第15話 殺人者のこびと牛鬼と憑依霊市松人形を撃つ
「見えだした。704号室よ。誰かがいる。こ、これは子供ね、いや、体は小さいけど子供じゃないわ。妖怪の牛鬼みたいな顔をしているわ。そして、体が異常にマッチョね。昔いたこびとのプロレスラーみたいな感じ」
「憑依している霊も見えるわ。女ね、市松人形のような無表情な顔をしているわ。長い黒髪を持っているわ。でも、人形のように見えているけど、これは魔物よ」
「市松人形のような魔物?それはそれで不気味ね」と恭美が呟いていた。
「次は、本丸の花山院さおりを見てみるわね。さおりに憑依しているバケモノの正体を暴きだしてやるわ。なにか……鬼みたいなのが見えるわ」
「鬼だって? 鬼には、五色の鬼がおりますが、その鬼は何色ですか」
「緑色ね」
「緑の色? 緑鬼ですか? かなりレアな鬼ですね」
「あっ、ちょっと、ちょっと、鬼とは少し違うかも、何かぼやけているわ。はっきりと見えない。これは念波ね、強い思念を出して私の霊視を邪魔しているわ。でも、おぼろげに見えている……。これは鬼じゃないわ。プレデターよ、プレデター!」
「プレデターだって?いや、正確にいえば、プレデター模様の霊体ということですね。いずれにしても普通の怨霊ではない。つまり、さおりに憑いているのは、もしかしたら地球外生命体、宇宙人かもしれないということですか?」
「そして、霊視を妨害しているということは」と恭美が言った。
「彼は私たちの存在を感知して、私たちを見ているということね」
そのときだった、テーブルに置かれた京太郎のノートパソコンの蓋が開き、勝手にスイッチが入った。
パソコンが起動され、黒い画面が映し出された。
普段ならカラフルな風景写真が映りだすはずなのに、なぜか、画面は黒一色だった。
そして、起動時に現れるPINを入力させるサインイン画面が表示された。
京太郎が恐る恐るパスワードを入力すると、突然、画面いっぱいにある画像が映し出された。
それは洞窟らしき中の画像だ。
一匹の餓鬼ような生き物、腹が異常に膨れ、禿げたような頭の両端からもうしわけていどの髪の小さなかたまりが生えている。
恭美が言った。
「これは妖怪画像から抜き出した映像ね。自然の映像ではないわ、プレデターが作為して送ってきた映像よね」
洞窟らしき場所で餓鬼が四つん這いになって、手に持ったなにかにしゃぶりついている。
「これは、形から見て肝臓ね、血にまみれた肝臓、多分、人のだわ」
餓鬼の口の周りが肝臓の血にまみれている。
「これはあのこびとが、お笑い芸人から切り取った肝臓を食べていることを描写しているということですね。つまり、奴は今日子さんがこびとを霊視したことも知っているぞと伝えているわけです」
「危ないな」京太郎が呟いた。
「プレデターがここに来るかもしれないですね」
「急がないといけないわ」
「そうですね、プレデターが襲来してくる前に、とりあえず、あの牛鬼だけは倒しておく必要がありますね。なぜなら、牛鬼だけが肉体を持った存在だからです。花山院さおりも肉体を持っていますが、彼女は、ただの憑依された傀儡にすぎませんから戦力外でしょう」
三人は四度目の手首合体を果たして、7階に急いだ。
時間がない。
三分以内にあのこびと、牛鬼を始末しなければならない。
これは必須事項だ。
三人は704号室に直行した。
「いるわ」と今日子が言った。
「一人だけよ、でも、私たちの到来を予測していたのかしら、ま、当然、プレデターから連絡を得ているはずなので警戒はしているわよね。両手に包丁を持ってスタンバってるわ」
包丁ごときを持っていようといまいと無問題だ。
手首を合体させて十人力のパワーを得た京太郎はドアノブを引っこ抜き、ドアを蹴破った。
三人が一挙に部屋になだれ込む。
そして、牛鬼を見て、少し困惑した。
思っていたより身長が低い。
多分、120から130センチだろう、8歳か9歳程度の身長だ。
これでは三人が得意とする蹴りが使えない。
殴り合うのも難しい。
つまんで投げ捨てるのも包丁を持っているから無理だろう。
だが、京太郎は突進した。
牛鬼は右手の包丁を振りかざしてきたが、それを左のレガースで跳ね飛ばし、当時に前蹴りを放ったが、牛鬼は軽々とカーテンレールまで飛び上がり、レールの上に半かがみになりながら乗っている。
恐ろしいほどの身体能力だ。
そして、左手の包丁を右手に持ち換えた瞬間を狙って、今日子と恭美の指からコインが弾かれた。
牛鬼はそれらを右手の包丁ではらい、或いは受け止めた。
もの凄い反射神経だ。
そして、両手で包丁を持って、京太郎めがけて飛び降りた。
これは絶好のチャンスだ。
京太郎は狙いすまして得意のトラースキックをぶち込んだ。
京太郎は、「グェッ」叫んで、吹っ飛び、窓ガラスを破壊して落下しょうとするその手をつかんで、後方へ放り投げた。
牛鬼は丁度、今日子と恭美のまえに落下した。
すかさず、今日子がヌルッと魂の手を出して、憑依していた市松人形の黒髪をつかんだ。
身動きを制された市松人形は大きく口を開けて牙をむきだし反撃しょうとしたが、その瞬間、恭美の四本の指からエネルギーが照射された。
念琳の憑依霊を消し去ったときには、なれていなかったから全力で撃ち込んだが、今回はプレデターとの戦いを視野に入れていたので、三割ほどのエネルギーを使った。
それでも、市松人形は「ぎゃぁぁぁぁぁ」断末魔の悲鳴を挙げて、その霊体は四部五裂に分解され、霞のごとく雲散霧消した。
「終わったわね」という今日子の言葉を聞いてか聞かずか、恭美は指先を牛鬼に向けた。
だが、牛鬼の魂を消そうとしているではなく、牛鬼が動けなくなる程度にその魂に損傷を与えようとしていた。
シャー! 霊力が気絶状態の牛鬼めがけて照射された。
完全に魂を消滅させてしまうと痴ほう的になりすぎて、殺人犯として警察に引き渡せなくなる。
そこを考慮して手加減したわけだ。
ただ、思った以上に時間がかかった。
残り時間は一分を切っているだろう。
これではプレデターとは戦えない。
京太郎は花山院さおりの部屋と隣接するエレベーターを使うのはリスクがあると判断して、非常階段を塞いでいるベニヤ板を破壊し、それを乗り越えて階段を駆け、今日子と恭美もそれに続いた。
部屋に戻った三人は戸締りをして、ドアのロックもかけた。
これから急いで五度目の合体を行い、その後、全員が魂を離脱させてプレデターを迎え撃つ。
五度目の手首合体後、三人は覚悟を決めた。
あとは、鬼が出るか蛇が出るか。
運任せ天任せだ。
今日子が言った。
「これまで、生きたまま魂を離脱して自由に動けた人はいるのかしら」
博識の出版社勤めである京太郎がこともなげに言った。
「いるよ、およそ1900年前だけどね。パウロが書簡で証明しています」
「だれ?」
「使徒ヨハネですよ。彼はそのために岩石だらけの不毛の孤島に流刑囚として送られている。多分、魂が離脱した後の肉体を誰にも見られないためではないでしょうかね」
恭美が言った。
「用意周到ね」
「それは神が関与しているからね、ぬかりないですよ」
「そして、ヨハネはどうなったの?」
「彼は肉体を離れて第三の天に引き上げられた。パウロはそのように書いている。そして、ヨハネは第三の天で未来を見せられた。その幻影を記したのがヨハネの黙示録です」
「凄い話ね」
「だから、僕たちの脱ぎ捨てられた肉体は誰にも見せられない。死んだと思って焼かれてしまうかもしれないからね」
まず、今日子が離脱した。
(ああ、完全離脱すると身が軽いわ。肉体は重い鎧だと言われているけど、本当ね。魂だけだと、こんなに快適なのね)
次いで、京太郎も恭美もヌルヌルヌルと離脱した。
初めは怖かったけれど、なんでもやってみると、こんなもんかと思ってしまう。
三体の脱ぎ捨てられた肉体がダイニングルームに無造作に転がっている。
恭美が面白そうに言った。
「まるでゴム人形ね。ザ・ニクタイという物質そのものに見えるわ」
「魂なき肉体なんて、タダの物質ですよ。死体を穢すなという人たちもいるけど、バカバカしい。穢してならないのは魂であって肉体ではないでしょう」
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