第13話 お嬢様、鍛錬あるのみです!

「ごきげんよう、メルセンヌ公爵令嬢。お目にかかれて光栄ですわ」

「わ、私こそお会いできて嬉しいですわ。め、メレス男爵令嬢……」


 お嬢様がタイコーズブルーのドレスの裾を摘み、ぎこちなくカーテシーをする。そのぎこちない動きと同じく表情もめちゃくちゃ固い。目から溢れ出る「あたしがなんでこんなことしなくちゃいけないのよ」オーラが凄まじい。

 でも、俺は構わずにっこりと笑ってみせる。

「一度お話ししてみたいと思っていたんです。お話は父からかねがね伺っておりますわ」

「そ、そうです、の……私もあなたのこと……その……あまりよく存じあげなくて……」

 おっと。事前にお伝えした設定を忘れてしまいましたか、お嬢様。

 確かにお嬢様の家庭教師から「お嬢様は物覚えがあまりよろしくない傾向にある」と教えてもらってはいるが……練習は始まったばかりだ、仕方ない、助け舟を出そう。

「ふふ、無理もありませんわ。私の家は一昨年に爵位を頂いたばかりですし、我が父が船舶事業を本格的に始めたのも昨年からですから」

「そ、そう、そうでした、わね、ふ、ふふ」

 あまり思い出しきれていない様子だが、何とか誤魔化そうと頑張っていらしゃるな。うん、思い切り顔に「分かりませんわ」って書いてあるけど。

「メルセンヌ様のお話もお伺いしたいわ」

「え、は、はい、私……その、私も…………っジュリー!」

 顔を真っ赤にしたかと思うと、眉を吊り上げてお嬢様はよそ行きの顔を崩してしまった。

「お嬢様、練習中ですよ」

「ま、まだやるの?! もういいじゃない! あたし、頑張ったわよ!」

 ドリルヘアーをブンブン揺らしながら主張するが、俺は心を鬼にして首を横に振った。

「いえ、まだ肝心のお話に到達していないじゃないですか。これだとただの世間話に終わってしまって、メレス男爵令嬢との交流を深められません」

「なんでジュリーの名前を使ってそんな練習しなきゃいけないのよお!」

「――お嬢様がおっしゃったからです。今度の第二王子主催のお茶会で、ご友人をお作りになりたいと」



 時は少し遡ること一日前。

 お嬢様宛にこの国の第二王子、ペール殿下主催のお茶会の招待状が届いた。

 ペール殿下はお嬢様の一つ上の十一歳。まだ婚約者はおらず、今回のお茶会はその婚約者探しの一環として行われるものらしい。


『その茶会に同行してもらいたいのはもちろん、クリスを茶会で問題なく振る舞えるよう、指導してやってほしい』

『わ、私が、ですか?!』


 突然公爵に呼ばれたかと思えば、そんなお願い事を初っ端からされて、俺は思わず目を剥いた。

『基本的なマナーは物心ついた頃から学ばせている。その点に関しては問題ない。問題なのは、対人関係で粗相がないかどうかだ』

『そ、粗相、ですか』

『ああ。お前も前任のメイドから聞いているだろうが、クリスは同年代の令嬢から遠巻きにされている。原因は、述べるまでもないだろう?』

 ええ、そりゃもちろん、と思わず全力で頷きそうになったが、咳払いをして堪えた。

 明らかに不自然だったが、公爵は特に気に留めた様子もなく、感情の揺らぎの見えない無表情のまま話を続けた。

『不敬な振る舞いさえしなければ多少のことは目を瞑ろう、それで良しと思っていたが、お前との関わりを見て多少なりとも改善の余地ありと判断した。社交界は一筋縄ではいかぬ世界。数多くの人脈を持つことは貴族として必須のスキルでもある。諦めていた故磨かせてはこなかったスキルではあるが、デビュタント前である今ならばまだ間に合う。多くの味方を得よ、とまでは言わんが、多少なりとも親しい相手を作れるのならそれに越したことはない』

『……ええ、私もそう思います』

『ましてやクリスは『シャンスのラピュセル』として五年後に王宮へ召し上げられる身なのだ。私も人伝に耳にしたのみだが、王宮での修行は数多くの貴族や魔法使い関係者と関わることになり、その関わりが重要になるという。となれば、それに間に合うよう、今から指導しておく必要がある』

『……おっしゃることは分かりました。ですが、その指導役として私は適任とは言えないと思うんですけど……』

『いいや、お前が適任だ。お前は我が娘が必要だと断言した人間なのだからな』

 きっぱりと告げた公爵に俺はそれ以上何も言えず、ただ静かに頭を下げるしかなかった。

 そのくらい俺を信用してくれてるってことだろうけど、しがないメイドにその期待はデカすぎると思うんですけど……。



 とにかく、頼まれた以上はやらねばなるまい!



 半ばやけくそになりながら、俺はお嬢様と今度のお茶会に向けた練習を始めた。

 俺相手に応対の練習をするのをメインにしつつ、休憩中は俺が掻き集めたお茶会参加者の情報をお嬢様に暗記させた。

 と、言っても全員じゃない。何せこの国の王子様主催のお茶会なのだ。小規模のお茶会とは言え、参加者は数十名単位だ。その全てを網羅するのは難しいし、それを覚えろ、というのも酷なので、その中でも俺はお嬢様が親しくなれるんじゃないか、と思われる令嬢の情報をピックアップした。

「うう、多すぎる……こんなに覚えられないわ……」

 俺が纏めた書類の束を手にしたお嬢様が、ゲンナリしている。

「これでも絞りに絞った方なんです。覚えてください」

「だいたい、こんなの、どうやって調べたのよ……?」

「旦那様にお願いして、色々調べて頂いたんですよ。お嬢様のためになるのなら、とおっしゃって頂けたので」

「お父様が?」

「ええ。それほどに旦那様はお嬢様のことを思っていらっしゃるんですよ」

 俺が微笑みながら告げると、お嬢様のエメラルドグリーンの瞳が輝いた。

 本当に、お嬢様は旦那様がお好きなんだな。この愛を得られず飢えすぎたが故に、ゲームのお嬢様は悪役令嬢となってしまい、捻れた愛を攻略対象やヒロインにぶつけてしまうんだろう……。

 そんな風にはさせない。なんとしてでもお嬢様には真っ当に育っていただかないと。

「……ねえ、ジュリー」

「なんですか?」

「このリストの中に、ペール殿下のことが載ってないんだけど、どうして? お茶会の主催者でしょう?」

「っ、ペール殿下は有名な方ですし、わざわざ調べ上げる必要はないと判断しただけです」

「ふうん。まあ、それもそうね。第二王子、どんな方なのかしら」

「……お嬢様、ご興味がおありなんですか?」

「王子様だもの、気にはなるわ。とてもお美しい方だそうだし」

 お嬢様がわずかに頰を赤らめてそんなことを言うものだから、俺は思わず首をブンブン横に振ってみせた。

「お嬢様。見目だけが全てではございません」

「な、何よ、急に」

「言葉通りです。どうか、見目だけで決めつけなさらぬよう。どんなに見目が良くても、中身がそれに伴わないことはよくあることです」

「それって、ペール殿下は中身が良くないお方だとでも言うの? いくらなんでも不敬がすぎるわ」

「そうは言っておりません。私の人生経験上、そう言うこともある、とお伝えしているだけです。現にお嬢様だって、黙っていらっしゃればお人形のように愛らしいのに、口を開けばワガママと炎が――あ、いえ、何でも」



 思わずいらんことまで口にしてしまったせいで、見事お嬢様の機嫌は急降下。 

 容赦無く繰り出された炎の魔法のせいで、せっかく作り上げた『お嬢様と仲良くなれそうな令嬢リスト』は一部燃えてしまった。ついでに、それを必死で守り抜いた俺のポニーテールの端っこも燃えた。

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お嬢様、フラグを折るのはお任せ下さい! もくせい @moku6moku

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