第6話 野営って冒険者パーティっぽいね

「いいわよ」

 少しの間考えた後でダナエは短くそう答えた。


 リュアン達は【禁断の実】の試練に、コンペ参加者以外の者の助力が許されるのかどうかを執事に尋ねた。

 そうしたところ、

「その者を連れて王宮に出向くように」

 と指示され、大広間でキリアンと共に直接王女に願い出ることとなった。

 そして今、ダナエ王女からもらった答えが「いいわよ」の一言だ。


「それで?」

 と、リュアンの隣で片膝をついて頭を垂れているキリアンを見た。

「名前は何ていうの?」

「キリアンと申します」

 視線を下げたままでキリアンが答えた。

「キリアン……?」

 彼の名を聞いたダナエの表情が僅かに変わったことにリュアンは気づいた。

(王女様はキリアンさんのことを知ってるのかな?)


 だがダナエはすぐに元の落ち着いた様子に戻り、

「それじゃ、せいぜい彼らを助けてあげてちょうだい、キリアン」

 そう言うと、大広間を辞していった。


「ふうーーちょっと緊張したな」

「ですね」

「よかったねーー」

 リュアン達も大広間を辞して廊下に出ると揃って歩きはじめた。

 皆の話を聞きながら、

(気づかなかったのかな……)

 そう思いながらリュアンはキリアンに、

「王女様と知り合いなんですか、キリアンさん?」

 と、聞いてみた。

「……いや、そんなことはないよ」

 ほんの少し間があってキリアンが答えた。


「そうですか……」

「そういえばキリアンの名に反応したようにも見えたな」

 カイルも気づいていたようだ。

「まあ、キリアンさんは天才で有名ですからね」

 レナートが言うと、

「あ、そう言えばそうだな」

 思い出したようにカイルが言った。


「いや、そんなことは……」

 キリアンは困ったような顔をしている。

「普通なら三年から五年かかる王立訓練所の課程を、キリアンさんは一年半で修了してしまったんですから」

 レナートがまるで我事わがことのように誇らしげに言った。

「ええーー!」

「すごいーー!」

 リュアンとユリエンが驚きの声を上げる。


「王女様が知っていても不思議はないってことだな」

 カイルもウンウンと頷いている。

 キリアンが王立訓練所の密偵課程で訓練をしていたというのはリュアンも聞いたことがあったたが、そこまで凄い人だとは知らなかった。


「噂では他の課程も受けてみてはと勧められたけど断ったと聞いてます」

 そう言いながらレナートはキリアンの顔を見た。

「まあ、家の仕事の手伝いとかもあったから」

 とキリアンは苦笑いした。


 リュアンにとってキリアンは憧れの存在だ。

 口には出さないが、リュアンも王立訓練所の密偵課程で学んでみたいという思いがある。

 だがそれは現実が許さないし、彼自身それは十分承知していることだ。

 とはいえ憧れる気持ちを無くすことはできなかった。


 リュアンがマリエの口入屋でもらう仕事は、積荷の上げ下ろしなどの単純な肉体労働がほとんどだった。

 たが、時たまキリアンの手伝いで彼と行動を共にすることがある。

 どういう仕事なのか詳しい内容は聞かされないが、建物の影に身を潜めキリアンが言う場所や時間、時には服の色等をメモしたり、細かい道順を記録して後で地図を作ったりという仕事だ。

(なんだか、いかにも密偵って感じでカッコいい)

 などと、冒険物語に憧れる子供のようなことをリュアンは考えるのだった。

 そんな彼にとって、探索にキリアンが同行してくれるのはとても頼もしく感じるとともに、いくばくかの誇らしさもあった。


「エデナの森までは馬でも半日以上はかかるね」

 というのがキリアンの見立てだった。

 なので王都を昼前に出発し、エデナの森の手前で野営して翌朝森の探索に、ということになった。


「なんだが僕たちって冒険者パーティみたいだよねーー」

 田園地帯を通る街道をエデナの森へと向かう道すがら、ユリエンが周囲の景色をのんびりと眺めながら楽しそうに言った。

「そうだな、ガキの頃に読んだ冒険物語みたいだ」

「私も好きでしたね、冒険物語」

 カイルとレナートもユリエンにつられて子供の頃を思い出しているようだ。


 リュアンも数少ない実家の蔵書の中にあった冒険物語を思い浮かべてみた。

 それは、魔竜に囚われた姫を勇者が救い出すという物語だった。

 魔竜は王国の姫を人質に人々を従わせようと企むが、勇者を中心にした冒険者パーティに倒され、姫も無事救出される。

 冒険者パーティという言葉にはそういう勇ましさに憧れる少年の心を沸き立たせるものがあるのだ。


(もし俺が冒険者パーティを組むなら……)

 リュアンは頭の中でパーティを組んでみた。

 すると、今彼が一緒に探索に向かっているカイルやキリアン達の先頭には、当然のようにダナエがいるのである。

 そしてリュアン達は凛として勇ましい姿のダナエの背を頼もしげに見ている。 


(あれ、なんで王女様が……?)

 と、どんどんと夢想が膨らんでいった頃、

「リュアン、ボーッとしてると馬が明後日の方向に行ってしまうよ」

 と殿しんがりを守っているキリアンに注意された。

「あ、ご、ごめんなさい!」

 リュアンは我に返って姿勢を正した。


(いけない、いけない!)

 リュアンは心の中で自分を叱咤した。だが、ダナエの勇ましい姿のイメージはぼんやりと頭に残っていて、

(あんな王女様を見てみたいな……)

 とも思うのだった。


 リュアン達は、日が暮れる頃にはエデナの森の入り口に着いた。

 森に入ってすぐのところに手頃な空き地があったのでそこで野営の準備をした。

「火を起こして簡単な料理をしてみようか?」 

 とのキリアンの提案で、囲炉裏用の石と枯れ枝を皆で集めた。

 キリアンは火打ち石で火口ほくちに着火し手際よく火を起こした。


「うわあーーキリアンさんすごいねーー」

 キリアンの手際にユリエンが目を輝かせる。

「これは覚えておかなければ!」

 とレナートも真剣に見ている。

 キリアンは彼らの称賛に笑顔で応えながら、囲炉裏に水を入れた鍋を載せ、ナイフで燻製肉とニンジンを刻んで入れていき、沸いてきた頃合いで岩塩をナイフで削って味をつけた。

「ナイフの使い方が鮮やかだなーー」

 剣士のカイルはキリアンのナイフさばきを熱心に見ている。


(やっぱり、カッコいいなーーキリアンさん!)

 と、益々キリアンに憧れてしまうリュアン。

 そんなキリアンに触発されたのか、リュアンは張り切ってパンを串に刺して囲炉裏の周りに刺していった。

 やがて、キリアンが作ってくれた燻製肉と人参のスープと温めたパンの、簡単ではあるが温かくて美味い夕食が出来上がった。


「野営で温かい食事って贅沢だな」

「本当に!」

「僕も覚えたいなーー料理」

 カイル達が口々に言うと、

「確か、王立訓練所でも希望をすれば野営の基礎は教えてもらえるよ」

「そうなんですか?」

 リュアンが興味津々といった様子で身を乗り出した。

「うん、俺もそれで覚えたんだ」

 と、キリアン。

「そういえばあったなぁ、そういう講座が」

「私も今思い出しました」

「ようし、僕も訓練所に入って野営料理を覚えるぞーー!」

「おいおい、それじゃ本末転倒じゃねえか」

 カイルがユリエンにツッコミをいれ、皆で大笑いした。


 こうして、しばらくは王立訓練所の話で盛り上がった後、

「そろそろ見張りを決めて休もうか」

 と、カイルが切り出した。

 見張りはリュアンとキリアンが先に、カイル、レナート、ユリエンが後ということに決めた。


 リュアンとキリアンは木の根元に座って、木々の間から見える星空を見上げた。

「キリアンさん」

「なんだい?」

「ありがとうございます、一緒に来てくれて」

「そんなにかしこまらなくてもいいよ、俺もこんな経験は初めてだから楽しいし」

「そうなんですか?」

 意外な答えにリュアンは素直に驚いた。彼から見ればキリアンは様々な経験を積んでいる頼りになる先輩だ。


「うん、俺の経験は王都の中がほとんどだからね」

(そうか……)

 リュアンが手伝ったのも王都内での仕事だったことを思い出した。

「だから今回の探索は俺にとっても貴重な経験だし、それに」

「それに?」

「冒険者パーティみたいで楽しいしね」

 そう言ってキリアンは歯を見せて笑った。

「俺も楽しいです」

 リュアンも笑い返した。


「と言っても、油断はできないよ」

 真剣な顔に戻してキリアンが言った。

「はい」

「何事も無く無事に終わってくれればいいんだけど……」

「……」

「なんてことを言ったらかえって不吉だね、ごめんよ」

 そう言ってキリアンは改めて笑顔を見せた。


(そうだ、何事もなく無事に……!)

 リュアンはキリアンの言葉を噛み締めて、強く心に願った。


 リュアンとキリアンは夜中過ぎにカイル達と見張りを交代し休んだ。


 そして明け方のこと、

「リュアン……!」

 囁くような、それでいて鋭いキリアンの声でリュアンは目覚めた。

「……はい」

 リュアンがゆっくりと起き上がるとキリアンはすぐ横にしゃがんでいた。

「すみません、寝坊しました」

「いや、違う」

 キリアンの言葉には切迫した響きがあった。

「皆がいないんだ」

「え?」

 一瞬彼が何を言っているのかリュアンには分からなかった。

「いない?」

「そうだ、三人ともいなくなってしまってる」

「そんな……!」


 リュアンの全身の血の気が一気に引いていった。

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