第6話 窃盗犯の夜、それから

その日も僕はゆっくりと目覚めた。いつものように支度をして家を出ると、自転車を漕いで学校へ向かった。テニスコートの側から登校したので、途中グラウンドで体育の授業中のクラスメートたちを見つけた。あちらからも数人、僕に気づいたようだったけど、誰もわかりやすく反応してみせはしなかった。僕はそのまま教室に向かった。中身は空っぽだろうと思っていた、僕にはその方が好都合だったのだけど、そこには蓮見がいた、蓮見は窓辺の、自分のではない席に座って、机の上に足を置きながら、スマホゲームをしていた。僕に気がつくと、いつものように、にっと笑って、びっくりした、と言って携帯をポケットに入れた。


「葉子くんは嫌いでしょ?」


「嫌い? なにが?」


「こういうの、ゲーム」


「さあね。嫌いじゃないよ、自分じゃやらないってだけで、やっててよ」


「じゃあ」


蓮見は携帯を取り出すと、さっきと同じ体勢になったかと思いきや、


「あー、もう死んでるよ、最悪!」


そう悪態をついて天井を仰いだ。


「下手くそ」


僕が笑いながら言うと、


「いいや、僕は上手いよ。見る?」


「さあね」


そう言いながらも僕が蓮見の方に近づくので、蓮見は少し身構えながらも体を僕の方に開くのだけど、僕が見ようと思ったのは蓮見のプレイする画面などではなく、二階窓から見えるクラスメートたちの姿だったのだ。


「マラソン? だからサボったの?」


「そうそ。葉子君は?」


「おれは、寝坊」


あはは、と蓮見はどうでもよさそうに笑った。


「でも来たんだ。なにか用事があった?」


「さあね、別に。なあ、誰が誰だか見える? お前って目がよかったっけ?」


「僕? いい方だよ、こう見えて」


「ふーん、ああ、いたいた! あはは、やっぱり変な走り方だ」


「誰?」


「綾瀬さん」


「癖毛の?」


「まあ」


「好きなの?」


「さあね」


蓮見は勢いよく起き上がると、僕の隣に並んだ、そしてつまみ上げるように名前を呼んでいった。


「あれがひよりちゃん、美見ちゃん、琴音ちゃん、番野さん……」


「他には?」


「綾瀬さん、霰、堀内さん、中窪さん……」


「よし、じゃあ、もう一度最初からやってよ、ちょっとまってね、ほら、いいよ」


そして僕は教室の中心まで進むと、蓮見の方に振り返った。


「どういうこと?」


「名前をいいなよ、ああ、でも、覚えてるかな」


「じゃあ、ひよりちゃん」


僕は、ひよりの席を探す。幸いにもそれはよく知っている席だった、僕はひよりの鞄の中から財布を取り出すと、お札だけ抜き取って元の場所に戻した。蓮見は珍しく驚いたような表情で、僕の顔をじっと見つめる。


「次は?」


「美見ちゃん」


僕は美見の席を、上手く思い出せなかった。


「美見は? ちゃんと走ってるの?」


「美見ちゃんは、今は休憩組」


「ああそう」


ようやく見つけた、その鞄には美見の好きなキャラクターのストラップがついていたから。そしてさっきと同じことをした。


「どういうつもり?」


蓮見は語気強く言った。


「なんのつもりでもないよ」


「どうするの、それは」


「おれが使う」


蓮見はなにか考えるように沈黙してから、ようやく口を開いたかと思うと、


「綾瀬さん」


そう言ったのだ、自分が座っていたのがその綾瀬の席だったとも知らずに。僕は一直線にそこへ向かうと、蓮見の目の前でさっきのを繰り返した。


「次は?」


しかし蓮見はもう口をききそうになかった。仕方なく僕は、記憶をたどり、まずは琴音さんの席を、それから番野さんの席を探したのだけど、疲れたので、まずは久保のを、それからは手当たり次第に……していると、蓮見はとうとう口を開いた。


「葉子君、なにを考えてるの?」


「おれが? なにを? さあね、少なくともお前のことなんか少しも考えてない!」


「それをどうする気? 盗むの」


「盗む! もちろん!」


「声が大きいよ」


「お前が心配することじゃないよ」


「僕も、だ。疑われるのは僕らだ」


「それで怒ってるの?」


「違う!」


「ああそ」


「ねぇ葉子君、それは、僕のも?」


「お前の? お前の、席だっけ? 残ったのは? それじゃあ」


僕はその席に歩いていく、鞄からすぐに財布を見つけ出した。内臓を摘出するように摘まみ上げる、それはフェイクレザーの長財布で、中にはなんと三万円も入っていた。


「ああ、ありがとう蓮見、これだけあれば」


「あれば?」


「なにができるだろう?」


すると蓮見は表情もなく笑った。


「なにか事情があったんだね?」


「なにも?」


「じゃあどうして?」


「さっきからお前はそれだけだよ、そんだけの脳みそがあるくせに」


「返してくれるの?」


「返す? いつ? どんな形で? まさか!」


「どうして盗ったの?」


「盗らない理由を忘れたから!」


「それじゃ動物だ」


「それよりももっとだよ!」


「なにをする気?」


「起こるであろうことのすべて!」


「だったら、お金を戻せ!」


びっくりして、僕は蓮見の顔をまじまじと見つめた。見るているうちに、蓮見の表情の妙な真面目さのことも、なんだかよくわからなくなってしまった。それがどのように真面目なものなのか、蓮見はコアラに似ているなあ、でもコアラの方を思い出そうとすればするほど、差が出て来るレースみたいに、二人はまるで似ていないや!


「ああ、お前がそんなことを言うなんてね」


「どうして僕の前でそれをしたんだ」


「お前がいたからだよ、おれはなにもお前をバカにしたくてこんなことをしたんじゃないよ」


「葉子君、僕は僕のために言うんじゃないんだ、いいからお金を返せ、返さない理由があるなら、それを言ってくれ」


「理由? それがないからと言って、あんたはおれにそれを返させようとする! ばかげてるよ、クラクラするくらいには、おれには理由なんてない、あのね、蓮見、砂漠に花は咲かないでしょ? 二人の間には、ムードってものがあるでしょ? おれ個人にしたっておれにはおれのテンションがあるでしょ? おれは盗りたくて盗ったんだよ!」


 *


蓮見は返事をしなかった。僕はさよならと言った。そして、その足で理玖のところ向かうことにしたのだ。いいや、今朝起きたときから、僕はそれを決めていた。僕は原稿に封をして、久保に渡してやろう、と。しかし、渡せなかった今となっては、僕は、それを最初に見つけたポストに投函した。ああ、住所を書いたっけ? 金は、いくら払えばいいんだろう。でもまあいい、言葉は不滅だ! ああ、今度は僕は金を持っていた。理玖のところへ? 理玖? 僕はなにをしにそこに行くんだっけ? そしてそれはいったいなんの金だったんだ? 僕はなんのためにそれをしたんだっただろう? ああ、僕の愚かしさが僕の尾を引く、それは影のように僕に付きまとう、言葉にいつも落とされた意味の影、それのように僕もまた理由の影におびえている。そして今は、夜だった、夜は陰の世界だ、夜には無数の太陽が存在していた。意味は、至るところに浮かび上がってくる。ああ、すごく寒い。僕はタクシーを捕まえた。僕はこの夜、理玖がどこにいるのかを知っていた。あの店へお願いしますよ。着いた頃には、多分夜はもっと深いだろう。ああ、理玖たちは飲んでいるだろう、二、三日後には、僕の手紙も届くことだろう。僕の詩! それは届くか届かないかだろう、消えるか消え去らないかだろう、読まれるか読まれないかだろう、新しいか新しいくないかだろう、いつか! ああだけど、僕はこの僕のことでさえ、いったいそれがなんなのかわからない、僕はどこにいるのか、僕はどのような場所に行こうとしているのか、僕はそこに行けるというか、僕がそこに行けるということはどういうことなのか、僕はどのようにあるというのか、そしてその僕というのがなんのことなのか、まるでわからなかった。



この夜はついに僕のために花開いた純粋精神のおとぎ話なのだろうか? それとも僕のこの精神こそが、夜のほんの気まぐれに過ぎない心地よさと、地に本来的に渦巻いた吐き気との奇跡的な隙間に入り込んで見せられた眩惑なのではないか? 僕は綱渡り芸人のように風に吹かれて、右往左往と手探りする……


 *


 ヘンリー・ミラーの言っていたことを思い出す、僕一人のための清書人が必要だというようなこと、生きていることと書くことを限りなく一致させるためには、確かに筆を持つ手が邪魔だ、僕にはそのうちこの口でさえも間に合わなくなってしまうかもしれない、それは速さということではなく、もっと形の問題なのだ、脳に直接ペンをさせたら? スピーカーを当てられたら? 少しの延命にはなる、でもそれではやっぱり、言うということはどう考えても邪魔な姿で生にぶら下がっている。僕はしかし、まだ少しだけ言いたいのだ、僕は何度も、これで終わりだと言葉を結びそうになったけど、それでもまた時間が経つと、僕はそれを言いたくてたまらなくなる、試してみたくて、居ても立っても居られない。ああ、僕はまだ生きることが好きだということか? 僕はまだ人間的であることを愛しているのか? 僕は僕のことがそんなに大切だというのか? どうして風のような無意味になってしまわない? どうして旅の最中にも、これだけは手放せなかったのか? ああ、一冊のノート、書くことは、生きることに違いない、僕はどんなところででも書くだろう、生きている限り、ああ……


 *


 しかし、聞いてくれ。ああ、君は誰? 僕の言葉はまるで抜き抜けるだろうか? 君はもう前の言葉を思い出せないだろうか? ああ、僕がそれを片っ端から忘れるように、君もそうでは困るのだ、読む方には読む方の作法があるのだから、僕のを書くように読まれるのでは困るんだ、いいや、君が天才ならば、それでいいや、存分に僕を書きなさい、自由に! ただし君がひとりの誠実な読者に過ぎないのならば、君は僕を通り過ぎてはいけない、君は僕を、隅々まで、なんていうか、思い込まなくてはならない、それが絶対にそうなんだと、僕の言葉に、騙されてみないといけない、僕をその心の席に招き入れないといけないのだ、どうして一冊の書物から安全に帰れるなどと思ったのか? 次のページが物理的に君も刺すことになっても、それを捲れるようでなければならない、もしもその読書の最中に、その最中こそが君の首を吊らすのだとしても、それでもなおそれでよかったと思えるように、読まなければならない、ああ、小説は読まれなければいけない、それは信じてもらわないといけない、どうしてか? この期に及んで、僕のこの孤独嫌いは。ああ、僕が僕ひとりじゃ不満足だとでも? 満足に立てもしないと? 星がなけりゃ時の空間の迷子になるとお言いで? ふん、違うよ、僕は書くのだ、どこにいようと、いつであろうとも、ただ僕は僕の文を喜ばせてあげたいのだ、僕の第一欲求がそうでないからといって、どうして僕が隅々までそれを欲求しないなどと言えるだろうか? 僕は真剣にそれを欲望してもいるのさ、ああ、些細なことであろうとも、僕にはその些細さまでも真剣なのだ、僕は本気で、この文章に自他の絶対的な一致を、他者に満たされた欲望の器の快楽を、味合わせてやりたい。いいや、僕の求めているのは交流か? 風と風の。僕があんたらを受け入れているように、僕もまた受け入れられたいというのか?


 *


 僕は四次元的な精神をある旅の過程で手に入れてしまったので、それ以来、三次元的な共感からは弾き出されてしまったのだけど、それでも僕の方からはいつでも降りるだけでみんなとリアリティを交換し合えるのだと気づいたのは、僕がもっと大人になってからだった。とはいえ、僕は今でも孤独なのだ、僕の本当に満ち足りた世界には、この僕しかいないのだ。ああ、誰かこの世界の、四次元空間を覗きこもうとするものがありや? もし君がそれを見たいというのなら、君はそれが、絶対にあるとまずは信じ込むべきだ、それがある、そして君は騙されることでそれに入信できる、ああ、君を騙すものに幸あれ、君を騙せるものに、君を連れ出すものに、君のリアリティを打ち砕くものに! 僕と一緒に行こうよ! 


 *


 ああ、僕は寂しい、その夜も、そうだった、いったいどの夜だ? 無数の夜が、ひとつの夜の中にも、いったい、いくつの夜があるだろうか、そしてこの中のひとつの夜の中にさえ、どれほど夜は見え方を心得ているのか? その夜は、僕はとっても寂しかった。無言が僕の体の中を、祝福するように戯れているのを感じていながら、僕は僕のそばに誰もいないのだ、そして今この瞬間にそうだということは、永遠にそうなのだと考えたそのとき、その考えを飲み込むか、噛みちぎるか、ふたつのひとつに迫られ、僕はやっぱり、それにうんと答える方を選んだのだった。ああ、いつから僕はいいえと言うことを忘れてしまったんだろう、僕にはすべてがよかった、すべてがどうでもいいということなどではなくて、すべてが、そうあるのならそうなるのがいいと思えた、ああ、僕はどんなに怖いことでも肯定できてしまっただろう、生まれてただ死ぬだけだった赤子たちにも、おめでとうと言えてしまった、ある観点、つまり君たちのリアリティから僕が僕を見たとき、そんなに薄情なことはないと思える、僕は自分を化け物と思えて仕方ない、ああ、しかし僕はやっぱりそれを言えてしまう、僕は寂しい、僕にはすべてがよしなのだ、ああ、よし、それじゃあ、それを続けなさい。


 *


その夜は冷たい風が吹いていて、もう一歩踏み出せば僕は受け入れられるのか拒絶されるのかわからない、曖昧に震えている手の指に軽く触れ、やさしく花弁を押し広げてあげるようにその指から腕を少しずつ開けていくときの、生と死の不安定な気持ちに似た焦燥を僕に抱かせるような季節の一夜だった……



 僕はその夜、ひとりだった。学校を抜け出してきたのだ、ああ、手元にはいくらかの金があった。なんでもない金だ、飲めば一夜にしてなくなってしまう金だ、誰の思いやりのこもった金か? これは元はといえばお小遣いだっただろうか? それともバイトで稼いだのか? まさかお手伝いをして? 温もりを持った手と手に渡されてきたのか? それが今夜、僕の手の中に! ああ、嬉しいなんてことはなかった、僕は金がほしくてそんなことをしたのではなかった。ただし、君たちに弁解をしたいわけでもないのだ、僕は、僕をどう見てもらおうと結構、僕らはお互いに離れ過ぎてしまったので、僕はみんなのことを愛する以外にはできない。ああ、ありがとう、僕にお金を盗まれてくれて、ふん、あんたたちが言うのなら、いいよ、謝るよ、ごめんなさい、僕が本当に心からこれを言えるのだということを、どうか信じてね。信じろと言っている人の言葉を信じることだ、これは良心の問題であるばかりか、真理の問題なのだ、僕にはこういうしかできない。ああ、お金はどんどん擦り減ってしまう。第一、僕はタクシーを利用したのだし、これから体を温めに、酒でも飲もうかと考えていたところだった。寒いのは、やっぱりだめだった。僕は寒さに取り巻かれているとどうしても真理とか完全性とかいうことを考えてしまって、今ある、ということが固定されるこんな寒さの中では、僕の生きることはすぐに完成に向かおうとしてしまうのだ、僕はこのまま地面にうずくまって死ぬのを待ったっていい、心残りはないのだ、ああ、寒さというのは、僕の体の中、という観念をいよいよ強くする、いよいよ僕ははっきりと自分を持つ、外を見ても、物みながじっと固く自らの輪郭を保持して譲らないようなのだ、世界は、たった今完全性を保っている、世界は一度完璧に名付け終えられた! ああ、寒いなあ、こんなことを考えるよりも、温まりたい気分なのだ、お酒でも飲もうかなあ、理玖は、今夜もあの店にいるのかしら?


 *


 相変わらず外には明かりのひとつも漏れ出ないお店だ、耳をすませると、少しだけその喧騒を聞くことができた、しかしそれは森がざわめいているようなそれであり、言葉は波のように盛り上がってはすぐ無意味の海に墜落する、僕は、軋む木のドアをゆっくりと押し開けた、すると暖かい空気と声とにふわっと包まれて、僕の体は騒ぎの中に溶けてしまうのだった、僕は、恵美がいたカウンターの一番奥のところへ、目の前には今日もやっぱり道夫がいて、道夫はそこから店の中央の天井に吊るされたモニターの映し出す、音楽番組? 一昔前に流行った音楽のミュージックビデオを再生し続けるそれに見入っていたのだ、僕に気がつくと、思い出の引き出しを開ける一瞬の不在のあとで、ああ、とこの地の上に生まれ落ちた道夫は、理玖なら最近来てないよ、と教えてくれた。


「なにかあったの?」


「いや、飲む金がないんだって」


「金ならおれが持ってるよ」


「呼んでみようか」


「いいの? ありがとう」


道夫は理玖に電話をかけてくれた。


「そう、葉子が、うん、お前も来いって、金の心配はいらないよ、うん、なあ、恵美さんも連れて来いよ、お願いだよ、うん、わかってるよ……」


電話を置くと、道夫はまたモニターに見入った、僕もカウンターから振り返って、店の中を見渡すと、そこにはやっぱり名の知らない若者たちがいた、普通の幸せを生きていそうな男女のカップルや、青い坊主の女の子、タトゥーを掘った腕を剥き出してしてる三十代くらいの体の大きな男、向こうではダーツゲームをやっている、ワンプレーにつき三百円で、その金をかけて勝負しているらしい、大学生くらいの男が二人と、その側のテーブルに二人の仲間、背の高い男が放ると、眼鏡をかけた勝負相手の男が、おー、と歓声をあげるのだ、上手いですねぇ、そして背の高い男はダーツを三本まとめて眼鏡の男に渡してやると、眼鏡の男はホイホイと間も開けずに三本、野球投げの要領で投げてしまう、一本だけかろうじて当たったのが、無様にも的の端から吊り下がっている、次のプレイで、長髪の男は数字をゼロにピッタリと合わせた、眼鏡の男が悔しそうに仲間のテーブルに近寄ると、長髪の目の大きな男が、手のひらの上に置いていた顔をくいっと持ち上げてにっこりと笑いながら、下手くそ、と言った。道夫が、僕の肩をちょいちょいと叩いた。振り返ると道夫は、なに飲む? とぶっきらぼうに訊ねた。


「う~ん、なにがあるの、言っとくけど、おれは全然詳しくないよ」


「お前、未成年?」


「だとしたら?」


「さあな。言うなよ? 誰にも」


「誰が聞いてるって言うのさ!」


「よし、じゃあひとつずつ覚えろよ? 端っこから出してやる」


「じゃあ、右端をお願いね」


 *


 しばらくすると、理玖と恵美はやってきた。僕はもうかなり酔っ払っていて、見かねた理玖は僕の口の中にタバコを突っ込んだ。


「吸えば少し楽になるよ」


僕は言われた通りに、ゆっくりとそれを吸った。理玖は遠くから静かに笑いかけるように、まるで無菌状態に閉じ込められてしまったんだというようにどこか寂しげに、にっこりと、目を細くした。


「どうしたの? 理玖、やっぱりなにかあった?」


理玖はすると、はっと喉を鳴らせて笑い、すぐにいつもの調子に戻った。


「金がなくなっちゃったんだよ、ついこの前までたくさん持ってたのに、葉子が遅かったから」


「なくなったの? 言ってた金?」


「ああ、本をやるための金だよ」


「それがなくなったの?」


僕が問い詰めるので、恵美は横からふふっとしょうがないなあと言うように笑い、理玖の肩を叩いてやった。すると理玖は、


「ああ、なくなったよ、ただし、もう預けちゃったんだ、もう編集の手に渡ってるよ、これで、肝心のブツさえあれば、世に出せる!」


なんだと笑っていると、理玖は急に甘い口調になって、


「それで、葉子、書けたものは? まだならまだで、いいんだけど、長かったね、なにしてたの?」


「書けたもの? そりゃあ、あっただろうけど、そのうちに多分、こっちに届くよ、久保に、じゃないや、おれはポストに入れたんだから、確か、そうだったはず、おれは、なにしてた? おれはなにしてたんだっけ? 旅だ、それは、あるいはなにか?」


道夫が僕の頭上から、


「だめだ、こいつは酔ってるよ、もう何杯も飲んだんだから」


すると恵美が嗜めるように、


「何杯も?」


「いや、でも、カクテルですよ、弱いカクテル、こいつとゲームしてたんです」


「どんな?」


「端から飲むっていう……」


「それがゲーム?」


道夫は僕に何か言えというように見てくるので、


「道夫はおれに酒を教えてくれてたんだよ」


「なにがわかった?」


理玖がそう訊ねると、


「う〜ん、結局味なんかはどうでもいいってこと」


「わかってるじゃん」


理玖は乗り気でそう言ってから、道夫に、


「おい、一番美味いのを出してみろよ、おれと、恵美に」


道夫は上目遣いで二人を伺いみると、はいと言って背中を向けた。チラッと振り返ってモニターを確認すると、それに合わせて鼻歌を始めながら酒棚を漁った。


「葉子、それにしても遅かったな、なにか思い残すことがあった?」


「思い残し……そんなものはなかったけど、あのね、戸惑いなら、迷いなら、おれには夢と現実の区別がつかなくなってしまってさ、現実に定着したリアリティがどれなのか選ぶことができなくて、どれも幻のようにキラキラしてた、でも、意識ひとつで簡単に移り変わった、見え方がね、あれ? おれは酔ってるのかな?」


「いいや、酔ってなんかいないよ、お前の言い方を借りれば、お前はまたひとつ別のリアリティに迷い混んでるわけだ、それを見ているということは、それはあるということなんだ」


「ああ、やけに饒舌になりそうだ、おれもあんたもね、誰か紙を、それかレコーダーでも……」


理玖はここにあるぜとノートを取り出す、ペンは道夫に借りた。


 *


僕は書く。僕たちは夜明けが来るまで飲んだ、店には僕らと道夫だけが残っていた、僕らは閉店作業を一緒にやった、普段なら店を開ける時間だったけれど、仕方なく今日は夜まで休みだと張り紙をしておくことにした。外に出ると、最初に恵美が伸びをした。伸びやかに、太陽に向けて蔦を伸ばす植物のように。それを見て僕たちは笑い、すると恵美はえっと言うように振り返ったのだ、理玖が、恵美だけ体力が有り余ってる、と言うと、恵美はその通りだというように、海に行かない? と言った、それが冗談だったのか、本気だったか、わからないけれど、僕らもそのどちらともつかない、曖昧さで、じゃあ、行こうか、と言うと、すぐに二車線の道路をピョンと横切って海に降りて行ってしまう恵美のあとを、急いで追いかけた。今朝は、光が停滞していて、まるで変化というものは状態の移行に過ぎないのではないか、もしかしたらこの光はずっと昔からここにあった光で、それは揺れることで音を奏でるようにこの世の見せかけの姿を変えるのではないか、そう思えるほどだった。海は、ずっと遠くまで広がっていた、朝日が海の面をキラキラと輝かせていて、一面が真っ青な海には、波の裏にも、影ひとつなかった、海は光を蓄える、反射のない、映し出すこともない鏡のようだった。僕らは波打ち際を歩いた。恵美が先頭、続いて道夫が、そして僕と理玖は話しながら歩いた。


「道夫は恵美が好きなんだよ」


「そう? そうだろうね、かわいい奴」


「なんでも言うことを聞きたがるよ」


「でも恵美は言わないでしょ?」


「ああ、その人としたいこと以外はね、やってもらうなんてこと、恵美には考えもつかないんじゃないかなあ、一緒にやるんでないと、それをやらせるなんてこと、楽しくないじゃないという風に、太陽の子供だ! 海がこんなに明るいなんて!」


理玖が叫んだので、恵美は遠くから振り返って、なんてー? と大きな声で言った、恵美が大声を出すのを僕は初めて聞いた、それは恵美独特の低くて震えの少ない声、だけど小さくざらついていて、その上抜けがよくて、よく響く声なのだ、叫ぶとその残響が、鳥の影のように飛び去って行く。理玖が、


「恵美は、絵を描きたいんじゃない? こんな景色を見れば」


恵美は一瞬ポカンとしてから、気を取り直して、


「別に、そんなに変わらないよ、描くのも描かないのも」


そう理玖を突き放すのだ、また歩いて行く、足元の小枝を拾う、少しずつ海の中に踏み入っていく、冷たいと言って、肩から震える、ぼーっと後ろに突っ立っている道夫に手を差し出すと、道夫は大切そうにその手をとって、すると恵美は、ぐいっと、恵美に似合わずキャッなんて言いながらその手を引っ張ってしまう、道夫はバランスを崩して、波打ち際に膝をつく、恵美の手を汚さないようにと、その手を上に掲げながら、でも恵美はまたキャっと言ってその手を離してしまう、道夫は口を閉ざしたまま立ち上がると、不服なのか満足しているのか、よくわからない、ただ真っすぐな目を恵美の上に据えるのだ。恵美はこっちを振り返って、僕らを呼ぶ。だけど僕らの上には眠気が天使のように到来していたので、夢見心地でひらひらと手を振ってやった。恵美はなんだと落胆し、波打ち際から引き上げてくると、大きな流木に腰掛ける。そこからぼんやりと風景を眺める。おれは寝るよと言って理玖が家に帰ろうとすると、道夫も仕込みがあると言って帰ってしまったので、まだ目的もなくぼんやりとこの場所に残っているのは、ついに僕と恵美だけになってしまった。そのうち、黒の軽自動車が道路を走って行くのが見えた。


「理玖のじゃないの? あれ。なにか用事があったのかなあ」


「打ち合わせじゃない? ほら、小説の」


「まあそうだろうね」


「葉子の方は、調子はどう?」


「おれの? 小説の? さあね、全然わからないけど、ただ、今のところは、おれはそれをすることがとっても好きなんだよ、好きだし、まだまだやるべきことがいくらでもあると思う、やれることが、ね、おれがやらないといけない、完成しないものが、この世にはたまだいくらかあると思う、だからおれは、いくらでもやるつもりだよ、恵美は?」


「う〜んどうだろう、今のところは私は、そんな葉子のようには、なにかするべきことがなんて思うわけでもないし、私のはただの趣味かなあ、今度、個展があるんだけどね、理玖にも言ってないんだけど、向こうで、二日だけなんだけど、それで最近は結構描いてはいるんだけど、描けば描くほど、これはやっぱり趣味なんだって、葉子も理玖もがっかりするかもしれないけど、私は、他に仕事を持とうかなあと」


「ふぅん、がっかりねぇ、そのときになってみないとわからないよ。でも恵美には、お金あるんじゃないの? 結構、自由そうだけど」


「今は生活費は親が出してくれてるけど、弟もいるしねぇ、大学を卒業後は稼ぐよ、自分で」


「そんなもんかなあ?」


「そんなもんだよ」


「それじゃあ、おれや理玖なんかが必死なのもバカみたいだ」


「それは、私にはなんとも言えない領域だ、二人の熱意というか、そういうのが、おかしなものだとは全然思わないよ」


「恵美、あんたはどうして理玖と来たの?」


「それは、理玖が絶対に真剣なんだってわかったから、それが何かはわからずとも、絶対に真剣な何かが理玖には見えていると思ったから」


「これだ、って思ったわけ?」


「理玖がそう思ったほどには、思えたとは言えないかなあ」


「そう? ああ、おれもいつか、あんたに本気なものを見せてやりたいけど」


「私に?」


そのとき恵美は、普段の表情のちょっとした硬さというか、人に踏み込ませるのを躊躇させるような厳密さから、すっと抜け出して、なんの気もなく、ただ笑うようににっこりと笑ったのだった、ああ、恵美の目、それは見るものを飲み込んでしまうようにいつも大きくて見開かれていて、その表情といえば無というよりもすべてがそこに渦巻いているような沈黙であるのだけれど、このときばかりは恵美は、笑顔の一色にその顔を染め上げたのだ。僕は思わず見惚れてしまった。それからすぐにこう付け加えた。


「誰に対しても、だよ」


「がんばりな」


そう言うと恵美はまた海の風景に帰っていった。しばらくして、伸びをすると、堤防の方に歩いて行き、木陰のブルーシートを勢いよく探すと、そこに置いたままになっていた画材と、イーゼル、椅子なんかを取り出して、作業にかかった。


 *


 恵美はいつもパステル画を描いた。恵美が描くと、筆は風が雲を運ぶように、あるいは大自然が。一撃でその様を大きく変えてしまうように、大きく、遅く思えるほど一息に早く、絵は夢の中を歩く大股歩きのように、いつも一瞬で様相を変えてしまうのだった。僕には絵のことが今でもさっぱりわからないけど、恵美が描くのを見ていると、そのタッチには迷いがなく、というか、間違いというものの可能性が最初から含まれていないようなのだ、それはヨットのように海をスイスイと進んでいく。事物の輪郭などではなく、かといって色でもない、もっとその奥にある、ある深く抽象的な解像度での世界の掴み、というようなものを恵美の筆は確かに捉えていた。 



あんな風に描くのが、どんなに楽しいことだろう、恵美は、それを描くのにどんな努力も必要としていないようだった、単純にそれは筆の動きであり、同化することは夢を見るように当たり前のことだった。それなのに、恵美は自分の絵になんて、なんのこだわりももっていないのだ、恵美にはそれがあまりにも当たり前に備わっていたので、恵美はそれが損なわれるものだとは一瞬たりとも考えたことがなかった。恵美は風景を見ていてもそれを絵画的に見るのではないし、恵美のそれは、最も親しい兄弟のように、二重人格の二人目のように、長年寄り添ったので、それからも寄り添うというようなそれであり、それだからそれをもっと上手になどといったような考えなど、恵美はこれっぽっちも持っていなかった。最もすごい絵はなにか? ともしも恵美に訊ねたなら、恵美はきっと答えられないだろう、代わりに好きな絵のことなら、いくらでも話せただろう。恵美にはただ絵を描くことが、これまでとても自然な在り方だった、ああだから履き潰されたスニーカーのように、連れ添うとも、大切になどしないのだ。恵美はどんなつもりで僕と理玖が本の話をしているのを聞いていたんだろう? きっとかなりポカンと、別に惑星の話を聞くように? それとももっと簡単に、別の人の話を聞くように? 恵美には他人という言葉が当たり前に親し過ぎたのだ、恵美は誰に何を求めることもなかったし、私の好き、がどれだけはっきりしていようとその引き際を知っていた。なんというただあることと調和した精神だろう! もしかしたら恵美には、死ぬことなんて少しも怖くないのではないか? 恵美には、今あるということなど瞬きのひとつとの偶然の出会いというだけで、この大きくて丸い形の目がパチンと瞬きをするたびに、恵美はすべてを忘れてしまうのではないか? あくびをしたあとで、涙を溜めた目を細くしながら指でそれを拭うとき、そのときだけ恵美は、とっても幼く見える。恵美は寂しいのか嬉しいのかわからずに笑いながら泣く子のように、ぱちんと星を産むように笑顔を産み落とし、それで照れくさそうに首を傾げるのだ。ああ恵美には、生きるなんて言葉も、存在と言うのも固すぎて似合わないのではないか? 恵美は、ただあるといっても捕まえられない、恵美はあるよりも先に、そこにはいないのだから、恵美はだから、ただ見られた幻のように、いつでも無関心というか、なんとなくただ通り過ぎるように、そこにいた、というよりも、それをしていた。旅するということは恵美の生き方が知っていた。いいや恵美は生きてさえいなかった。恵美は自分の好きなものを並べ立てることなら、どれだけでも簡単だっただろうけど、恵美は好きということを特段重視してはいなかったので、それを捨てるときがきたならいつでも捨てられただろう。恵美は火事の中画材を探すために命を落とすような真似はしない、恵美は命の形を探し出すために、あること、流れること、あるとして流れるものの流れを乱しはしない。



「ねぇ恵美、それじゃあんたは、どうして自分で生きてるのさ、自分の足で、わざわざ重い命を運ぶのさ」


「重い命?」


「ああ、そうか、あんたのは姿形だにない幻だったか、それじゃあんたは世界の戯れのひとつの地点というか、強度というか、今はただそこにあるものとしての軽さなわけだ。今日はどちらへ?」


「カフェへ」


「道夫たちを描くの?」


「静物」


「ああそう。おれも行くよ、理玖も、朝早くから出かけたことだし」


 *


 その日、店に行くと、店の前に軽トラが止まっていた。その荷台から何やら重そうな箱を運んでいた道夫は、僕らが来たのに気がつくと、無表情の顔をむっくりと上げて、僕に照準を定めて、手伝ってくれよと言った。なんのことかもわからないまま駆け寄り、早速僕が箱に手をかけようとすると、重いぞ、と道夫が言うので、何が入ってるのさ、と訊ねると、果物と、野菜だと言う。


「こんな季節に?」


「ああ、これからは、扱うことにしたんだよ」


「流石こんな田舎だねぇ、要望でもあったの?」


「いいや、別に、そんなものでも、あった方がいいかと思って」


それから、僕らは手分けして木箱を店の中の、道夫の言う場所に陳列し始めた。十回も往復して、ようやくすべて運び終えたころには、もう身体がボロボロだった。僕は疲れてなだれ込むようにテーブル席についた。恵美は、箱の中からひとつ形のいいレモンを手に取ると、それを弄りながら席にやってきて、テーブルの真ん中にコトンと置いてやる。僕ら二人とも、しばらくは何をする気にもなれず、ひっそりとした店の中でうなだれていると、道夫が早速、今朝のフルーツを絞ったジュースを僕らに出してくれた。僕は、酸っぱいのは苦手だったから、ちょっとだけ飲んで、舌を尖らせたいのを我慢して、頬をピクピクとやった。それでも、疲れていた体には美味しくて、次は舌に当てないようにごくごくとジュースを飲むと、すっかり生き返ったようだった。僕が飲み干してしまうと、恵美は何を思ったのか、その空のグラスをさっと引き取って、テーブルの上のさっきのレモンの隣に並べるのだ。じーっとそんな光景を見ている恵美のことを、僕の方でもぼんやりと見つめていると、そのうちに、恵美と僕とで目が合った。恵美は、すっかり僕がいることを忘れていたというように、目を大きく見開いて、ああ! なんて、似合いもしない大声で言ったのだった。カウンターの内側に戻って何か作業をしていた道夫が顔を起こして僕らの方をじっと見やると、何を言うわけでもなくツカツカと歩み寄ってきた、かと思うと道夫は店を出て、表の看板を、オープン、にひっくり返したのだ。それからまたカウンターの中に戻り、じっとテレビを見つめる。


 *


 あるとき、恵美は、僕の肖像画を描くと言い出した。恵美は、そのまま椅子に座っていればそれでいいと言うのだけど、照れ臭さを抜きにしても、じっと、恵美が僕を描いているを待っているというのは、恵美がどんな風に海や木々を描くか、側で見てよく知っていた僕だったから余計に、ああ、とても恵美がすぐ隣で集中力をはっきりしているというのに、じっとしていられる僕ではなかったのだ。僕の目は、描かれるものの、ぼうぜんと置き忘れられたようなそれではなく、やはり、書くように動いてしまう。恵美がどんな風なにかが、ぉうしても気になるのだ。それでも恵美は、そんなとき、ふっと、優しい言い方で諌める低学年クラスを受け持った女教師、というように笑い、僕を元のところに押し込めてしまう。ああ、僕をそんなひとつのイメージの中に閉じ込める、なんて、難しいことだったに違いない。それを捉えたと思った一瞬後では、もう僕の笑顔は、どんなにそれが前と同じ姿をしていようが、前と同じイメージで捉えることなどできないというほど、僕は変わりやすい方だった、いいや、僕は車中から見た風景のように、まさに、風景というのはどれも車中から見たそれである、というように、ああ、ただ僕であるもの、その固定点なんてものはなかったのだから! それでも、どんなに僕がその中心を見よう見ようと試みれば更に虚無である巨大な穴であったとしても、恵美の完成させるのは、いつも確かに完全なひとつの気分を表していた。ああなんてことなんだろう、どうして恵美はそんなものを描けるのだろう、それは、どんな手が僕を捕まえるというんだろう、何度恵美が僕の絵を完成させ、その度にそこにいる僕の姿を見たとて、僕にはとてもわからない。ああ恵美は、そうだ、恵美はそれを、それだ! と指し示しなどしなくても、沈黙のうちにでもそれを表現できるというか、言葉なくしてそれの全体を感じ取る、そんなことをするためには、天才的だったのだ。恵美はそれがどんなに姿を変えやすいものであろうと、始めからその姿なんてものを見てはいないのだ、恵美はただ。それが変わるなら、それの手を取り踊るダンサーであり、筆がその動きではなく、その姿の方を捉えるなんてこと、決してなかったのだ。ああ、だから恵美はどんなところででもそれを描けたのだろう、どんな風に生きようとも、生きていけたのだろう。何が変わったのだとしても、変わらないものなどないのだ、だから何も、変わってないいないのだ。恵美には最善などという価値観はないのだろう、恵美はただ、生きることを生きていた。恵美の表情が、どんな風にはつらつとしているか、恵美の体がどんな風に弾むのか、ああ、それはまるで、なんというかその、とても言えない。恵美には、とにかくあまりに透き通った白さをしているから、そのはっきりしていることがかえってそのものの定着を妨げるというように、霊的なところがあった。恵美はどのような言葉にも捕まりはしない、しかし恵美は捕まらないということに対してさえ掴まらないので、時には簡単な罠にもかかってしまうのだろうが、愛をどこに隠し持っているのか、それとも持ってさえいないのかわからない、あのずる賢くもお茶目な猫のように。


 *


その頃、理玖は僕も恵美も寄せ付けないほど奔走していて、カフェにも全然現れなければ、家で一緒に過ごす時間さえもほとんどないといった具合だった。理玖は、夜は早く寝る、そして朝早くに家を出て行くという生活周期だったから、僕らは海から、理玖の車の亡霊をいつも閑散とした田舎道に見て、それをなによりの寝の合図としていた。理玖の車がまた走ってく、どこにだろう、多分金のことだろう、とでも話しながら、眠い脳みそを引きずって理玖の走っていったのとは逆の、家に帰るのだった。ある朝、僕が、たまたま先に眠気がきたので、恵美を置いて一人で家に帰ると、そこには朝の支度をする理玖の姿があった、理玖は牛乳をラッパ飲みしながら、別の手で卵を乗せたトーストを待機させていた、僕と目を合わせると、急いで腕時計を確認して、トーストに齧り付いてから、ふがふがと言った。


「行かなきゃ」 


「今日も? 大変だねぇ」


「ああ、葉子は、詩はできた?」


「それじゃ父親みたいだよ、仕事に行くの?」


「ああ仕事みたいなものさ」


「大変だねぇ」


僕は、着いて行ってもよかったのだ、でも理玖があんまり僕たちにそれをひた隠しにしようとするから、あえて詮索する気にもなれなくて、ああ理玖、それじゃあ理玖はそれでいいんだね? 本当に、あんたが本気でそう望むなら、おれも止めやしないよ、それを薄情だって思う? いいや、あんたは思いはしないのだ。理玖は、その頃、僕たちには何も気づかせないように、一人で黙って、必死に資金集めをしていた、理玖は僕のを本の形にしてやりたいと思って。靴下を抜いでソファに身を投げる僕に向かって、理玖は、


「おい葉子、なにか詩は? 歌えよ」


「あは、無理だよ、こんな朝っぱらから、おれはあんたの鳥籠の鳥じゃないんでね、でもまあいいや、それじゃこんなことがあったのを、聞きなよ、この前、恵美と海で絵を描いてたら、恵美がだよ、恵美が絵を描いてたら、向こうから中型犬、柴犬よりもちょっとシュッとした奴がやってきてさ、リードを砂の上にバタバタとやりながら、逃げてきたんだよ、犬の鼻には赤いハンカチみたいなのが引っかかってて、犬は僕たちの周りを嬉しそうに走り回るんだよ、恵美が、手を広げてそいつを懐に招き入れて、それからそっとその犬のハンカチをとってやると、そこには誰のか知らないけど、確かに尿の臭いが染み込んでたんだね、恵美はうえっと言いながら、でも誰のかわからないハンカチを捨てるわけにも行かずに、困っていると、向こうから女の子がとぼとぼとやってきて、犬のところにツカツカと寄っていく、女の子はむすっとした顔でいつのまにか無力となってそこらに横たわってる犬のリードを取るんだよ、それから僕たちの方を振り返って、ふいっと手を指し伸ばすわけだ、そのハンカチをおくれ、と言うように、恵美が返してやると、その子は自慢げにハンカチを犬の鼻に当ててね、すると犬は瞬時にむくっと起き上がって、はっはっと走り出すんだよ、女の子はリードのストラップだったんじゃないかというように、ぐらんぐらんと揺さぶられながら犬と走ってく」


「いい歌だ! いい歌だ!」


「あっはっは、それじゃあんたが鳥みたいだよ」


それで理玖は今日も金を稼ぎに行くのだ。理玖は空き巣だけじゃなく、音楽スタジオから楽器を、映像の専門学校からカメラやレンズを、服屋から服を、路上から自転車を、なんでも盗めるものは盗んで、それを金に変えていた。僕は知らなかった。理玖が、確かにまともに働いているとは思っていなかったけど、理玖が今でもまだそれほど金を必要としているのだなんてこと、僕は、出版の話は、僕の手紙のようにどこか別のところに流れ着いてしまったんだと思ってた。


 *


 僕は、理玖と入れ替わりに、その日は二階に上がるのも面倒だからと、リビングの向こうの寝間にある、理玖の、元々は理玖のお爺ちゃんのものだったベッドで眠る。しばらくして恵美が帰ってきたのがわかる。恵美は洗面所で手を洗うと、それから風呂に入る、ああそういえば、その日は、僕は、風呂に入るのを忘れてたなあ、僕がすやすや眠っていると、風呂を出てきた恵美はキッチンでコップに飲み物を注いで、それを持ってリビングにやってくる、髪を乾かしながらなんもなくテレビをつけ、ぼーと眺めていると、その向こうの襖が空いている、そのベッドに僕の寝転がっているのを見つける。恵美は、なんでもないように、ただそこに僕がいる、話し相手を見つけたとばかりに、コップをテーブルに置くと、ちょっと前傾姿勢になってそんなことを言う。


「そろそろ、東京に絵、送らないとねぇ、どれを展示するかも考えなきゃいけないし、起きたら手伝ってくれる? 選んで、送るのから、一枚ずつ厚紙で包むの」


 僕は、ただ、ひらひらと手をやり合図をする。


 *


 その日、僕を眠りから覚ましたのは、枕元で鳴る電話の音だった。家は静まりかえっていて、音は虫歯みたいにピンポイントに響いた。僕はそれをとってベッドを出ると、襖を開けて、居間のソファに座り込み、肘掛けからタバコをとって、火をつけてから、電話に出た。久保からだった。


「よお。お前、今何してるの? 理玖のとこなんだよな?」


「何してるって? 何が?」


 そんな風に僕が周りくどい言い方をしたのも、電話の向こうでひよりや美見や、それだけじゃない、みんなの声のざわめきが聞こえたからだった。


「何がって、学校にも来ないでさ」


「学校、ああ、なんて響きだ。あんたこそ何をしてるの? そこは、教室?」


「学祭の準備中だよ」


「ああそれで、同じクラスたる俺に? 参加の意図はってこと?」


「そんなんじゃねぇよ。お前は、今、何をしてるんだって」


 僕は、タバコの火を消して、二本目のに火をつける。ソファから立ち上がると、キッチンへ出向いて、牛乳をラッパ飲みする。口元を腕で拭いながら、


「おれは、小説を書いてるよ、少しずつ、どんなのだかは、また見せてあげるよ。ああそうだ! あんたのとこの脚本は? 順調に進んでるの?」


「さあな」


 久保は、お手上げというようにそう言った。そのとき、電話を耳から離したのか、向こうのざわめきが一層クリアに聞こえた。僕は、ズボンを探しに寝室に戻り、ベッドの上で布団と混ざり合ったそれを取ると、足を通して、チャックを開けたままガニ股で歩いて居間に戻ると、床に落ちていたシャツを羽織り、それから壁にかけてあるコートを、椅子にでも引っ掛けるように肩に被せた。そのとき、葉子君、という冗談っぽい声がした。ひよりのものだ。


「うん。久しぶり、久しぶり!」


 僕はそう言うと、もう電話を切りたいほどの気分だったけど、やめて、スピーカーモードにすると、携帯をテーブルの上に投げ出した。また新しいタバコに火をつける。


「そこには、みんないるの? 学祭の準備中だって? 綾瀬も? すると、もう本は書けたんだね?」


「どうだろう〜」


 たひよりもまた、久保と同じように、どこか楽しげに、はぐらかすようなのだ。


「楽しくね、いい劇になるといいね。それじゃあ、用件はそれだけ?」


 向こうでは、誰がこれに対応するか、電話の前で譲り合っているようなのだ。僕は、


「ねぇ久保」


 と言って久保を呼び出すと、


「こっちは、快適にやってるよ、まだ二、三人住めそうなくらいの家だ、あんただってこかに来たっていいくらいだよ」


「バカが」


 と吐き捨てた久保の声は、とても付き合ってられないと言うようだった。そのとき廊下の軋む音が聞こえた。恵美が起きてきたのだろう。僕は、ごめんよと言って電話を切ると携帯を置いてキッチンに先回りし、硬い椅子に座って恵美を迎える。恵美は、おはようと言って、理玖の祖父が取っていたのであろう新聞の山積みとなった向こうに座る。タバコに火をつけ、深く三回ほど吸うと、立ち上がり、朝に理玖が入れていった残りのコーヒーを、ボタンひとつで温めて、コップに注いだ。恵美は、また席に、浅く腰掛けて、ゆっくりとコーヒーを啜りながら、


「話してた?」


「学校の子と、電話」


「ああ」


 と恵美は遠い目をするのだった。それから僕をじっと見て、高校生なんだったね、と思い出したように、クスッと笑う。からかうように、


「今日は、帰らなくていいの?」


「まさか、帰るところなんてないよ」


「そうだね」


 と恵美の言ったのは、どこか投げやりというか、言っただけ、というようなもので、特にそこに興味も関心もなかったというように、ぼうっと目の焦点を合わせずにコーヒーを半分ほど飲むと、コップを持って立ち上がり、ジャケットを羽織って、家を出てく。それから僕たちは、赤い扉の大きな倉庫の中で、眠っている恵美の作品を、ひとつずつ、手に取って、思い出し、名づけていくように、梱包していくのだ。



 作業を終えると、もうすっかり夜中だった。僕らが煙草を吸いながらぼんやりしていると、ガツンという衝撃音とともに、倉庫がビリビリと揺れた。車の扉が素早く空き、倉庫とその間に走り込んで、大丈夫ぶだ! と叫んだのは、理玖の声だった。僕と恵美も思わず駆け出して、倉庫を回り込むも、そこには傷ひとつないらしいそうと密着した車とがあり、当の理玖はというと、車のボンネットにもたれかかるようにして、今にも眠り出しそうだった。僕が揺り起こすと、理玖は、薄い目を開けて、ああ、と声を漏らしてから、いいや、歩けるよ、と僕の手を離れて、振り返りもしないで家の方に歩いていく。僕も恵美も示し合わせたわけでもなく理玖の不安定に歩くのについて行こうとすると、いいや、と理玖は声を尖らせて言った。


「心配しなくてもいいよ、何より、眠いので、あんたらを喜ばせそうにもない、おれは先に寝させてもらうことにするさ! 誰かが起きてきて、何か言うかも知れない、そのときは、ちょっとぶつかっただけとでも、だけど、話が面倒になりそうなら、すぐにおれを起こしてくれて結構!」



僕と恵美は、理玖を静かに眠らせてあげるためにも、その日はそのまま家を出て、道夫の店に行くことにした。店について、カウンター席に着くと、道夫がやってきて、ひっそりと耳打ちをするように、フロアのテーブル席に一人で座る女の人に目配せをした。どうしたの? と恵美が訪ねると、道夫は、理玖に会いにきたひとだ、と言った。理玖が今日はどう言う状況なのか、恵美が手短に伝えると、道夫は仕方ないと言うように、少し厳しい表情で、カウンターを出ようとするので、僕はいいよとそれを静止して、恵美と、水の入ったグラスを手に取り、彼女の席に移動することにした。こんにちは、とでも言いながら。彼女はいぶきという名前だった。理玖とは、小中の同級生だったらしい。風の噂で理玖がこっちに帰ってきていることを知ると、自分も仕事を辞めて実家でなんとなく日々を過ごしていた、その親近感からというわけではないけど、なんとなく、子供の頃にそうなると息巻いていた理玖が、実際に作家になった姿を拝みでもすれば、なにか変わるかもしれない、別に変わるためにというわけではなくとも、何かいい風が吹くかもしれないとでも思ってやってきたと言う。いぶきは、僕らが理玖とどんな関係か、聞くと、僕の顔をじっと見つめて、理玖とそっくりだ、と言った。


「ううん。その顔が、じゃなくてね、顔が似てるんじゃなくて、なんというか、その表情が、じっときつく、なにかを見つめているような顔の色が、似てる。って言っても私が最後に理玖と会ったのは、高校のときに、二人で何度かだけだけど、うん、そのときの、どんだん遠くに行っちゃったような理玖と、そっくり、その顔の、あはは、思い出したんだけどね、その時の理玖にこんなことを言ったら、理玖が言ったのら笑っちゃってしばらく忘れられなかった、変な言い方でね、おれの顔の上に吹く風、って、なんとなく、理玖は遠くにいるような気がする、見ていても見ていなくても、同じだけ遠くに、だからやさしいようでも、厳しいようでも、まるで関心がないようにも見える、って言ったら、顔の上に風が吹くかららって、あはは、変でしょ? 思い出した!」


 それから、いぶきの僕を見つめる目は、ますます思い出の中の理玖を見るようなそれに変わり、


「葉子君も? 作家なの?」


「ああ、えっと、なんというか、そうですよ、おれなんかはひとりで書いてるだけですけど、一応は」


 そんな返事の何が面白いのか、いぶきは手を叩いて笑うのだ。


「あー、面白い。理玖がそんな生活してるなんて、変なの。まあ、昔から変だったか」


 そんな風に言いながら、まじまじと僕を見るものだから、


「おれなんかで楽しまなくても、そのうち理玖が起きてきますよ、朝になったら、すぐ近くに家があるんです、来ますか?」


 僕がそう言っても、いぶきは、いい、と簡単に首を振るだけだった。


「いいの。今さら会ったところで、話すこともないしねぇ。なんとなく、顔だけでも見たかっただけだから、どうしてるんだろう〜ってね、なんとかなるつもりもないのに、今更会いにくいでしょ?」


 それよりも、理玖の話をしてと、いぶきは僕らに言った。話は、今の理玖と、小さい頃の理玖のどんな姿との間をも、ピンボールのように行ったり来たりする。その度に重なるのはポイントでもなんでもなく、ただいぶきの笑いであり、最後には、いぶきは、理玖によろしくと言うと、去っていった。


「また来るかも!」


 と元気に言い残して。



朝早く、僕らは家に帰った。恵美は風呂に入り、僕は居間に行った。すると、薄い襖の向こうで眠っている理玖のすぐ側で、目覚ましのアラームがけたたましく鳴っていた。僕は理玖の枕元に腰を下ろして、その音を止めてやろうとした、そのときに、その上で、理玖と手と僕のとが、ぴったりと重なった。寝ぼけたまま元気な理玖は、


「この手はペンを握りしめる者の手だ!」


 と絶叫し、僕ははんと鼻で笑いながら、


「その手は毎日ハンドルを握る手だねぇ」


 と言った。理玖は跳ね起きて、ベッドをさっと直すと、どんな皮肉なのか、


「どうぞ」


 と僕にその場を譲り渡すのだ。それから、ふらっと立ち上がり、居間の方に行こうとするので、僕は追いかける。


「今日はどちらへ?」


 理玖はそれを聞こうともしないで、


「今日はどんな詩が?」


 と言うから、


「いぶきって人に会ったよ、道夫のところで、あんたの同級生なんだってねぇ、僕を見て昔のあんたとそっくりだ、とか言って笑ってた、また来るってさ、次はあんたが会ってあげなよ」


 すると理玖の背中は、ビクンと大きく跳ねた。しかしなんでもなかったというようにズンズン進んだ、風呂場のドアを開けると、恵美に大声で、


「顔を洗うよ!」


 も知らせて、急いで顔を水で濡らすと、


「もう出たよ!」


 とこれを叫ぶように言った。前も見えていないようで、洗面所から出ようとする理玖は僕とぶつかってもつれ、ははは、と手で顔を覆い隠しながら笑い、もう片方の手で僕を押しのけようとするので、僕がその手を掴んで、肩を組み、キッチンまで理玖を運んでやると、理玖はありがとうとしおらしく言って、席に座り込んだ。僕は、計量器に並々と水を注いで、コーヒーマシンに入れる。コップをセットして電源を入れると、マシンはコーヒーを淹れ始める。理玖は今度は、また大声を張り上げて、


「ありがとう!」


 と言った、僕はそれを無視して、


「今日はどこへ?」


 すると理玖は、はっとバカらしいというやうに笑い、


「仕事だよ、仕事、仕事」


 そう言うので、


「あんたはこっちで休職中なんだって聞いたんだけどね」


 と僕が言うと、理玖は、


「そうだよ、そうだ!」


 とそれもふざけて返事をするのだ。


「たまには休んだら?」


 僕が言うと、目玉がひっくり返るほど、ぐるっと首を回して僕の顔をじっと見て、身が解けるほど朗らかに笑い、


「もう少しすれば、おれも休むよ。お前は、小説のことを考えてるんだな、生粋の、芸術家さん」


 そのとき、コーヒーメーカーがピーピーと音を立てる、理玖は散らかったテーブルの上からさっと鍵を掴み取ると、コーヒーメーカーの扉を開け、コップを手に取ったまま、行ってしまいそうになるから、僕が、煙草を、とからかうように言うと、理玖はポケットの中を弄って、箱ごと僕にくれてやろうとする。僕が、一本受け取って口に咥えたままでいるのを見ると、テーブルをひっくり返してライターを見つけだし、僕の口元で火を燃やすので、僕は少し屈んで煙草に火をつけ、理玖に、ありがとう、と言った。


「あんたも吸っていけば?」


 と僕が言うのに、理玖は困ったように顔をくしゃっとして、


「車の中ででも吸うさ」


 と言った。


「一週間もしないうちに、またいぶきさんは来るんじゃないかなあ、理玖によろしくって言ってたんだよ」


「うん、顔を出すよ、おれも、会いたいとでも言っといて、もしも会えば、おれを呼び出したっていい」


 それは、いつも理玖がするような、とりあえず拵えた返事だったけど、そのあとで理玖は、自分の言ったのが思いの外本心を言い当てているのではないか? というように一瞬静止したのだ。理玖は、


「どんな風だった?」


 と柄にもなく訊ねた、それが面白くて、僕は笑いながら、でも、できるだけ正確になるように努めて、


「元気な人だったよ、いいや、元気というか、丈夫そうな人だった、失業して帰ってきたんだって言ってたけど、どんな悪い風が吹くのもお構いなしというか、やられてはしまわないというようで、からっとしてるってわけじゃなくても、なんというか、地に足をつけて歩けると言ったような、たくましくて、そうだ、とっても健康な!」


「健康! そうだ、おれもその言葉を探してたよ、ありがとう、そうだ、彼女は健康な人だ、また会うよ、約束するよ、今日は、じゃあね!」


 理玖はそう言い残して、行ってしまった。僕は理玖の寝ていたベッドにつき、風呂から出てきた恵美は、理玖が忘れていったコーヒーを手に取り、居間にやってきた。テレビを見ながらコーヒーを啜り、部屋の暖房をつけようとしてもつかないようで、壊れてる、とひとりぼそっと呟いた。

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