第6話 悪夢の世界

その夜だった、暗闇がぬるりと液体のように体にまとわりつくような気がする異様な感じのする夜だった。


ドデンは寝ていた。


そのドデンの夢の中に二人の白衣の人たちが訪れた。

医者と看護師だ。


のっぺらぼうのように表情が読み取れない。

夢の中だからなおさらだ。


医師らしき男が顔を近づけてきて「さあ、肝臓の様子を見てみましょうか」と言った。


夢の中だけど、ドデンはたじろいだ。


(うう、近すぎないか。近すぎるだろー、気持ち悪い)


すると、そののっぺらぼうのような顔にひびが入りだした。


(顔にひび? ひびが入っただと、顔に!)。


それは、乾いた大地に入るひびの何百倍も細かなひび割れだった。


そのひび割れが顔全体を覆いつくしてゆき、顔中がひびだらけになった。


(うう、これはなんだ、そのようなことがあり得るのか)


永遠のように感じられる数秒が経つとやがてそれらがボロボロと剥がれ落ちて行った。


(ああ、顔が崩れ落ちて行く、崩れて行く!)と思いながら、ドデンは声も出せず、身動きもできないまま黙って見ていた。


ボロボロと剥がれ落ちていた断片が、突如、勢いよく落ち始めた。


その剥がれ落ちた顔の下から出てきたのは、緑色の鱗だらけの顔だった。


「うぎゃー」


ドデンは叫んだつもりだったが声にならない。


必死になって声をあげようとしても声にならない。


鱗だらけの顔の目が唐突に猫の目のように丸くなり、瞳孔が縦に割れた。


ドデンの背中に冷水のようなものが走った。


再び、ドデンは声にならない声をあげた。


その瞬間、蛇のような顔の口が裂けた。


大きく避けた真っ赤な口が迫ってくる。


目の前まで迫ってくる。


その夜、ドデンは精神性ショック死でこの世を去った。


家人がドデンの死に気づいたのは翌日の早朝だった。


京太郎が出社すると部長が沈痛な面持ちで、「ドデンさんが昨晩、お亡くなりになった」と言った。


(えっ、ドデンさんが? 式神が派遣されたはずなのに、亡くなられた?)


京太郎はさっそく今日子に連絡を入れた。


今日子はすぐにピンときた。


(式神は医師ではなく死神だったのね。そういうことなの。やってくれたわね宇佐美龍賢)


その夜、今日子はいつものように長いTシャツ一枚で寝ていた。


夢を見ていた。

夢の中で何かの気配を感じた。


夢の中で目を開けてみると四つん這いになった黒いものが迫ってくる。


じわじわと迫ってくる。


なにかしらと見ているとそれは天狗だった。


黒い天狗が這いながら迫ってくる。

天狗? 夢の中なので思考が回らない。


天狗の鼻が迫ってくる。

しかも、今日子の股間をめがけて。


(ああ、なによこいつ。変態かよ)


まさにそのとおりだ、天狗の鼻が今日子の股間に迫り、やがて、局部にあたり始める。


そして、鼻はショーツをこじ開けて、穴の入り口に迫る。


(ああ、やめて、それ以上来ないで)


しかし、身動きができない。

声もだせない。


鼻が穴に入りそうだ。


(やめて、ふざけるな)

でも、体の自由がきかない。


そのように悶えていると、突如、右手首に違和感を覚えた。


なにか焼けるようにムズムズする。


そのとき、今日子の右手首に絵文字のような目の形、丸い目ではなく人の普通の目のような痣が浮かび出てきていた。


夢の中の今日子にはその形は見えないが、手首に起こった異変だけは感知できる。


そして、その異変が隣室で熟睡する京太郎に伝播した。


京太郎は熟睡していたが、彼も俄かに右手首に異変を感じた。


右手首が焼けるような感覚でムズムズする。

(なんだこれは?)


京太郎は起きて灯りをつけた。

みると右手首に三日月のマークが浮かび出ていた。


(三日月?)

そして、京太郎の三日月のマークと今日子の目のマークが反応し合った。


(今日子!)

京太郎は反射的に部屋を飛び出した。


直感が今日子の異変を告げている。


隣室のドアを開けた。


今日子は布団を跳ね飛ばし、股を広げて寝ていた。


京太郎は寝ている今日子の右手首を見てみた。

目の形をした痣が浮き出ている。


(なんだこれは?)


「おい!」京太郎は今日子の体を揺すった。

「起きろ、起きてくれ」


そのとき、ようやく今日子の目が覚めた。

夢の中身は、はっきりと覚えている。


黒い天狗。

いやらしい奴。


それよりも目の前に京太郎がいる。

「えっ、京太郎さん、ここで何をしているの」


「ああ、ごめん。君の部屋に入ってきちゃった」


「どうしたの」


「右の手首を見てくれ」

見ると目の形のマークがくっきりと浮き出ている。


「こ、これは何?」


「僕の手首にもマークみたいなのが浮き出ているんだ」と京太郎は三日月のマークを見せた。


「えっ、三日月? そして、私のは目? なんなのこれは」

「分からない」


「でも、起こしてくれてありがとう。今、私の夢の中に天狗が現れたのよ」


「天狗? それは龍賢の魔術だな」

「龍賢?」


「ああ、君の夢に現れた天狗は龍賢のしわざだ。夢を操れるとは、やはり、奴は魔物だな。これで、奴が魔物であることがはっきりと分かった」


「なぜ、龍賢だと断定できるの」


「奴は祈祷師であり、山伏であり、式神使いの陰陽師だからですよ。つまり、彼の正体は修験者ということになります」


「修験者?」


「天狗と修験道は密接な関係にある。天狗は修験道のシンボルでもある。つまり、天狗を操れる者は修験者であることの証になるのです」


「そうなの、天狗が私を犯そうとしていたのよ」


「なるほど、それで今日子さんに淫乱の相がでておると暗示をかけたのか。淫乱のるつぼに落として入れて操ろうとしていたのか」


(あやつめ、僕たちの凶性に反応したな)


話をしている間に今日子の目のマークが次第に薄れてきた。

そして、消えた。


「痣が消えたわ」


京太郎も手首を見た。

京太郎の三日月のマークも消えていた。


「これは何なの」

「分からない」


京太郎は言葉を継いだ。


「ただ、二つのマークが反応し合い、惹かれ合っていることは確かだ。この反応のせいで僕は目覚めた。同時に、脳裏に今日子さんの顔が浮かんできた。だから、失礼を承知で君の部屋に入ったというわけです」


「二つのマークに何らかの関係があるというわけ?」


「それは間違いない。ただ、二つの関係性が分からない。すぐに消えてしまったことにも違和感を覚える。あまりに消えるのが早過ぎると思いませんか」


「そうよね、早く消えてしまったということは不完全ということよね。何かが足りない。何かが足りないということよね」


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