6品 藁人形

「フェーちゃん、今日は楽しかった?」

 エメちゃんがフェリーチェの枕元に立って聞く。

「うん、友達できた」

 フェリーチェは決して目を開けないように固く瞑っていた。

「フェリーチェ、誰とお話しているの?」

 ミーティア先生はブツブツ呟く彼女の体を、布団の上からぽんぽんと叩いた。

「エメちゃんと」

 フェリーチェは頭から爪先まで布団を被った。エメちゃんはあと一週間したらおまじない屋に来る家事手伝いさんだった。フェリーチェは彼女の容姿のネタバレを嫌って目を開けないようにしていた。

 エメちゃんことエメラルドは半人半霊の家事手伝いだ。フェリーチェに会えることを楽しみにして、いつも大きな藁人形に話しかけていた。その藁人形が孤立しがちなエメちゃんの想いを真摯に受け止め、フェリーチェに届けようと一足早く干渉しに来た。

 エメちゃんは今日も夢の中で色々報告してくれるフェリーチェの頭を撫でる。しかし、姿かたちは見ないようにしている。エメちゃんはフェリーチェの容姿のネタバレを嫌って大袈裟に顔を背けていた。報告するフェリーチェも大袈裟に見ないようにしていた。


 エメちゃんが来る四日前。

 フェリーチェの枕元にはエメちゃんが家を出たと報告する女性が立っている。フェリーチェは目を開けて覗き込む女性と目が合い、

「お前はエメちゃんの厄災を避けるために鬼門に吊るされた藁人形か」

 と聞けば、女性は頷いた。

「もう、エメちゃんはあの家に帰られない。ワタシを連れて行きたかったらしいけど、ワタシの本体は大の男くらいある大きさです。エメちゃんは人形をばらしてトランクに全てを詰め込もうとしましたが、それは叶わなかった。それはいいのです。それより、エメちゃんがお気に入りの服や宝物を破棄して、全てワタシの藁ばかり。そのお礼にエメちゃんの服や宝物を取りに行かせてもらえませんか?」

 藁人形はフェリーチェに願いを申し出に来たのか。フェリーチェは眉をひそめ、目を閉じ、

「わたしは万能であるが故に、お前の願いは一つしか叶えん。よく考えることだ」

 と答えを待った。

「では、アナタの力でワタシの体を作って欲しいのです」

「それはわたしを主人として永遠に従属することになる。人の形を持った心あるものは必ず苦しい想いをするだろう」

 そして、フェリーチェはある男の話を始めた。


「とある男は闇の力に蝕まれ、男そっくりの器を作った。その方法は二枚の鏡を使ったもの。一枚は男の鏡で、もう一枚は当時愛していた女性から盗んだものであった。二枚は向かい合わせて、その間に愛していた女性から抜いた心臓の入っているビンが置かれる。そのビンが生命を生み出す器であった。まじないは成功した。闇にまとったある男が生まれた。彼は全く成長しない体に絶望したが……今はどうだろうか。わたしはその男の生き様に惚れて、救済の道を与えたが……」


 フェリーチェは不意に目を開き、隣で添い寝をして眠りこけている彼を見た。そして、再び目を閉じて、藁人形に語りかける。

「従属するなら……今初めて会ったわたしよりエメちゃんの方がいいだろう。わたしは生き様に恥じぬ永遠の命を持つ者。エメちゃんは永いが限りがある。その時は彼女と共に去りなさい」

「感謝します!これからエメちゃんの元に帰ります」

 藁人形の声と足音は遠ざかった。


 エメちゃんが来た翌日、大きなトランクの縦・横・側面を足した高さの、金髪碧眼のおかっぱでキモノを着た子が、急いだ足取りでおまじない屋から出た。

「エミコちゃん、絶対帰ってきてね!」と見送るエメちゃんたちに力強く首を縦に振った。エミコちゃんは昨日まで自分が入っていた二つの大きなトランクを、ガラガラと両手で引っ張った。彼女の懐にはトワイライト行きの切符と、ミーティア先生が立て替えてくれたものをがま口財布に入れて。

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