第8話 お笑い芸人ジャイデブ食われる

翌日に事件が起こった。


4階の住人であるお笑いコンピ、ジャイアントデブを略したジャイデブとリトルヤセを略したリトヤセが何を血迷ったのか、或いは、魔が差したのか禁断の7階に侵入した。


ジャイデブはフンフンと鼻を鳴らしながら、702号室から703号室、704号室と一部屋々々、ゆっくりと見て回っている。


リトヤセの方は、「ここはヤバイよ。薄気味悪いよ。早く帰ろうぜ」と腰が引けているが、能天気なのかジャイデブは「一向に人気ひとけがなさそうだ。誰も住んでいないのじゃないのか」などと独りごちながらゆっくりと歩いてゆく。


そして、最後の部屋、705号室に辿り着く。


すると、ドアから少し光が漏れている。


「おっ、灯りが漏れている。ドアが少し開いてるんじゃないか」と言いながらドアノブに手をかけた。


それを見ていたリトヤセが小声で叫ぶように言った。

「やめときな、ヤバイよ。開けてはダメだ」


しかし、聞く耳など端から持っていない厚顔無恥が取り柄のジャイデブはドアを開けてしまった。


その瞬間、ジャイデブはもの凄い勢いで引きずり込まれた。


「あ」リトヤセは驚きと恐怖のあまり硬直してしまったが、このままほっぽり出して逃げるわけにもいかない。


リトヤセがおそるおそるドアを開けるとダイニングルームにジャイデブの体が横たわっている。


見ると、盛り上がったような血だまりがじわじわと玄関口に向かって流れ出している。


「えっ、血?」


よく見ると、ジャイデブの首が切断され、頭が横向きに転がっている。


「ひぇぇぇ」


リトヤセは腰を抜かしたかのように中腰のまま二、三歩、後ずさりした。


慌てて非常階段から逃げようとしたが、非常階段にはべニア板が張られて通れなくなっていた。


マンションは3年に一度の法定点検が義務付けられているが、ここはお構いなしだ。


「ひやぁ~」リトヤセは慌ててエレベータに駆け戻り、泣きそうな顔でボタンを連打していた。


管理人室で真っ青な顔のリトヤセの説明を聞いた財前は「ほぉ、そうか。また、殺人事件が起きたか」と呟きながら110番をしていた。


「さ、殺人事件ですよ」。もっとあわてんかいとでも言いたそうな顔のリトヤセを見て財前は言った。


「ここではな、毎月、誰かが死んどんじゃ。殺人事件なんて珍しくもなんともない。それより、お前さん、相方が殺されたわけじゃから、一人になったな。ここは一人住まいは禁止だから、明日にも出て行ったもらわんといかん」


やがて、パトカーが二台来て、四人の警察官が降りてきた。


一人は顔なじみらしく財前とにこやかに話をしている。


二人の若い警察官は新人らしく、花魔メゾンのエントランスを飾っている奇妙な絵画を興味ぶかそうに観察している。


(この馴れ馴れしい警察官はここで殺人事件があると必ず担当になっているんやろな)と呆然と警察官と財前のやりとりを見ていたリトヤセだったが、不意に我に返った。


「いかん、こんなことをしてる場合じゃない。すぐにこの薄気味悪いマンションから引っ越さないと」と慌てて自室に戻って行った。


京太郎と今日子が帰ってくると、待ってましたとばかりに二人の占い師のおばさんたちが寄って来た。


「お帰り」

小花のワンピを着た占い師が京太郎に話かけた。


「今日、7階で殺人事件があったんよ。あんたたちも気をつけないと、食べられ、いや、殺されてしまうかもしれないわよ」


豹柄のTシャツとパンツを穿いたもう一人の占い師おばさんが言った。


「7階だけは絶対に行ってはいかんよ。殺された一人は4階のお笑い芸人らしいけど、ほんとにおっちょこちょいよね。ま、芸人なんてそんなもんだけど、ダメだと言われていることをやっちゃうとほんとにダメになっちゃうからね」


そう言いながら、なぜか、二人は嬉しそうだった。


そこに財前がやって来て言った。


「鑑識が終わったら、いつものように掃除してもらうからな」


豹柄おばさんは「あいよ、また小遣いが稼げるわ」とほくほくした笑みをたたえながら、京太郎に「あんたにも万が一のことがあれば、あたいたちが後始末してあげるからね」と笑いながら言った。


705号室は血の海になっていた。


首が切断されているだけでなく、腹が切り裂かれ肝臓が抜き取られていた。


二人の新人警察官は凄惨な現場を見て、おびえたような顔をして、手で口を押えていたが、ベテランの二人は現場周辺に手掛かりになるものが落ちていないかと目を皿のようにしての観察に余念がなかった。


新人警察官の一人山本が、「足跡が残っていますね。犯人のですね。小さいですね、20センチあるかないか。子供です・・・・・・か? 子供なのに、80㎏はゆうにありそうなこの巨体を一瞬で引きずり込んだというのは違和感がありますね」


このマンションの現場に慣れている小倉が言った。


「そんなことはない。過去には百キログラムの奴も、ここまで引っ張られてきとる」


「へぇ。で、犯人は見つかったのですか?」


小倉は「いや」と言葉を濁らせた。


「どこにもいないんや。ホントに不思議な話だが、家探やさがししても手掛かりさえつかめない。だから、今回もまたオミヤだな。しゃあない、このマンションのことだからな、しゃあない」と最後の方は小さく呟いていた。


検視と鑑識が終わり、遺体も引き取られて警察たちが帰ったあと、京太郎と今日子は、事の詳細を訊くために大家を訪ねた。


大家は「犯人はいつものように子供のような小さな足形が残されとった。いつものようにな」と興味なさそうな顔で教えてくれた。

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