第5話 禁断の実

「そう」


 ダナエ王女はリュアン達の報告を聞くと素っ気なく答えた。

「私も見てみたいわ、ラミア」

 というダナエ王女の言葉に、

「王女様!」

「いけません!」

「危険すぎます!」

 と側近たちが慌てて諌めた。


 昨日リュアン達はダナエ王女に課された試練でアルビア湖の人魚を探していたところ、ラミアなどという魔物に遭遇する経験をした。

 ダナエ王女の試練は「人魚の鱗」を持ってくることだったが、とてもそんな事ができる状況ではなかった。

 ということで、王女から課された試練は達成できなかったと報告した結果が先ほどの「そう」というわけだ。


(全員失格になっちゃうのかな……)

 リュアンは不安になってきた。彼の目的はこの婿取りコンペで優秀な成績をあげて褒賞を得ることだ。

(ここで終わったら何も貰えないかもしれない)

 そう思うとリュアンは居てもたってもいられない気持ちだった。


「まあ、今回は仕方ないわね」

 ダナエ王女が小さくため息をついて言った。

「私が課した試練は達成できなかったけれど、人魚の正体がラミアだと突き止められたことは収穫よ」


(よかったぁーー!)

 ホッとして顔をほころばせるリュアンにカイルが肩を組みながら笑いかけた。レナートとユリエンも嬉しそうだ。


 ダンッ!


 儀典官が儀仗を床に打ち付けた。

 喜んで小突き合っていたリュアン達が姿勢を正す。


「それじゃ、次の試練をやってもらうわ」

 リュアン達が落ち着いたのを見てダナエ王女が言った。

「次の試練は【禁断の実】を見つけてくることよ」

(禁断の実?)

 リュアンはカイルとレナートを見た。

 ふたりとも困惑顔なところからすると、リュアンと同様ダナエ王女の試練の意味がよくわからないようだ。


「あの、よ、よろしいでしょうか?」

 恐る恐ると言った様子でレナートが手を挙げながら儀典官に許しをうた。

 儀典官がダナエ王女を見ると、王女は小さく頷いた。

「よろしい、何か質問かね?」

「はい、【禁断の実】とは教会の教えに書かれているもののことでしょうか?」

 レナートの質問に儀典官が王女を見ると、

「いいわ、私が説明しましょう」

 とレナートを真っ直ぐ見て王女が言った。


「ここ最近、エデナの森で行方不明になる人が出ているという報告があるのよ」


 エデナの森は王室直轄領の東にある森で、キノコや樹の実などの森の恵が豊富なところで、昔から付近の住民にとって貴重な収穫の場になっている。

 また、細いながらも森を抜ける街道もあることから旅人も通る森だ。

 これまでもエデナの森での行方不明者は皆無ではなかったものの、ここ十年以上そういう話は聞かれていない。

 ところが、ごく最近になって立て続けに行方不明者が出ているとのことだった。


「それでね、私は森に【禁断の実】があるんじゃないかと思うの」


【禁断の実】とは、教会の教えに書かれている逸話のひとつだ。

 神の住まう森にあるというその実を食べてしまうと、この上ない幸福感に満たされ、この世に戻って来る気がなくなってしまう、というものだ。

 ダナエ王女の考えでは、行方不明者はエダナの森で【禁断の実】を食べてしまい戻ってこれなくなったのだということだ。


「そういうわけだから次は【禁断の実】を見つけてきてちょうだい」



「今度は【禁断の実】かぁーー」

 カイルが両手を頭の後ろで組みながら言った。

 リュアン達は王宮の大広間を辞して四人で廊下を歩いている。

「実際にあるんですか。【禁断の実】って?」

 リュアンが聞くと、

「逸話の元となったものがあるのでは、という話は聞きますね」

 レナートが腕を組んで思案顔で言った。

「食べると幸せになれるのかな?」

 ラミアから受けた【誘惑】のダメージも癒え、ユリエンがいつもの明るさに戻って言った。


「そういえば、別の四人組は辞退したらしいですね」

「まあその気持ち、分からなくもないがな」

 レナートの言葉にカイルが答えた。

「そうなんだ?楽しいのにね」

 どうやらユリエンは昨夜のラミアとの遭遇の記憶は曖昧にしか残っていないようだ。


 辞退した四人組にしてみれば前回の探索はちょっとした冒険のつもりだったのだろう。

 リュアンにしても、

(鱗は無理でも人魚を見つけることができれば)

 と気楽に考えていた。

 それがラミアという、人に襲いかかる魔物に遭遇してしまったのだから辞退したくなる気持ちも分かるというものだ。


 とはいえリュアンは、

(思ってたより危険だったけど面白かったし)

 と、思うのだった。

 リュアン自身恐らく意識はしていないかもしれないが、仲間とスリリングな経験をするということの面白さを感じ始めているのかもしれない。


「それにしても、もう少し情報が欲しいよな」

 カイルがぼやき気味に言うと、

「あ……」

 リュアンが何か思いついたように声を出した。

「ん、なんだ?」

「もしかしたら、詳しいことを聞ける所があるかもと思って……」

「おおーーいいじゃねえか!」

「早速行きましょう」

「行こう行こうーー」


 ――――――――


「【禁断の実】ねえ……」

 マリエはデスクに肘をつきながらリュアン達の話を聞いている。

「でも、エデナの森の話は俺も聞いてるよ」

 デスクの横の椅子に座っているキリアンが言った。


 リュアン達は今マリエの店に来ている。

 ここは基本的には口入屋なのだが、それとは別に探偵仕事も請負っている。

 そのため自然と様々な情報が集まってくるのだと、リュアンはマリエやキリアンから聞いていた。


「もしかしたら魔物のたぐいの仕業でしょうか?」

 レナートが聞くと、

「どうかしらねぇ」

 そう言いながらマリエはキリアンを見た。

 キリアンは首を振った。

「今のところはそういう情報はありません、けど……」

「けど?何か気になることでもあるの?」

「気になるというか、今回は前回のよりも危険度が高いんじゃないかと思うんです」

 そう言ってリュアン達を見るキリアンは心配顔だ。


「なるほど……そうかも知れないわね」

 マリエも穏やかな表情を引き締めた。

「ラミアよりも危険なのですか?」

 カイルがマリエに聞いた。

 ラミアとの遭遇で、王立訓練所で身につけた技の一端を実戦で活かせたことで、彼も自身の剣の技量に多少なりとも自信が持てるようになってきたようだ。


「ここ最近の行方不明者増加の原因が【禁断の実】なのかは分かりません」

 と、キリアン。

【禁断の実】はあくまでも逸話の中で語られているもので、実在するかどうかは確認されていない。

 教会の教えに書かれている【禁断の実】の逸話の一般的な解釈は、死後の魂の安寧を比喩的に表現しているというものだ。


「分かりませんが、ダナエ王女がおっしゃられたように、【禁断の実】と似たような影響を人に及ぼす何かがエデナの森にある可能性は高いのではと思います」

「それはラミア以上の脅威になり得るということなのですか?」

 レナートがキリアンに聞いた。彼もカイルに協力してラミアを撃退しているのだ。


「魔物ならば危ないと思えば逃げることができますが、逃げることすらできない、という状況もあり得るということです」

「逃げることすらできない?」

 カイルの口調にはキリアンの言わんとするところが今ひとつ理解できない、という響きが感じられた。


 キリアン達のやり取りを静かに聞いていたリュアンは、ふと話を聞きながら思った。

(キリアンさんも一緒に来てくれないかなぁ)

 キリアンはマリエの仕事を手伝うかたわら王立訓練所の密偵課程の訓練を受けていたと聞いている。

 リュアンの母も若い頃に密偵課程で訓練を受けていたからか、自分は行けないと諦めてはいても、やはり興味があった。

(よし、聞いてみよう!)


「あの、キリアンさん……」

「なんだい、リュアン」

「キリアンさんも一緒に探索に行ってもらえないでしょうか?」

「え?」

 予想外のことだったようでキリアンは素直に驚いているようだ。

「あら、いいんじゃないかい?」

 マリエが曇っていた表情を明るくして言った。


「でもよ、俺たち以外の人に手助けしてもらってもいいのか?」

 カイルがレナートとユリエンを見ながら言った。

「そうですね……」

「うーーん」

「とりあえず王女様に、それか執事さんにでも聞いてみてはどうでしょう?」


(多分大丈夫だ、と思う)

 単なる勘だったが、ダナエ王女が四人以外の協力者も認めてくれるとリュアンは思っていた。

 リュアン自身上手く言葉にはできないのだが、第一の試練の報告をした時にふと思ったのが、ダナエ王女の望みは試練の達成とは別のところにあるのでは、ということだった。


(いつかダナエ王女と話しができればな……)

 そうすれば王女がどういう気持ちでいるのかを聞くことができるかもしれない。

 とはいえ、ダナエ王女と親しく話をするなどということはまず無理だろう、とリュアンはわきまえているつもりだった……つもりだったが、

(ダナエ王女と一緒に探索とかできたら楽しそうだよな)

 などと、ついリュアン達の先頭に立って勇ましく進むダナエ王女の姿を夢想したりしてしまうのだった。


「おい、リュアン、なにぼぉーっとしてるんだ?」

「あ、ご、ごめんなさい」

 カイルの声に夢想を破られたリュアンは慌てて謝った。

「では、王宮に行って確認してみましょう」

「うんうん、確認確認!」

 そう言いながらレナートとユリエンもリュアンの肩をぽんぽんと叩いた。


 そんな賑やかな四人組をマリエとキリアンは好ましそうに微笑みながら見ていた。

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