第11話 お嬢様、わがままはいけません!

「いや〜〜〜〜! 絶対に、ピンクじゃなきゃ、嫌なの!!!!」



 キーンとなる高音大声量に、俺は両耳を思わず塞いだ。

 ヤバい、顔に出る。こいつクソめんどくせえガキンチョだって顔に出てしまう。

 俺はぐっと奥歯を噛み締めて感情を殺し、目の前でぜはぜはと肩で息をしているお嬢様に声をかけた。

「お嬢様はピンクのリボンがよろしかったんですね」

「っ、そう、言ってるでしょ! あたしがピンク好きだって、分かってるでしょ、ジュリー!」

 そんなにゼハゼハしてるくせにまだ大声で怒る元気があるらしい。


 ……はっ、いかん、こいつマジ殴りてえって顔に出そうになってしまった。


 俺は咳払いをして、大きく頷く。

「はい、もちろん把握しております。ですが、お嬢様、お嬢様がご愛好されていたピンクのリボンは昨日燃えてしまいました。お嬢様の炎の魔法で、です」

「っそんなの、分かってるわよぉ! だから、さっさと新しいものを用意しなさいよ!」

「はい。ですので、私が選んだこちらの白のレースのリボンを」

「それは嫌! ピンク!!」

「ピンクはございません」

「そんなの、何とかして手に入れなさいよ!」

 地団駄を踏み、小型犬のように吠えるお嬢様に、俺はこめかみを押さえてため息をつきたい気持ちをぐっと堪え、努めて冷静な声で告げた。

「恐れながら申し上げます、お嬢様。リボンの色一つこだわっているようでは、旦那様がお喜びになるようなご令嬢にはなれないかと思われます」

「っ……」

 旦那様の名前はとてもよく効くらしく、あれだけギャイギャイしていたお嬢様が言葉を詰まらせた。

 というか、いつもこのパターンで黙らせてることが多い。じゃないと、全然こっちの言葉が耳に入らないんだよな、このお嬢様……。

「それに私はどのようなリボンであっても、お嬢様によくお似合いかと思います。私がこちらを選んだのも、お嬢様の本日のドレスにきっとお似合いだと思ったからです。ですから――」

「……るさい」

「はい?」

 お嬢様の声が聞こえず、近づいたのがいけなかった。

 お嬢様は大きなエメラルドグリーンの目を吊り上げ、片手をこちらへ向かって大きく振り上げた。


「うるさい! あたしはピンクがいいったら、いいの〜〜〜!」

「ぅ、お、わああっ?!」


 不意に目の前に現れた火の玉は、俺のエプロンの端を派手に焦がした。



 ――俺、ジュリー・メレスがクリスティアーヌお嬢様の専属メイドになって、一週間が経過した。

 最初こそは「お嬢様の悪役令嬢フラグをへし折ってやらあ!」と意気がっていた俺だが、お嬢様の「少しのことでもすぐに癇癪を起こし、魔法を発動させてしまう」性格に、日に日にやる気を削がれていた。

 確かに、クリスティアーヌというキャラは些細なことですぐに主人公に当たり散らすし、攻略対象とちょっと仲良くなっただけで敏感に察知して激しい嫉妬の炎を燃やすし、炎の魔法もやたら使いまくってた。十五歳のクリスティアーヌでそうだったのだから、それよりも五歳も幼い今のお嬢様が超わがままでも致し方ないという話だ。

 だからこそ、この段階での矯正が必要なんだが……疲れるし、常に炎をぶつけられるから、お嬢様の矯正どころか、自分の身を守るのに手一杯になってしまっている。幸い、今の所前髪を軽く燃やされたり、運んできたお料理を燃やされたり、メイド服やエプロンをちょっと焦がされたりする程度で済んでいる。それに、お嬢様も少しずつ魔法を人にぶつけてしまうことはいけないことだと学び始めているのか、ぶつけられる炎の勢いも小さくなってきたように…………いや、そもそも人に火をぶつけんなってことを理解して頂かなくては。今は俺だけでも、悪役令嬢になってしまったら恋敵を殺すために使ってしまうのだから。

「失礼します……」

 リボンはピンクじゃなきゃ嫌と言い張るお嬢様との戦いを「では、また今度お嬢様に似合うリボンを買って参ります」「もうじきお勉強のお時間になりますので」という強引な締めで終わらせた。もちろんお嬢様はご納得されるはずもなく、最後までギャイギャイうるさ……お怒りだった。まあ、仕方ない。これも矯正のためだ。今は響かなくても、積み重ねていけばきっと、少しは響くかもしれない……多分。

 焦げたエプロンの裾を摘み、さて、どうしたものかな、と俺が考えていると、

「ジュリーさん、大丈夫ですか?」

「あ、クロエさん、お疲れ様です。この通り、なんとか生きてます」

 洗濯かごを抱えてやってきたクロエさんは、俺の焦げたエプロンを見て、きっと眉を吊り上げた。

「全然大丈夫じゃないですよ! エプロン焦げちゃってるじゃないですか!」

「あ、まあ、ははは……前髪よりはマシかなって思いますけどね」

「全然マシじゃないです! 私、修繕します! 代わりのエプロンを持ってくるので、修繕が終わるまでは使って下さい」

「え、いや、このくらいなら……」

「だめです! お嬢様付きになったらお嬢様のおでかけに同行することもあるんですから、身なりはちゃんとしないと」

「あ、それもそうか……でも、クロエさんにもお仕事があるから、修繕は私が」

「いーえ、私にやらせて下さい! 縫い物は得意なんです!」

 強気に迫るクロエさんに圧倒されつつ、俺は素直にお言葉に甘えることにした。

 

 

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