第23話 お嬢様、不意打ちにはお気をつけて。

 マリー嬢たちに案内されてやってきたのは、メインストリートの裏にある小さな書店だった。

 お茶の専門店よりもさらに狭い上に、天井まで届きそうなくらい立派な本棚がずらっと壁沿いに並んでいて、全員で一気に入るのは難しい。

 というわけで、マリー嬢とお嬢様が入り、俺とブランは外で待つことになった。

「ジュリーは付いてきてくれないの?」

「外にはいますから。何かあればお呼び下さい」

 マリー嬢と二人きりになる上に、俺が一緒に行けないため、お嬢様が不安になるのは分かる。

 が、

「お、お兄様、私、大丈夫かしら……」

「ここが宮殿だと思えばいい。そうすれば多少は落ち着いて振る舞えるだろう。それに、案外メルセンヌ嬢はお前を理解してくれるかもしれない」

 ブランと話をするマリー嬢がお嬢様以上に不安そうな顔なのは、何でだ。

 ブランに説得され、マリー嬢は不安そうな顔のまま頷き、お嬢様に向き直った。

「で、では、ご案内しますわ、メルセンヌ様」

「え、ええ……」

 ぎこちない動作で二人がぞろぞろと書店へ入っていく。その木製の扉が閉まった途端、ブランが俺を見た。

「侍女殿。失礼する」

「え?」

 そう言うなり、いきなりブランは俺の体をぐいっと引き寄せた。


 うわ、近!


 突然の至近距離に俺がびっくりして見上げると、ブランは一瞬眉をひそめてこちらを見た。

「……あ、あの」

「……先程から、俺たちの後を付けている奴がいる」

「えっ」

 俺が慌てて周囲を見渡そうとしたら、ブランの手が目元を覆ってきた。

「迂闊に見るな。相手は魔力持ちだ」

「わ、分かるんですか」

「魔力持ちならば、な。幸い、微々たるものだが……」

 ブランは俺を見下ろしたまま、空いた手を静かに上げ、人差し指を立てた。その指先がわずかに白く光ったかと思うと、ふわっと頰に柔らかい風の感触がした。

「マリーに状況は伝えた。メルセンヌ嬢の身の安全も確保してくれる。安心しろ」

「あ、ありがとうございます」

 あれ? ブランってこんなにベラベラ喋るキャラだったか? 

 原作のブランは家族以外の女性とは目も合わせられない、会話をしようとしてもろくに続かない、クールに見せかけて内向的な部分の大きい奴だった……気がする。俺の安全を確保したり書店のお嬢様たちへの配慮をしたりして、周りの人に気を配るところは原作通りだけど……な、なんで?

 戸惑う俺にブランは無表情のままこう問いかけてきた。

「時に侍女殿。体力に自信はおありか」

「え? いや、見た目通りからっきしですが」

「そうか。では、貴方はいざという時のため、書店のドアの前で待機してほしい。拘束は、俺一人で行う」

「え、拘束って、わっ?!」

 突然ブランが駆け出し、支えを失った俺は思い切り尻餅をついた。

 が、その痛みを感じる間も無く、ぎゃあっと男の悲鳴が轟いた。少し遅れて通行人たちからの悲鳴も上がる。

 手を掲げたブランの目の前に、大きな小太りの男がべしゃっと地面に伏している。よく見ればその男の周りには淡い緑の光が纏わり付いているようだ。

 あ、ブランの風の魔法だ! 

 確かにゲームでも使ってたな。ヒロインに危害を加えようとするクリスティアーヌを拘束してた。

「先程から俺たちを尾行していたのはお前だな?」

「ま、待ってくれ、お、俺には何のことだかっ」

 男が青白い顔を上げ、ブンブンと首を横に振ってる。

 しかし、ブランは男に近寄り、その冷ややかな目で見下ろした。

 うわ、無表情イケメンの睨みこわ……。

「お前から漏れ出る微力の魔力に負の感情が含まれていた。明らかに俺たちを害そうとするものだ。一体何が目的だ」

「ま、魔力なんて! 俺はそんな高貴な方しか持てない魔力なんて持ってない! 持てるはずがないだろう!」

「では、なぜお前から魔力の気配がする?」

「そ、そんなの、俺が知るわけがないだろう! いい加減、こいつを離してくれえ! くそ、痛みはねえのに、取れねえ!」

 男がごろごろしながら必死に魔法の鎖を解こうとしている。そんな男を見て、ブランがわずかに首を傾げた。

「……っ、気配が、消えた? 何故?」

 け、気配が消えた? 一体どういうことだよ?

 つか、俺には魔力なんてないから尚更訳がわからん! 

 アワアワしながらブランの背中を見つめていたら、不意に背筋に嫌な寒気が走った。

「ヒヒっ、所詮ガキだな。フェイクに引っかかるとは」

「なっ?!」

 気味の悪い声で囁かれたかと思ったら、俺は背後から男に羽交締めにされていた。

 って熱!? 火花が周りに散ってるんですけど!

「っ、なんだと?!」

「おっと。動くんじゃねえよ? このかわいこちゃんが丸焼きになるぜぇ?」

 背筋がぞっとするようなその声の主は、黒いフードを被ったいかにも怪しい男だった。

 窪んだ目の奥のギラついた輝きは、どっからどう見ても正気には見えん。


 いや、待て! 俺、超ピンチじゃん!

 お嬢様が悪役令嬢になる前に死にそうとか、そんなんありですか?!

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