第5話 宇佐美龍賢、式神を放つ
すると、館の主である
「この化け物女め、これでもくらえ!」と大声をあげながら錫杖を振り上げて殴りかかった。
しかし、その動きは遅く、とても相手を倒せるものではなかった。
女は身をひらりとかわし、龍賢を無視して、大口を開けて「おおおおおおおおおおお」と叫びながら大股で待合室を出て行った。
ドデンは「おお、何ということだ。いいものを見せてもらった。ここに来てよかった」と興奮していたが、今日子は冷静に観察していた。
三人の客は呆然と立ち上がっていたが、誰も逃げ出さなかった。
巫女たちも落ち着いていた。
一人は怪我をしたエースを奥へ連れて行き、一人は床の血を拭き、一人は満面の笑みを浮かべながら客に「お騒がせしましたが、もう大丈夫ですよ」と説明していた。
みんな手慣れた様子だった。つまり、この館ではこのような事件がよく起こっているのかもしれない。
(ここは、花魔メゾンと同じくらいの妖魔型異空間ね。このような世界に招かれるのは、やはり「凶」の字を持っているからかしら。特に、京太郎とダブル凶が一緒に行動しているのだから、凶の世界からは抜け出せないわね)
ほどなくして、三人は龍賢のいる奥の部屋に呼ばれた。
こじんまりとした部屋だったが、空気がどんよりと淀んでいる。
さすがに異空間だ。
花魔メゾンに劣らない不気味な雰囲気に満ち溢れている。
京太郎は名刺を出しながら「ジャスト出版社の藤林といいます。本日はお忙しい中、取材に応じていただきありがとうございます」と言い、薄田ドデンも名刺を出しながら「ホラー作家です」と言った。
神棚にお稲荷さんの像が飾られている。
今日子は、「ここはお稲荷さんなのですか」と訊いた。
龍賢は「ここは宗教組織ではない、祈祷の館だ」と言いながら、今日子の視線の先にある稲荷像を見て言った。
「あれにたいした意味はない。祈祷師、つまり、山伏と全く縁がないとは言わないが、たいした関係にはない」
「でも、ここは異界の地ですよね」とドデンが言った。
「あ?先ほどのけったいな女のことを言っているのか?この近くには精神病院があるからな、時々、そこを抜け出して変なのがやってくる。しかし、それもたいした話ではない。どこにでもある話だ」
「ところで」と今日子は訊きたいことの一つとしてエースの話を持ち出した。
「あの怪我をされた方は大丈夫なのでしょうか」
「ああ、玉念のことか、あれはわしの息子だ、わしの代理を務める祈祷師だ。だから、あの程度のかすり傷は何の問題もない」
「あの方は息子さんなのですか。お子さんはあの方おひとりですか」
「ああその通りだ、子供は彼一人だ・・・・・・」
龍賢の目つきが厳しくなった。
「いろいろと詮索するのが好きなようだな。だが、君には淫乱の相が出ておるぞ、気をつけないといかん」
(淫乱の相? 残念ながら、私は処女ですけど。淫乱のいの字もありませんわ。処女が淫乱になるなんて聞いたこともありませんが)
今日子は、「何よ、このインチキ祈祷師め」と罵倒したいところを堪えていた。
龍賢は今日子の怒りと困惑を知ってか知らずか、今度はドデンを覗き込むようにして言った。
「君は肝臓が悪そうだな。肝臓の部分に薄いモヤのようなものがかかっておるぞ」
ドデンはギョッとした。
確かに、肝臓の状態はよくない。
先日の健康診断でも肝硬変の疑いを指摘されていた。
確かに、食生活はずぼらだ。
アルコールは飲み過ぎだし、から揚げやジャンクフードなど脂質の多い食べ物も好きだ。
そのうえ、作家業だから運動不足にもなる。
「肝心要というように肝臓は心臓と並んで重要な臓器だ。おまけに肝臓は美味い。すごく美味い。レバー料理が人気なのも理解できる。君はレバーが好きかね」
「人のレバーもかなり旨いらしいけど、食べたことはないわな。ただ、レバーは狙われる臓器だから、誰かに食べられる前に治しておかねばならぬ」
食べられる前にというセリフにひっかったがドデンは素直に「はい、お願いします」と言った。
「今日か明日にでも、わしの式神たちを派遣しよう」
「式神ですか」と京太郎が口を挟んだ。
「式神って密偵じゃないのですか」
「それは陰陽師安倍晴明が放ったと言われておる式神じゃろう。わしの式神はそんなちんけなものじゃない」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます