20品 ダイアナ・ダッシュ

 エメちゃんがおまじない屋の花壇に水を遣っていると、

「やんやーん!止まらないよぉー!」

 少女が甘ったるい悲鳴をあげ、ムーンライト大通りをダッシュしていた。

「ダイアナさまーー!」

 やけに厳しい騎士服を着た銀髪の男が彼女を追いかけるが、服の重さに負けて足が重たい。エメちゃんはその男と初めて出会った感じがしなかった。その男は先日、エメちゃんの世界で赤い雨に濡れ、そのままジュースとしてミキサーされたと思う。

「ミーティア先生ぇ、どこーーー!!」

 エメちゃんはミーティア先生を呼ぶと、彼女がダイアナという聖女だと教えてあげた。ダイアナはミーティア先生にアタックするためにドジっ娘に進化した聖女だ。

「危なっかしい女の子は可愛い!」

 と彼女は猪突猛進にたくさんの危機に飛び込んでいく、命知らずなロックンロールな生き方をしている。ミーティア先生には聖女として護衛をしてもらったことがあり、考えなしのダイアナをある意味見放せなかった。それは彼女の騎士であるスノウも同じであった。


 ダイアナは、ミーティア先生の背中に隠れてこちらを覗くフェリーチェをじとっと見つめている。エメちゃんもフェリーチェと一緒に隠れていて、

「あの娘の髪色、バーミアンみたいだね。今日もレイさんが差し入れてくれたの。用意するねー」

 と離脱した。エメちゃんはその代わりにエミコちゃんをミーティア先生の後ろにつかせた。彼女は背が高いが、ミーティア先生の背中にすっぽり収まった。

「女の子ばっかりぃ……」

 ダイアナは不服そうにしていた。

「お前、聖女にしては結構慎んでいる方だな」

 フェリーチェがダイアナの肌の艶を見て判断する。ダイアナは「突然なにを」と目を丸くして固まっている。

「なかなかのじゃじゃ馬娘で誤解されがちだが、これからもよく頑張るように」

 フェリーチェはスマホのとあるスイッチを押せば、ダイアナが座っている椅子ががこんと動き出して、外へ放り投げられた。スノウが悲鳴をあげると、

「あ、スノウの椅子と間違えた」

 とフェリーチェは喚いているダイアナに謝りに行った。

「あなた、ダイアナより偉いわけ!?普通だったら全世界楽園計画本部に消されているわ!」

 と彼女はスカートに付いた土埃魔神を払って、立ち上がって脅してくる。フェリーチェはふふんと腕を組んで、

「わたしは全世界楽園計画本部の全てを把握している。全てが筒抜けだ。そして、わたしの指一本で転がされる程度のものよ」

 そう彼女はダイアナの額をツンと押した。ダイアナは足を広げてどてんと転げると、大声で喚き散らした。足を広げたのはわざとだが、転げたのは本当であった。

「器用だな」

 フェリーチェはクスッと余裕そうに見下ろした。

「お前、可愛い声してるって言われないか?」

 フェリーチェは態度に似合わず、ダイアナの声を褒めちぎる。

「えっ、えっ、えっ」

 ダイアナは頬を赤くしてパニックになりそうだった。女の子に好意的な言葉をもらうのは初めてだった。フェリーチェはその場に転げたままのダイアナを待たせて、鉢植えを持ってきた。

「あ、そこの声可愛いお姉さぁん。人間族のぉ、バーミアン色の髪のぉ、真っ赤なうさぎさんの目をしたぁ、世界で一番可愛いと思い込んでいるうるうるしたお姉さぁん。わたしの花占いやってみなぁい?あ、してみるぅ?」

 フェリーチェはダイアナの腕を引っ張って立ち上がらせた。

「や、やんやん!」

 とダイアナは目を潤ませて首を振り、ミーティア先生の後ろのエミコちゃんの後ろに隠れた。スノウはダイアナが自分を盾に選ばなかったことに動揺していた。

「ねぇ、ミーティア先生、今年の花祭りはダイアナと回ろう?」

 とそのまま上目遣いをするが、エミコちゃんと目が合うだけだった。

「毎年、毎年、友達と一緒に回って、ダイアナ、寂しいわ」

 ダイアナはミーティア先生を抱きしめたつもりだったが、相手はエミコちゃんで迷惑そうにしている。

「今年は友達と回らずに、フェリーチェと約束しているんだ」

 ミーティア先生はエミコちゃんの手首を掴んで、ダイアナの頭に彼女の手を置いた。

「フラれてやーんのっ!」

 近所の悪ガキが遠巻きで囃し立て、ダイアナは彼らに突進するように走り出した。その後ろをスノウが続けば悪ガキは散らばるように逃げた。スノウの殺気立ったものがミーティア先生にも向けられていたが、彼はフェリーチェと店に戻ってしまった。エメちゃんが二階の住居スペースからスノウに素早く泥団子をぶつけて強制的に帰らせた。スノウはどこから飛んできたものか分からず、悪ガキが他にも潜んでいると思って苛立った顔で見回していた。

 その帰り道、大神族の女子四人組に「あの人、うんこついてますわ」と言われれば、そのうちの一人が「もううんこはいいのーー!」と憤っていた。

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