のことはキリアンから聞いてるからさ」

 と、鷹揚おうように言うエマ。

「……はい」

(恥ずかしい……!)

 穴があったら入りたいとはこのことだろう。


「キリアンは私が密偵過程を二年で終えた後に密偵過程に入ってきたんだ」

「二年で!」

「ああ。でもって私が闘士過程を終える前にキリアンは一年半で密偵過程を終わらせたのさ、まあ化け物だな」

「いやいや、エマさんも十分化け物です!」

 リュアンは全身で称賛を表しながら熱く言った。

「うら若き乙女に向かって化け物はないだろ?」

 すかさずエマはジト目でリュアンを非難した。


(はっ………!)

 リュアンの全身から一切の血の気が引いた。

「も、ももも申し訳ありませんーーーーっ!」

 今度は自ら思いっきり地面に額を打ち付けて、リュアンは全身全霊の謝罪をした。


「あははは、面白いな君は」

「面目ありません……」

(ということはエマさんはキリアンさんの二つ歳上ってことに……)

 それにしては、さっきの二人やりとりは同年齢のそれと同じようにリュアンには思えた。


「キリアンと私はね、いわゆる幼馴染みってやつなのさ」

 リュアンの心を読んだかのようにエマが言った。

「私が物心ついたときには奴の子守をしてたよ」

「そうなんですね……なんだか羨ましいです」

 リュアンには幼馴染みと呼べるような女の子がいないので素直にそう思った。

「腐れ縁みたいなもんだけどね」

 心もち苦笑気味にエマが言った。


「そうすると、エマさんも王宮のことに詳しいんですか?」

「なんでそう思う?」

 そう言うエマの顔は少しいぶかしげで声もやや鋭かった。

「あ、いえ、俺、マリエさんから王宮のことをいろいろ教えてもらってるんで、キリアンさんの幼馴染みならエマさんも、かなと……」

 エマの表情と口調に気圧されたようにリュアンが言った。


「そういうことか……まあ、そこら辺の奴らよりは詳しいかもな」

 と、ややお茶を濁すような言い回しでエマが答えた。

「あの、俺、少し気になったことがあるんです」

「なんだい?」

「ダナエ王女のことなんですけど」

「……」

「王女様、コンペ開始の時はとても元気だったのに、この前の試練の報告の時には落胆されてしまったようで……」

「うむ……」

「俺たちが失敗してしまったので当然だとは思うのですが、その、何ていうか……」

「……?」

「王女様に失敗を怒られると覚悟してたのに、そうではなかったので……」

「なるほど……」

「はい、さっき待っている間にそんなことが頭に浮かんできて……」

「つまり、王女様のお元気がなくなってるんじゃないか、と君は思うんだな?」

「……はい」


 リュアンの話を聞いたエマは、腕組みをして少しの間考え込んでいた。

「私はそうそう王女様にはお目にかかれないから詳しいことは分からないが……」

「……」

「マリエさんなら何か情報を得ているかもしれないな」

 そう言うとエマはリュアンを見て、

「それにしても、リュアン」

「はい」

「君は見かけによらず、しっかりと見るところは見てるんだねぇ」

「えっ?」

「まあ、ダナエ王女の婿になろうとしてるんだから当然か、あははは!」

「い、いえ、そ、そんなことは……!」

 快活に笑うエマにリュアンはドギマギするしかなかった。



 ◇◇◇



 ここは王宮の一室、ダナエ王女の居室だ。

「ダナエ様、大丈夫ですか?」

 ベッドの上で起き上がったまま、しばらく動けなくなってしまっているダナエに、傍らのメイドが心配そうに声をかけながらダナエの肩を抱いている。

「ええ、大丈夫よルシーナ。少し疲れているだけ」

 青ざめた顔に笑みを見せてダナエが答えた。

「はい……」

 そう囁くように言うルシーナの顔にもダナエ同様、疲労の色が濃く表れていた。


 ルシーナはダナエの細い肩を優しく労るように、両腕でそっと包み込んだ。

 そして心の中で、心から慕う主人の名を呼んだ。


(ダナエ様……)

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