第12話 お嬢様、俺、めげずに行こうと思います。

「ジュリーさん、他のメイドたちから何て言われているか、ご存知ですか?」


 お嬢様のお勉強の時間中、俺はクロエさんと共に洗濯物を干していた。

 今日は急病で洗濯係のメイドが一人休んでしまったらしく、それなら手が空いている俺が手伝うと申し出たのだ。

 俺はシーツを大きく揺らしながら、苦笑いを浮かべた。

「お嬢様の新しい玩具、ですよね」

「やっぱりご存知だったんですね……」

「まあ、毎日どこかしら焦がされていれば、そういう認識になってもおかしくはないのかなって。でも、だからこそ、皆さん私に優しくしてくれるんですよ。まかないを分けてくれたり、お茶を差し入れてくれたり、励ましてくれたり」

「えっ、本当ですか? 陰でいい気味だとか笑われてないですか?」

 クロエさんが水色の目をまん丸にして言う。

 それは実際クロエさんが言われてた陰口なんだろうな。実際、俺もそれっぽいのは聞いたことあるし。

「多分、私がお嬢様のところへ向かう前に気合を入れているのを見ているからじゃないかなって思うんですよね。こう、両頬をばちばちに叩いて、シャオラッ!って叫んで気合い入れる癖があるんですよ、私」

「しゃ、しゃおら……??」

「はい。んで、焦がされても『焦がされちゃいましたよ、ハハハ』って軽く笑って暗い雰囲気にならないようにしているんですけど、多分、それが痛々しく感じるというか、こいつ可哀想だなって憐れまれてるんじゃないかなって思うんですよねえ。だから、陰口叩く気になれないんじゃないかと」

「そ、そう、なんですかね……? 私はむしろ、皆さん、お嬢様に立ち向かっていくジュリーさんに尊敬の意を抱いているんじゃないかと思いました。だって、あれだけ長くお嬢様と戦われる使用人なんて見たことなかったですし」

「まあ、すぐに諦めた方が楽と言えば楽なんですけどね。あのままではお嬢様の未来が危ぶまれますし、お嬢様から望まれた以上、その期待に応えたいって思いますから」

 それがひいては彼女の悪役令嬢化を防ぎ、彼女と共に滅びゆく我が身の救済にも繋がるんだからな、そりゃあこの程度でめげるわけにはいかんよ――なんて、クロエさんには言えないけど。

 小気味いい音を立ててシーツを広げる俺を、クロエさんがじいっと見つめている。

「? クロエさん、どうしました?」

「あ、いえ……そんなに歳も変わらないのに、ジュリーさん、とてもしっかりしていらっしゃって……素敵だなって」

 そっと目を伏せたクロエさんの頰がほんのり赤く染まる。

 …………いや、クロエさんは悪くない。

 クロエさんと瓜二つの前世の姉が絶対にしないであろう恥じらう乙女の表情に、違和感バリバリで梅干し食った後の顔をしたくなる俺の脳みそが悪いんだ。乙女ゲーマーだった姉ちゃんだけど、プレイ中に見せる表情は決して恋する乙女とかではなく、血走った目をした歴戦の戦士みたいな厳つさがあったからな……。

「いえいえ、そんな。そんなこと言いつつも、私も毎日ひやひやしてるし、お陀仏にならないよう必死なだけです」

「大変、ですよね……お嬢様は厳しくされることはもちろん、優しく接しても癇癪を助長してしまいますし……私も、お嬢様付きだった期間は二週間だけでしたが、いつも何が正解か分かりませんでしたし」

「まあ、そうですねえ。ただ、言うべきことはちゃんと言った方がいいかなって思います。まだお嬢様は十歳ですしね。魔法で燃やされることも多いけど、素直に聞いてくださることも十回に一度くらいはありますから」

「…………やっぱり私、ジュリーさんのこと尊敬します……ジュリーお姉様と呼んでもいいですか?」

「アッ、そういうのはマジで勘弁して下さいマジで」

 きらきらと羨望の眼差しを向けてくるクロエさんに、俺は必死に首を振った。

「とは言え、このまま私が地道に戦っていてもお嬢様にとって良い変化は訪れないと思うんです。何か、変化をもたらすようなことがあるといいんですが」

「変化……例えば、お友達を作られる、とかですかね」

「友達……あ、そう言えば、お嬢様の交友関係ってどうなってるんですか?」

「今のところ同世代との方と特別親しくされている様子はないです。旦那様とともにお茶会にはご参加されていますが、いつもお一人でいらっしゃるばかりで、近づいてくる方も最低限のご挨拶だけで。これは他のメイドから聞いた話なのですが、お嬢様は幼少の頃、お屋敷で仲良く遊ばれるようなお友達が数名いらっしゃったそうなのですが、奥様がお亡くなりになってからは誰とも交流を持たなくなったそうです。使用人にわがままをぶつけるようになったのもこの頃からだと聞いています」

 眉を八の字にして話すクロエさんに相槌を打ちながら、俺は内心「やっぱりな」と苦笑いした。

 ゲーム本編でも、身分の違うご令嬢と友人になる主人公を妬んでいるクリスティアーヌの描写はあったし、彼女の命令で動くのは基本的にメルセンヌ家の使用人達だった。

 しかし、その使用人達との関係も希薄で、裏切られる展開も多々あったし、悪役令嬢となったクリスティアーヌの本当の味方は皆無なのだ。公爵とも、上手くいかないまますれ違ってしまうし。

 こう考えると、ますますお嬢様が哀れになってきた。

 なんとか、彼女の味方を作らねば。俺やクロエさん、メルセンヌ公爵の三人だけでもゲーム本編と比べれば大分マシだろうが、お嬢様の健やかな心の成長を促すのであれば、やはり同年代との友好的な交流は必要だと思う。

「なるほど、じゃあ、お嬢様にご友人を作って頂けるよう、頑張りますね」

「えっ、が、頑張るってどうやって……」

「今後、お茶会やパーティーの招待があった際、お嬢様が穏やかに交流できるよう、私で練習して頂くんです。今は私だけで済んでいるからいいですが、ご友人になってくださるかもしれないご令嬢に魔法をぶつけるなどといったことはあってはならないことですし。やはり、あの癇癪をうまくコントロールできるようになっておく必要はあるかと」

「そ、それはそうですけど……それじゃあやっぱりジュリーさんの負担が大きいのでは……」

「大丈夫です。もとより理不尽な扱いには慣れてますから!」

 それは嘘じゃない。

 ジュリー・メレスとしても男爵の庶子であるが故に男爵の奥さんとか腹違いの姉に冷遇され、ひどい仕打ちを受けてきたし、前世である「相馬樹里」としても、バイト先の先輩に扱かれたりとか、姉ちゃんのオタ活をボランティアで手伝わされたりとかあったし。ジュリーは心を殺して耐えていたけど、相馬樹里としての意識の方が強い俺としては「コンチクショーめ! 絶対負けねえぞ!」の意思で乗り越えてきたことだから、十歳かそこらのお嬢様の癇癪に付き合うなんて屁でもない。

 むしろ、お嬢様はとても素直だし反省してくれることも…………十回に一度くらいはあるから、伸び代がある。

 何より、やらなきゃ第二の人生もあっけなく終わってしまうのだ。だから、何としてでもやり遂げなければ!

 そんなやる気に満ち満ちた俺を、クロエさんは恍惚とした顔でじっと見つめると、

「……ジュリーお姉様……」

「や、まじでそれはやめてくださいサブイボが立つから!」

 クロエさんから立ち上る謎のお姉様フラグを全力拒絶しながら、俺は残りの洗濯物を手早く干していった。

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