第9話 お嬢様、クビは回避できましたが…
「――ジュリー・メレス。今日からお前は我が娘、クリスティアーヌ付きの侍女だ」
「………………はい?」
朝の掃除中に急にメイド長に呼び出され、訳がわからないままメルセンヌ公爵の書斎にやってきた俺は、突然告げられた言葉の意味が分からず、ぽかん、としてしまった。
公爵は今日も何を考えているか分からない無表情だが、お嬢様と同じエメラルドグリーンの双眸からは底知れぬ圧が感じられる。
「昨日は、娘共々世話になった」
「え、あ、い、いえ……その〜……こ、公爵には大変失礼なことを申し上げてしまい、も、申し訳ございませんでした……」
しどろもどろになって頭を下げる俺に、「謝る必要はない」とやっぱり感情のない声で公爵が告げた。
「覚えのあることだったからな。あそこまではっきりと意見を言う女は我が妻ジョセ以来ではあったが」
「そ、ソウナンデスカ…………」
「案ずるな。娘からお前を罰するなと言われている。もとより私にもその意思はない。解雇など以ての外だ」
「そ、ソレハヨカッタ、デス……」
どうしよう。
罰もなければ解雇の心配もない。本来なら泣いて喜ぶ場面のはずなのに、何故かすっごく胃がキリキリするし、背筋に冷たいナイフでツーっとされてるみたいな嫌な感じがある。公爵がロボットみたいで、目に謎の圧があるせいだろうか。悪い人ではないようだが、通常運転でこれだと、確かに苦手に思う人間が多数いてもおかしくないかも知れない。
そんなぎこちない俺に気づいてスルーしているのか、はたまた全く気づいていないのか。公爵は淡々と話を続けた。
「その娘からお前を自分付きの侍女にして欲しいと申し出があった」
「な、何故……?」
「お前のことが気に入ったらしい。娘も、お前に色々と意見されたそうだが、それがとても胸に響いたのだと言っていた。我の強い娘が他者の、それも使用人であるお前の言葉に耳を傾けたと言うこと自体、私には驚くべきことだったが、さらにそれを受け入れた、と言うのは信じがたいことだ」
「はあ……」
「娘に対して親たる私が足りていないことは重々承知のこと。故に、その娘が心を開いたお前の力を借りたい。娘に仕え、娘が間違いを起こさぬよう、支えて欲しい」
「…………えと、公爵、よろしいでしょうか」
俺がおずおずと手を挙げて言うと、公爵は静かに頷いた。
「その、大変名誉なことを言って頂けているとは思うのですが、まだお屋敷に勤めて半月も経たぬ私を大切な娘さんの侍女にすると言うのはその〜……ちょっとどうかと思うんですが〜」
「それは、お前が将来娘を害する可能性がある、と言うことか?」
「い、いえっ、そんな、滅相もありません!! お嬢様を害するどころか、指一本、いや!、影をも踏まぬ覚悟でございます!!」
指先爪先までビシッと正して告げた俺に、公爵はやや面食らったように目を見開いたが、すぐに無表情に戻って頷いた。
「……その覚悟があるのならば問題ない。娘の侍女として励んでくれ」
「いや、あの、本当に……」
「まだ何かあるのか?」
ある。めちゃくちゃある。
あれとかそれとかこれとか知ったら、お嬢様の侍女どころか、またしてもクビ問題に発展しかねんことがある。
けれど、それを口にする勇気はなく、俺は静々と腰を折るしかなかった。
「いえ……精一杯勤めさせていただきます」
「……娘が自ら必要だと口にしたのは、お前が初めてだ、ジュリー・メレス。期待しているぞ」
お褒めの言葉を頂き、光栄この上ないのだが、あまりにも胃が痛すぎて「ははぁ」みたいな声と変な笑顔しか作れなかった。
さて、どうしたものか。
ここが『トワラピ』の世界だと知ってから数時間。早くも最初の方針を変更せざるを得ないようだ。
主人公の恋路を邪魔するライバルキャラ・クリスティアーヌ・メルセンヌ公爵令嬢と、極力距離を置こうという方針を。
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