2 お嬢様、あなた付きのメイドになりました。よろしくお願いいたします。

第8話 お嬢様、これは夢ですが、確かにあったことでした。

『――ただいま〜。お、今日もやってんじゃん。何々、誰落とす気なのよ〜』


 リビングに入ってくるなり、ニヤニヤしながら横にやってくる姉ちゃんに、俺は「ちゃんと手ぇ洗えよ」と釘をさしつつ画面に映り込んだ金髪イケメンを指差した。

『唯我独尊ワガママ王子サマだよ。友情ルートまだ回収してなかったから回収してるとこ』

『あ〜! それいいルートよ! 推しのノワちゃんもたくさん出てくるからお姉ちゃんも何十回と攻略したわ〜』

『それ、ブランルートの時も言ってたじゃん。つか、ノワールが出てくるなら何でもいいんじゃないの、姉ちゃん』

『そりゃま、推しは格別ですから〜。でも、ペールも攻略するとめちゃくちゃ可愛く見えてくるから不思議よねえ。母性本能くすぐってくるとこあんのよねえ』

『でも、序盤のコイツの女心を省みない軽率な言動は最悪だけどな』

『そうよ〜。それを言ったらペールだけじゃなくて、他の男どももそうだけどねえ。乙女ゲーの男は序盤からロクでもない奴らしかいなくて、女神のようなヒロインプレイヤーとの交流で改心していくのが王道の流れだし』

『それ、ホント? 序盤からいい奴な攻略対象もいそうだけどな』

『樹里、人間誰しも欠点があるのよ。完璧ないい奴なんていない。だからこそ、人は悩み、苦しみ、その姿が美しく映り、人を惹きつけるのよ! 物語が生まれるってわけ!』

『まあ……障害がなきゃ、ストーリーとして面白くないしな〜』

『そうそう。だからね、樹里。ストーリーを楽しみながらも、アンタはこの攻略対象たちを反面教師にしなさい。ヒロインの立場になって相手を見たら、同じ男としてどういう言動がNGで、どういう言動が好かれるのか、分かるでしょう?』

『まあ、少なくともこいつらみたいなことはしようと思わないけどさ』

『うんうん、それでいいのよっ。アンタに乙女ゲームを勧めてきた甲斐があったわ。よしよーし』

『……姉ちゃん、手洗えって』

『やだ、も〜、照れるな照れるな〜』

『照れる照れないの問題じゃないから!』

 ほんのりアルコールの香りを漂わせながらケラケラ笑う姉ちゃん。

 全く、今日も飲んできたな。大して強くもないくせに。

 でも、俺の髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜてくるその手は嫌いじゃなくて、(洗ってくれとは思うけど)今日もついつい受け入れてしまう。

『いい男になりなさいよ〜、樹里〜。女心を分かる男はモテるわよ〜』

 姉ちゃんの口癖に俺はハイハイと受け流しながら、ふと意識が遠のくのを感じて――。



 瞬きを数回して、俺はそれが『夢』だと知った。

 酒臭い『姉ちゃん』は、くすんだベージュの天井のどこを探してもいないし、体を起こして、小さなタンスとテーブル、ベッドしかない小さな部屋の中にもいない。

 まあ、『夢』だからな……いや、正確には『夢』じゃなくて『走馬灯』……それは死ぬ直前に見るやつか。じゃあ転生した後に見る前世の記憶ってなんて言うんだろう。

 そこまで考えて、俺はボソ、と呟いた。

「……『俺』、死んだんだな」

 その響きに目頭がツンとして、俺は思わず目元を擦った。何度も何度も擦った。

 昨日、その事実に気がついてどっぷり落ち込んで、ふて寝したんだ。いつまでもグジグジしてられねえし、『今』のことにしっかりと目を向けないとな。

「よし」

 俺は気合いを入れると、ベッドから起き上がった。

 

 

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