15品 どの呼び名が特別なの?

 フェリーチェのおまじない屋さんは、機械人間の犠牲により新聞に載ったことがあるが、知名度は相変わらず高くなく、来る人が少ない。毎朝、ミーティア先生がフェリーチェにエールのデコピンをもらって、

「今日のお小遣いだよ」

 と250マネくれるのが彼女の日々の稼ぎであった。

 小学校のクラスでは人気者だが、遊びに来るだけでおまじないをしてもらうには、「貧相なレパートリーだ」と評される。まじない師として、何でもかんでもおまじないを提供したくないだけだ。まだ、ここに来て一ヶ月も経っていない。エリーエリーも、ヴァイゼルも、ここに来る準備をしてくれている。わたしのどこに焦る必要があるのだね。


「そろそろ花祭りの時期だねー。花冠を用意するからおめかしして一緒に回ろう」

 フェリーチェはミーティア先生と店のソファで話していた。そんな時におまじない屋に入る女性客といえば、

「あ、ツンデレのお客様ぁ」

 とソファから立ち上がって歓迎した。精霊語学士の言い訳系ツンデレ、ララミーであった。おそらく今日は、ミーティア先生を花祭りに誘おうと決めてきたのだろう。しかし、彼女は言い出せずにいた。

「勇気を出すおまじないがございますが……」

 フェリーチェがララミーにコソッと囁けば、「別にっ!」と怒っているが去ろうとしない。彼女に凝視されたミーティア先生は、困ったように小首を傾げた。何か言葉を探していると、次の女性客がやってきた。

「あ、ルティちゃ〜ん。また来たんだね」

 ミーティア先生は友人の登場に嬉しそうにお茶を用意しようと立った。

「あ、ララミーさんもお茶しますか?」

 と明らかに外向きの様子に、彼女は言葉を詰まらせながらも頷いた。

「お菓子ー♪お菓子ー♪」

 フェリーチェはミーティア先生について行くふりをして、陰でこっそり二人の客を観察していた。ルティはいつも通り我関せずだったが、ララミーはあからさまに彼女を意識していた。ミーティア先生がちゃん付けをしていたのだ。フェリーチェに対しては呼び捨てなのに、自分にはさん付けなのに。なんかもつれ事が起きないかな、とフェリーチェは目を輝かせているが彼女たちは一向に動き出さない。

「やれやれ仕方ない」

 フェリーチェはルティに、

「喉は治りましたか、お客様ぁ?」

 と聞くと、片手で両頬をぶにっと掴まれた。今にも顔面骨折を狙わんばかりの眼光だ。フェリーチェは眉を八の字にして「ぷうぷう」と鳴いた。

「あんた、花祭りってどうするのさ」

 ルティがハードボイルドな喉を震わした。聞いた相手はフェリーチェでなく、ララミーであった。

「誘う相手とかいるわけ?」

 フェリーチェは噂の恋バナに元気よく「ぷう!」と鳴いたが、お前には聞いてない、と言わんばかりに力を強められた。

「いません!」

 ララミーはルティの圧に負けて、萎縮するように答えた。

「プンペペプンプペポ!(ツンデレ頑張れよ!)」

 フェリーチェはララミーを叱咤した。

「キャーー!フェリーチェの顔トマトマしてる!?」

 ミーティア先生がルティの腕を解いて、手跡がすごいフェリーチェの手を引いた。そして、彼は店の裏で、たらいいっぱいの氷水を用意して、精油もちょちょっと入れてタオルを浸し、フェリーチェの赤い頬を重点につけた。

「大丈夫?ルティちゃんって酷いよね。痛くない?」

 ミーティア先生は心配そうにフェリーチェの顔を覗くが、頷くだけの子供になった。彼女はラベンダーの香りがするタオルに顔を埋めて、動きたくなくなってその場にしゃがみこんだ。

「今日は閉店です」

 彼は二人の客に伝えて、おまじない屋を閉めた。ララミーの帰る背中は項垂れていた。

「ミーティア、今年の花祭りはあたしたちと行かないわけ?」

 ルティは二人っきりになった途端に、彼に不満を訴える。

「ルティちゃんは相変わらず恋愛より友情をとるんだから。今年の僕は……フェリーチェを選ぶよ」

 ルティも歩き始めた。

 ミーティア先生は、彼女の顔が歪んで切なそうにしたことを知らないまま見送った。彼女は振り返らず片手だけ上げ、

「仕事に負けた」

 と呟いた。

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