第14話 魂が離脱する時はヌルっとする

この後、三人は地下鉄で帰った。


時間帯もあってか車内は乗客も少なく、いつものように静まり返っていた。


三人は並んで座った。


恭美が訊きたくてたまらないことがある。

それは魂の話だ。


だから、人が聞いているとか、人に聞こえているところではあまり好ましくない。


そこで、ひそひそ声で今日子に訊いてみた。


「あのさぁ、魂が抜けるという話なんだけどさぁ。どういうタイミングで魂が抜けるの?」


「私にもよくわからないわ。まだまだコントロールできるという段階じゃないのよ。そうね、ヌルっと抜けるのよ」と自分で言いながら、(なんてトンチンカンな話をしているのかしら)と笑いたくなった。


「こういうことはこれまで一度もなかったのよ。伊賀で失神するほどハードな修行を積んでいた時でさえ、一度もなかったわ。だからね、努力とか才能とかの問題じゃないと思うの」


「そうよね、私も過酷な修行をしてきたから、いわんとすることはわかるわ。つまり、肉体うんぬんの話じゃないのよね。純粋に霊的エネルギーの問題でしょう。エネルギーの」


「それよそれ。チャクラの活性化が絡んでいるのよ。チャクラエネルギーっていうのかしら、それが絡んでいるの。それも一人のエネルギーではなく、三人の合体によってもたらされたでしょう。自分だけでなく、他の人のエネルギーも吸収しているでしょう。しかも私だけが第三の眼を通して多くの時間を使っているでしょう」


(ああ)と恭美は納得顔になった。


(そうよね、私と京太郎さんはエネルギーを発射する瞬間しか活用していないけど、今日子さんはずっと霊視していたものね。そっか、そういうことか)


(ということは、私もエネルギーを発射する機会が増えてゆくと自然と魂が離脱できる状態になるかもしれないわね。なんか期待半分、恐怖半分だけど。だって、完全離脱しちゃうとどうなっちゃうのよ)


そこが恐怖であることは今日子も京太郎も早くから気づいていた。


戻れるのだろうか、もし、戻れなかったらどうなるのだろうか。


そもそも、歴史上、そのようになった人物はいるのだろうか。


下手すると宇宙空間まで飛ばされてしまうかもしれない。


それは怖いでしょう。


暗黒の宇宙空間をたった一人で永遠にさまようなんて、考えるだけで背筋が凍る。


二人のひそひそ話に、耳をダンボにして聞き耳を立てていた京太郎だったが、しかし、それにしても憑依している魔物たちは何を考えているのだろうか。


赤の他人の肉体に憑依して面白いのだろうか。


世界のトップスターやトップアスリートに憑依すれば、それなりに面白いことがあるかもしれないけれど、龍賢みたいな場末の祈祷師に憑依して何が面白いのだろうか。


バカじゃないのか。

もしかして、魔物ってバカなのか?。


そう考えると、さすがに飄々が売り物の京太郎も腹が立ってきた。


人が見えないことをいいことに、悪夢を見せるなどのしょうもないいたずらばかりを仕掛けてきおって。


「許さねぇぞ」と、ここだけは思わず口に出てしまった。


今日子と恭美は、突然、怒り出した京太郎にビックリして、同時に訊いた。


「なに?」


「えっ、あ、いや、他人の肉体に憑依して何が面白いのかと思って」


恭美がうなずいた。

「そうよね、激しく同意だわ」


「結局バカってことでしょう」と今日子が辛辣なことを言った。


恭美が「魔物って」となぞかけをした。


そして、三人が同時に言った。

「バカ」


三人は大笑いした。

それもこれもエネルギー効果だ。


エネルギーが充満すると無敵の人になる。

しかも、それは共同作業なのでチームワークも楽しめる。


ただし、三分間だけだ。

その時間制限もスリリングに感じられる。


京太郎が元気よく言った。


「さぁ、次のターゲットは花山院さおりとそのクソガキですね」


恭美と合体するまでは、どうしょうと震えていたことをすっかり忘れてしまっている。


意気揚々と花魔メゾンに戻る。


三人が(富江と銭ゲバか)と二枚のイラストを見ていると大家が出てきて言った。


「今日はオーラが違うね、遠くからでもわかるぞ、何があったんじゃ」


京太郎が答えた。

「いや、ところで玉念と玉琳の代わりは入居されましたか?」


「すぐに来たわ。詐欺師たちの仲間が呼び寄せたのかな。奴らの連携はバカにできんからね。ま、わしにとっては奴らは防犯係だから、誰が入居してこようが関係ないがな」と相変わらずの財前節を呟いていた。


三人は部屋に戻り、作戦会議を開いた。


何といっても三分勝負だからミスは許されない。


しかも、花魔メゾンに住んでいた玉念、玉琳が宇佐美龍賢の息子たちという事実から、彼らが花山院さおりの配下、或いは下部組織にあたることは明白だ。


すなわち、花山院さおりは龍賢たちほど簡単な相手ではないということだ。


より綿密な作戦を立てる必要がある。


そのためには、今日子の霊視が不可欠だ。

そこで、三度、三人の手首が合体した。


これで三度目の合体だ、三度目。


そのとき、チーンという音が虚空に鳴り響いた。


(チーンってなに?)

三人は不穏そうな顔でみつめあった。


「これはご臨終を告げる鐘の音よね」


「恭美さん、不吉なことをいいますね」


「でも、そのように聞こえるわ、三度目だし。占いや勝負でも、三度目はじょうの目と言うわ。一度や二度は当てにならないが、三度目は確実であるということよ」


「それって、何かが確定したと言うこと?」


(何かが? それって何だ!)

思わず京太郎は叫んでいた。


既に、心の中に恐怖が忍び寄っていた。


青白い死神が鎌を持って「こうして三人が出会えたのは運命じゃ! 運命なんじゃ!ヒッヒッヒ」と叫んでいるような気がする。


今日子がつぶやくように言った。

「ヌルッって感じがする」


恭美がはっとした。

恭美は既に、今日子の魂が抜け出すのを見ている。


そのとき、今日子が「ヌルッて出てきた」と言ったのを覚えていた。


もしかしたら、魂が抜ける? 三人が同時に? これは面白いことになるわ、などとは誰も思わない。


なんであれ、未知の世界、未体験の世界は恐怖でしかない。


京太郎と恭美の魂がヌルヌルしだした時、今日子の第三の眼が活動し始めた。

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