第6話 アンガーマネジメント訓練

 大会の日程も近づき、ついに選手登録を行う日となっていた。

 係長が打ち合わせで選手登録について説明した。

「正パイロットはDOKAN君です。サブメンバーは山内君と犬掛君で、記入欄が一人余ってしまいました。空欄で出すのもあれなんで・・・」

 紗良の喉でごくりと音がした。


「私の名前を書いて出しておきましたよ」


 DOKANがにんまりとした笑顔で話しかけた。

「へへへ。係長さんもホバーバイクやります?」

 係長は目もくれずに真顔で答えた。

「空欄だと不備があると思われるのが嫌だっただけです。私はやりませんよ」

 正パイロットが決まったことで、機体設計や装備品を見直しが行われた。また、さらにタイムを刻むため正パイロットの体格に合わせたスーツの発注が行われた。これは伸縮性の強い競泳用のような全身タイツのようなスーツで、空気抵抗をさらに減らし、タイムを刻むためのものであった。


 選手登録の説明が終わると、係長はその場にいるメンバーにお菓子を振る舞った。

 係長は、しばしばメンバーにお菓子を出すことがあった。なるべく若いメンバーコミュニケーションを取ろうとしていたのだ。今日も、お菓子を食べながらメンバーたちが談笑していた。係長はDOKANに話を振った。

「そういえば、DOKAN君はテニスをやるとか言ってましたね。構えが雲竜型だとか・・・」

「うふふ。雲竜型って何ですか?テニスですよ。それだとまるで相撲じゃないですか」

「こ、こいつ・・・」

 係長はネクタイを軽く締めなおした。

「まあ、これもアンガーマネジメントの訓練だと思って受け入れましょう」

「係長さん、質問があるんですけど・・・」

「なんだ?」

「アンガールズって何スカ?」

 係長は思った。「何スカ」じゃないだろ。アンガールズなんて単語は、アンガールズ知らなかったら出てこないだろ。絶対、アンガールズ知ってるだろ。


 その日の朝、紗良は荒川の土手の上で信号待ちをしていた。土手の下の方ではアクロバット用の自転車にまたがった若者たちが、次々とジャンプ台をジャンプし、空中でハンドルをくるくる回したり、勢いをつけて自転車ごと宙返りをしたりしていた。宙返りはバックフリップと呼ばれる大技である。紗良はその光景をぼっーと眺めていた。

 紗良が気づくと歩行者用信号の青表示が点滅していた。

「あ、しまった。青表示に気づかなかった。まあ、いいや、次に渡ろう。」

 その時、自転車おじさんが現れた。

「やあおはよう。ホバーバイクレースに出るのかい?」

「何で知ってるんですか?」

「この間、河川敷で練習してたじゃない」

 そうか、この人はいつも荒川河川敷で自転車を漕いでいるのだから見られていたのか。

「でも私はサポートなんです」

「そうなんだ。でも、みんなでワイワイやってて楽しそうだったね。君もホバーバイクに乗ってみたらどうだい?」

「そうですね。機会があれば、やってみたいですね」。

 機会があればとは言ったものの、もう選手登録は終わってしまったのだが。


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