第10話 お嬢様、何故好感度が上がっているのでしょうか?
女性向け恋愛シミュレーションゲーム『ヒストワール・デ・ラピュセル』。
舞台は魔法が存在する世界、その中心に位置するフィルドールという王国。そこには百二十年に一度鐘を鳴らす、『シャンスの鐘』というものがある。
その鐘が鳴る日に生まれた少女は、この王国で信奉されている幸福の神『シャンス』の祝福を受けているとされ、彼女たちは『シャンスのラピュセル』と呼ばれている。
彼女たちは限られたものにしか扱うことができない魔法の力を有しているのはもちろんのこと、特別な魔法使い『ソルシエーヌ』になる素質も持っている。
『ソルシエーヌ』はシャンスから授かった力をもってこの国に繁栄をもたらすという、簡単に言えば英雄的存在だ。
この『ソルシエーヌ』になれるのは『シャンスのラピュセル』の中でもただ一人――『シャンスの鐘の儀式』にてシャンスに選ばれた少女だけ。
この物語の主人公は天涯孤独で孤児院育ち、貴族とは無縁の生活を送ってた。でも、実は『シャンスのラピュセル』だということが発覚し、もう一人の『シャンスのラピュセル』と共に王宮へ行き、魔法使いとしての鍛錬を重ねながら、『シャンスの鐘の儀式』に挑む。
その中で、主人公は魔法の先生となる貴族やら騎士やらと恋に落ち、好感度が一定値行った彼と儀式を乗り越えて、結ばれるーーと、まあ、定番の恋愛シミュレーションゲームである。
で、我が主人、クリスティアーヌ・メルセンヌ公爵令嬢は主人公と同様『シャンスのラピュセル』だ。
彼女のゲーム内の役割は主人公の恋路アンド魔法使いとしての鍛錬を邪魔するライバルキャラ。
ライバルキャラというと聞こえはいいが、やることが結構えげつない。主人公と攻略対象キャラとの恋愛フラグが立つと、クリスティアーヌも同じキャラクターと接近し、アプローチを開始する。主人公が対象キャラと接近しないようあの手この手で嫌がらせを仕掛けてくる。しかも、クリスティアーヌの悪事を助長するかのように、彼女とは直接関わりのないところで主人公を不利な状況に追い込む出来事も発生する――謂わば、彼女は『歩くヤバいフラグ一級建築士』なのだ。
姉ちゃんは障害があればあるほど恋愛は燃える、それが面白いんだと言っていたが、冷静に考えると「いや、いくらファンタジーだからってそうはならんだろ」みたいなことも起きたりするので、シナリオを書いた人間はとにかく何としてでも障害を発生させてやろうと躍起になってたんだろうなあ〜……なんて、実際ゲームしながら度々思ったもんだ。
そんな製作者の都合がモリモリに盛られた『歩くヤバいフラグ一級建設士』であるクリスティアーヌは、どう考えても関わっちゃいけないキャラクターだ。
そんなキャラのいるお屋敷の使用人(しかも女装の男)に転生してしまった俺だけど、幸いゲームでは一切詳細が描かれないモブだ、逃げようと思えばいくらだって逃げられるが……主人公が何かしらのエンディングを迎える時、クリスティアーヌは自身の打ち立てたヤバいフラグに巻き込まれ、死んでしまうか、家が没落してしまう。しかも、大抵のエンディングでクリスティアーヌは死ぬ。場合によっちゃ、彼女の周辺にいる取り巻きとか使用人とかもフツーに死ぬ。クリスティアーヌの使用人になった今、それがマジで怖い。
クリスティアーヌは現在十歳。物語開始時は十五歳。
つまり、まだ五年の猶予がある。
その間に、俺はメルセンヌ家で目立たず無難に仕事を続け、お金が貯まったらお暇を貰う。メレス家には戻るつもりなんて毛頭ないから、稼いだお金で慎ましやかに生きていく――これが一番平穏に過ごせる方法だ。
そのためにもまずはメルセンヌ家で励む必要があるのだが、クリスティアーヌの近くにいる状況でもあるから、なるべく彼女とは距離を取っておこう。既に関わってしまった後だが、デカイ屋敷なだけあって使用人なんていくらでもいるんだから、こんなモブ顔使用人のことなんてすぐに忘れるだろう。現に、二度目ましての時は完璧に忘れられてたしな!
――と、メルセンヌ公爵にお嬢様付き侍女を命じられるまでは思っていた。
命じられてしまった今、俺は笑顔で俺に抱きついてくるクリスティアーヌお嬢様を前に、滅茶苦茶冷や汗をかいている。
「ジュリー! 今日からずっと一緒ね、嬉しいわ!」
「そ、それは……どうも……」
お嬢様は俺のことを忘れているどころか、好感度高めに接してくる。お嬢様が犬だったらブンブン尻尾を振っていそうだ。
あれ? 何で俺、お嬢様にこんなに懐かれているんだ?? 前回までは顔も名前も全く覚えられていなかったって言うのに。
疑問符をたくさん脳裏に浮かべる俺に、お嬢様はにこにこと経緯を教えてくれた。
「あの後ね、お父様と一緒にラズベリーのミルフィーユを食べたの。とても美味しくてびっくりしたわ。クロエはとても料理上手なのね、知らなかったわ」
「そ、そうですか。それは良かったで」
「それでね! ジュリーのこともたくさんお話ししたの! ジュリーがお父様とお話しした方がいいって背中を押してくれたことをお話ししたら、お父様もジュリーにあたしとのことを言われたっておっしゃっていたの! お父様にも働きかけてくれていたのね、ジュリー!」
「……え、いや、あれは……」
公爵への暴言とも捉えかねない俺の発言をまさかお嬢様に掘り返されるとは思わず、俺は狼狽えてしまった。
そんな俺の手をぎゅっと握り、お嬢様はエメラルドグリーンの目を潤ませた。
「こんなにもあたしのことを心配してくれたメイドはあなたが初めてよ、ジュリー……だから、あたし、お父様にお願いしたの。ジュリーをあたしの専属メイドにして欲しいって。あたしに臆せず意見してくれるジュリーが近くにいれば、あたし、少しはお父様の望むような公爵令嬢になれると思うの」
「お、お嬢様……」
あまりの健気さに、俺は不覚にも目を潤ませてしまった。
君、本当に五年後ヒロインを陥れる悪役令嬢になる子なの?
むしろ、この先の五年で君に何があるっていうんだ――ああ、でも、もし俺の介入がなければ、お嬢様と公爵が話をすることはなかったかもしれないし、そうなればお嬢様がどんどんスレて、ヒロインを陥れる悪女への道に進むルートも見えなくもない、か。
……ん? つまり、俺の接し方次第では、お嬢様の成長ルートを真っ当なものにすることができるのでは?
「だから、ジュリー。お願い、あたしのそばにいて。あたしが立派な令嬢になれるよう、見守って欲しいの」
「お嬢様を……立派な令嬢に……」
「そうよ。あたしはいずれソルシエーヌになるんだもの!」
えへん、と胸を張ってみせるお嬢様を見つめ、俺は彼女の手を握り返した。
「分かりました。私でよければ、お嬢様のお力となれるよう頑張ります!」
そうだ、俺がお嬢様の進むルートを修正すればいい。
彼女を真っ当な道へ導き、悪役令嬢化を阻止する。それは俺の身を守ることにも繋がる!
幸い、俺には前世で散々やらされ……もとい、プレイしてきた『ヒスラピ』の知識がある。これを使って、このドリルヘアーお嬢様のバッドエンドフラグをへし折ってやらあ!
こうして、俺はお嬢様の専属メイドとして、彼女の悪役令嬢化阻止計画を企てたのだった。
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