第2話 花魔メゾンに引っ越してみた
「僕はね」と京太郎が言った。「中小企業の出版社に勤めているんだ。月収は21万。手取りにしてわずか16万円。食べて寝て終わりさ」
「私も仕送りなどないから、webライターしながらバイトを掛け持ちして、どうにかこうにか15万円ほど稼ぎだして、飢え死にしない程度に生きているわ」
「なるほどね、いづこも同じ秋の夕暮れというところか。ところで、今日子さんは彼氏おりますか」
「ふふ、いないわ」
(そりゃそうだよね。百地の凶の字だから、誰でも彼氏になれるわけじゃない)
「では、住むところをシェアしませんか。そうすれば家賃の節約になる」
「いいわね・・・・・・。私、いいところを知っているの。入居できるかどうかは分からないけど」
京太郎は興味津々になって聞き返した。
「僕も狙っているところがあるんだけど、今日子さんが考えているところはどのあたりですか?」
「ここと同じ新宿区よ。西のぎりぎりだけど」
「あっ、同じだ。もしかして」と同時に叫んだ。
「花魔メゾン!」
「ハモったわね」
二人は思わず笑い合っていた。
京太郎は「思い立ったが吉日。さっそく行ってみましょうか」と提案した。
今日子はうなづき、「そうね、行動しないと何も始まらないものね。まず動け、しかも早くが百地家の教えなの」と答えた。
「それに、もし入居できたら、家賃だけじゃなくて、生活のいろんな面でも助け合えるしね」と京太郎が続けると、今日子は「そうそう、料理も分け合ったり、掃除当番を決めたりして、楽しくやれそうね」と笑顔を見せていた。
二人は花魔メゾンの前に立っていた。
古くも新しくもない、ごくありふれたマンションだけど、もれ伝わってくる気配がヤバイ。
どのようにヤバイのかといえば、青木ヶ原樹海にたたずむ、崩れ落ちかかったような古い屋敷のようにヤバイ。
新宿だというのに、そのような雰囲気を漂わせていること自体がヤバイのだ。
「このマンションが放っている妖気は異常ね」
「そもそも、マンション名に魔という文字が入っているだけで異常でしょう。これだけ妖気を放っている物件ならば、大島てるさんもはだしで逃げ出すんじゃないかな」
「霊感があれば、そうでしょうね。でも、ここは家賃が相場の半分なのよ」
「2DKの相場が12万円のところ、ここは6万円。二人でシェアすれば3万円で済む」
「ほっておけないわよね。でも、外観は悪くないのに、なにかわけありなんでしょうね」
京太郎は「わけありでないことはない。絶対に」と言いながら、花魔メゾンのドアを開けた。
広いエントランスの壁に幾つかの絵画が飾られている。
右端に飾られているのは奇妙な写真だ。
薄汚れた二本のロープにぶら下がっている、ロープ以上に汚れ泥まみれになった警告の布切れ。そこには、こう書かれていた。
「この先あぶない。入ってはいけません」
「この写真、見たことあるわ」と今日子が言った。
「青木ヶ原樹海ね。撮影者は村田らむさん、確かそうよね」
「青木ヶ原樹海? なぜ、そのようなぶきみな写真が飾られているのでしょうか」
「それはね」と今日子が含み笑いしながら言った。
「ここが青木ヶ原樹海に匹敵する魔界ゾーンだからでしょうね」
次に飾られている写真も衝撃的だった。
それは、コモドドラゴンが鹿を丸のみした写真だ。
鹿の細い足が二本、ドラゴンの口から飛び出ているのが気持ち悪い。
「不気味な写真が続くわね」
「ああ、極めて悪趣味だ。でも、これがここの狙いかもしれない」
「どうゆうこと?」
「つまりね、怪異に対してどれだけ耐性があるか。どれだけ鈍感でいられるかを試すためのものかもしれない」
「魔界への登竜門ってわけ?」
「入居のための選抜試験みたいなものかもしれないね」
ドラゴンの次に飾られていたのはピカソのゲルニカの複製だ。
「ドイツ空軍のコンドル軍団によってスペインはビスカヤ県のゲルニカが受けた都市無差別爆撃の様子を描いた作品ね」
「いずれの作品も死が関与している。そのような配慮の下に飾られているということですね」
しかし、次に飾られているのは少しおもむきが違っていた。
四枚目に飾られていたのは、ジョージ秋山氏の作品である銭ゲバのイラストだったからである。
「地獄極楽ド畜生。ナンマイダブの人生さ。真実一路の道なれど、ままよ人生銭ズラよ。という黄泉がえりの歌を口ずさむ銭ゲバの左目が異常よね」
「あれは目じゃなくてお金だね。ジョージ秋山氏はそのような意図で描いたのでしょう」
そして、最後に飾られていたのが伊藤潤二作、富江のイラストだった。
京太郎が言った。
「富江も面白いホラー漫画だったね。彼は美人画にたけた漫画家だけど、どうして、最後に富江のイラストが飾られているのでしょうか」
「分からないけど、銭ゲバと富江は何らかの関係を示唆しているのかもしれないわね」
「いずれにしても、エントランスに飾られた絵画は不気味すぎるでしょう。銭ゲバも富江もホラー漫画だし、ここは魔界モードすぎないじゃないですか?」
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