第4話 祈祷の館に起きた怪異おおおおおおのバケモノ現る

「思ったより広いわね。充分にシェアできそう。ところで、あの詐欺師のエースたちとすれ違ったとき、京太郎さんは何か感じた」


「いや、なんも」

「あの女性は男よ」


「男?もの凄い美女に見えたけど」

「男よ。匂いで分かるわ」

「匂い?」


「そうよ、ホモ・サピエンスは、人類系のなかで、唯一、匂いで敵味方を判断できる生物なのよ。だから、数あるホモ属の中で唯一生き残ってきたのよ」


「生き残って来たのは知っていますよ。これでも出版社勤めですからね。ホモ・サピエンスがネアンデルタール人を含めて他の数あるホモ族も皆殺しにしてきたこともね」


「そうね、私たちはヒットラーやレーニンなどから知られるように、平然と大量殺りくを行える種族なのよ、だから人殺しには意外と鈍感だったりするわ」


「大騒ぎしているのは身内や関係者だけ。その他の多くの人は眉をひそめてはいるけど、そのほとんどは演技よ。他人の死に心を深く傷つけられる人などはほとんどいないのよ。なんたってわが身が一番という種族ですから」


「真実をいえば、そうだよね。ところで、あの二人が共に男だということは、二人は一卵性双生児でしょうか」


「そう、しかも二人共かつらを着用していたから頭は禿げているかもしれないわ」


「先天性無毛症ですか?」


「その可能性は高いかもしれないわ。少なくとも、私はそう感じたわ」


翌日、京太郎が出社すると編集部長が「今度、ホラー作家の薄田ドデンさんの取材に付き添ってもらうことにした」と言った。


「アシスタントもつけよう」

「誰ですか?」


「まだ、決めていない」


「では、私から推薦させてもらってもいいですか?webライターをやっている女子大学生ですが」


「JDか。おもしろそうだな、OKだ。君に任せる」


ドデンが取材を希望しているのは「龍賢祈祷りゅうけんきとうやかた」だった。


「えっ、きとうって、あの祈祷師のきとうですか?」


「その通り、私はね、あのうさん臭い館絡みで殺人を初めとした多くの犯罪が頻発しているとにらんでいるのですよ」


今日子が訊いた。

「もしかして未解決殺人事件とかですか?」


「そうです、新橋白骨体事件をご存じですか? 人間ひとりがかろうじて通れるわずか45センチ程度の狭い隙間で発見されたのは女性地主の白骨体だったという驚愕の事件です」


京太郎が応じた。

「地面師絡みの事件ですね」


「殺された資産家女性になりすました地面師たちによって、彼女の土地は転売されていた。それに類する臭いを放っているのが宇佐美祈祷の館なのです」


「実際、あの館に通っていた資産家の幾人かが行方不明になっているという噂が立っています。その真実をね、ホラー絡みの小説に仕立てたいと思っているわけです」


館の主である宇佐美龍賢うさみりゅうけんの承諾を得て三人は祈祷の館のもとに赴いた。


建物はタイル張りの平屋だった。

タイルが濃緑色に彩られている。


今日子がつぶやいた。


「ツタにおおわれた建物をイメージしているのかしら。それとも森をイメージしているのかしら」


ドアを開けて入っていくと、いきなり待合室が現れた。


待合室は思ったより広かった。


肘付きで金襴緞子きんらんどんすを張ったゴージャスな椅子が十脚ほど、ゆったりと掛けられるスペースをとって置かれていた。


三人ほどの中高年齢の女性たちが椅子に座って待っている状態だった。


巫女衣装をまとった若い子たちが忙しそうに動き回っている。


「なかなか繁盛してますな」とドデンが、今日子に話しかけてきたが、耳に届いてこない。


待合室の一角をあの詐欺師のエースの一人が横切って行ったからだ。


今日子は隣に座っている京太郎を肘でつついた。


白いマスクをしていたので顔全体は見えなかったが、あのさわやかな目元、あの体のしなやかさ、間違いなく彼だ。


頭は剃り上げたようにツルツルだった。


(やはり、無毛症ね。でも、なぜここにいるのかしら。答えは簡単よね。ここが彼の真の棲み処だからよね。となると、ドデンさんが感じていた殺人や犯罪などは彼の妄想ではなく、真実なのかもしれないわ)


そう思っていると、待合室の扉が開いて白いブラウスに白いロングスカートをまとった40歳頃に見える女性が入って来た。


いっちゃってる目をしていた。


いかにも不審そうにウロキョロしている。


そもそも、放っているオーラが紫色だ。


誰の目にも、怪しい奴、おかしい奴と認識される。


その女が、突然、大きな声で叫び始めた。


「おおおおおおおおおおお」


そして、叫びながら大股でのっしのっしと歩きだした。


「おおおおおおおおおおお」


(うるさいわね)

今日子は不機嫌になった。


(ぶっとばしてやろうかしら)


三人の巫女たちは逃げ出さずに警戒するように身構えている。


(逃げないの? 不審者じゃないの? いつもの患者なの? いや、いつもの顧客なのかしら?)


すると奥の方から、叫び声を聞きつけた、あのエースが鋭い目つきをしながら出てきた。


イケメンに凄みを増した暴走族のような顔になっている。


マスクを外しているので、今度は、あのエースだとはっきりわかる。


女はエースを見ると急に四つん這いになり、バタバタと手足を動かし、蜘蛛のようにザーとエースに近づいて行った。


エースは、この怪異な行為に、一瞬、びっくりしたようだったけど、そこは犯罪組織の一員だ。


すぐに鋭い目つきに戻り、口汚くののしりだした。


「なんなんだ、この薄気味の悪いクソ女は」


エースは女に罵声を浴びせながら蹴りを放ったが、女は軽やかにかわすと、四つん這いのまま、エースに飛びかかり、その左頬に噛みついた。


「うわっ」


エースは女の顔を押さえて引きはがそうとするが簡単には離れない。


そのうち、女の方から離れた。


エースはその顔をめがけて左ストレートを放ったが、女はびくともしなかった。


それどころか、女は爪を立ててエースの顔に突き刺し、ひっかいた。


エースは思わず左手で頬を押さえたが、指の間から血がしたたり落ちていた。


京太郎が立ち上がろうとしたが、今日子がそれを止めた。


エースがどうなろうと関係ないし、彼は犯罪者グループの一員だし。


この怪しい館の仲間でもあるし。


それよりも、成り行きを見守りたかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る