第3話 7階は魔界フロアーだ、絶対に入ってはいけない、食べられるぞ

管理人室は入り口も左手にあった。

一人のガタイの良いおじさんが座っている。


「あの」と声をかけるとおじさんはギョロと見て言った。


「入居希望者かね」

「そうです」


おじさんは品定めをするように二人を見ていたが、「いいだろう」と言いながら、部屋から出てきた。


「わしは財前廉太郎ざいぜんれんたろう。管理人に見えるだろうが、ここの大家だ。ここは家賃が安いから多くの人が訪れてくるが、わしの眼鏡にかなわなければ入居できない。このマンションはその名に記されているように魔が埋め込まれているから、魔に耐性のない凡人は入居できない」


そういいながら、相変わらず二人を観察するように見ていたが、「ここは敷金・礼金・管理費など一切なしじゃ。いつでも入居できるぞ」と言ってくれた。


「お願いします」

京太郎が頭を下げた。


「そうか、では、簡単にこのマンションの構造を説明しておこう。まず、ここは7階建てで、各フロアーに5部屋ある。しかし、ここでは自由に階数や部屋を選べない」


「まず、1階じゃが、ここには占い師夫婦たちが住んでいる。奴らは貧乏たれだけど、人見知りしないし、口が達者だし、しょっちゅう部屋からでてきておしゃべりしとるから、不審者たちの侵入を阻止するのに役立っておる」


「不審人物ですか?招かれざる人たちも多く入ってくるでしょうね」


「その通りじゃ。しかし、ここは特殊なマンションだからな、うろうろされては困るんじゃ。で、2階には詐欺師たちが群れて住んどる。ここは一人住まいが禁止だから、全員で10名は住んでおる」


「詐欺師たちですか。今、大流行りですね。おなじみのオレオレ詐欺から投資詐欺、ロマンス詐欺。だます相手には苦労しない」


「その通りじゃ、この天下泰平にして能天気天国の日本では稼ぎ放題だし、実際、彼らはボロ儲けしとる。合鴨の群れではないけれど、カモカモカモだらけだから狩り放題じゃ」


「警察からの偽電話でも、警察、検事と聞くだけでパニックになって、危うくだまされかかった漫画家もおりますしね」


「警察がお金を要求するわけがないのに、あまりにもチキンメンタルじゃ。一昔前までは『大阪のおばちゃんはだませない』と言っとたけど、たくましいおばばやおじじは、もういなくなったのかね」


「やれやれなげかわしいばかりじゃ」と大家はひとりごちながら話を続けた。


「今の時代、情報が氾濫しているにもかかわらず、逆に人々は簡単に惑わされてしまう。昔のように、地域の知恵や経験を活かして、詐欺に対抗する力を持った人々が少なくなっているのかもしれないな」


京太郎と今日子は何もいえなかった。


確かに、だます方も悪いけど、同じ程度にだまされる方もおそまつだ。


黙っている二人をみて、大家はつまらんことを言ったかという顔になり、説明を続けた。


「ところで、3階には安出組というヤクザたちが住んどる。安出はあのヤスデだ。ヤスデを知っているか」


「もちろんです。見た目はムカデみたいで怖いが、ムカデのように毒も牙も持っていない」


「その通りじゃ、ヤスデは、実は、何の攻撃力も備えていない虫だ。つまり、安出組は、『名は体を表す』という格言通り、ヤクザの中でも戦闘力が微弱な奴らだ」


「4階は、お笑い芸人たちが主だけど、売れない芸能人たちが住んでいる。夫婦もおるけど、ほとんどは同性同士でシェアしとる」


一息ついで大家が言った。

手には鍵が二つぶらさがっている。


「そして、5階が君たちの住むところになる。君たちには502号室に住んでもらう。6階は認知症を患った富裕層の高齢者たちが住んでいる」


「家賃は、いろいろな介護付きで30万円ほどもらっているが、それでも割安だ。そして、問題は7階だけど、このフロアーには絶対に入ってはいけない。それだけだ」


「なぜ、7階はダメなんですか」


「あそこは魔界フロアーだからだ。いいか、上から降りてくるエレベータに和服のキレイな女性が乗っていたら、絶対に相乗りするな!これは絶対だ。乗らずにやりすごせ。もう一度言う、これは絶対だ」


(魔界フロアー? そうなのね、そこが妖気の発生源というわけ? それが賃貸料の安い原因なの? でも、これで木造ボロアパートからおさらばできるわ。しかもRC造のマンションなのに負担がボロアパートの半分になるなんて)


大家の説明を受けて、管理人室にもどる途中、異常なほどの美男美女をみかけた。


共に20歳前後にみえる。


京太郎も今日子も同じ20歳前後で、京太郎は大人しくまじめそうにみえるけど、よくみると目鼻たちの整ったきれいな顔をしている。


今日子も少しくりくりした目をもつ小顔と小鼻の色白の美人だ。


しかも、バランスの取れた肉体を持つスレンダー美女だ。


二人共美男美女のカテゴリーに入るが、こちらの美男美女は怪しいオーラ、言い換えれば、艶っぽいオーラを放つ魅了系の美男美女だ。


白い肌、すこし切れ長で済んだ瞳、口は比較的薄くてこじんまりとまとまっている。


部分々々を取れば、二人共凄く似ている、文字通りの美男美女だ。


後ろから占いのおばさんたち三人が金魚のフンのように連れだって出てきて「いってらっしゃい」と声をかけていた。


京太郎が大家に言った。


「まるでアイドルに群がるファンのようですね」


「ああ、奴らはファンだよ。相手は詐欺師だというのに、ホントに能天気な奴らだ」


「あの美男美女は詐欺師なのですか?」。


「ああ、二人は詐欺師たちのエースだ。もっとも奴らはおおいに稼いでいるから、ここ以外にも棲み処は持っているだろうけど、ここをねぐらにしておる」


「もっとも、このマンションに入ったら最後、どこにも逃げ出せないがな」


「匿名・流動型犯罪グループと呼ばれるトクリュウもいるかもしれないが、いずれにしても、バリバリの犯罪者たちであることに変わりはない」


「でも、こういう奴らが住んでいると防犯対策にもなる」


京太郎は何げなく1階フロアーの奥をのぞくとまったく浮かれていない二人の占いおばさんたちが目に入った。


なぜかさめた目をしてはしゃいでいる占い師たちを見ている。


「あの人たちはファンじゃないようですね」


「鯖子と秋江か。二人は詐欺師たちと因縁があるからな」


「鯖子さんと秋江さんですか」


「占い師用の名前だよ。わしは奴らを全て占い師名で呼んどる。その方が楽だからな」


大家から鍵を受け取った京太郎と今日子は奥のエレベータに乗るために1階フロアーを歩いていると花柄の地味なワンピースを着た占いおばさんが待ってましたとばかりに京太郎に声をかけてきた。


「あら、いい男だね。ここは魔物たちが住むマンションだからね、食べられたり、殺されたりしないように用心しなきゃダメだよ」


京太郎は不審そうな表情を浮かべた。


(殺されるは分かるけど、食べられるってなんだろう?)


二人は部屋に入った。まだ引っ越しの荷物が運び込まれていないから、がらんどうだ。


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