第3話 お嬢様、味方は一人でもいるとありがたいですね。

 控えめに開かれたドアの向こうからそっと顔を出したのは、あの時土下座していたメイドさん、もとい、クロエさんだった。

 その顔を改めて見て、俺は思わず息を飲む。

 本当にそっくりだ。顔のパーツと髪色だけなら。

 姉ちゃんだったら絶対にしない、しょんぼりとした表情にすげえ違和感を覚えるけど……。

「……あ、えと、だ、大丈夫、でした? 怪我とか……」

 とりあえず声を掛けてみると、クロエさんは水色の目を潤ませながら小さくうなずいた。

「ええ……あの時、ジュリーさんが助けてくれたので……お嬢様からも、お嬢様付きの侍女から外されて、洗濯係になるよう命じられただけで、特にお咎めなどはなくて……」

「そ、そうですか。それは良かっ……あ、いや、良くはないですよね? お給料減っちゃうし洗濯係は手がガサガサになるし腰もやられやすい過酷な仕事じゃ」

 一瞬よかった、と思ったけど、クロエさんの言葉に反応して流れてくるジュリーの記憶にギョッとして思わず言うと、クロエさんは気弱そうに微笑んで首を横に振った。

「お仕事を頂けるだけ、ありがたいです。私、ここを追い出されてしまったらいく宛がないので……」

「そ、そう、ですか……じゃ、じゃあ、それよりはマシなのかな……」

「……ジュリーさん、ごめんなさい。私のせいで、クビだなんて……」

 はら、とクロエさんの目尻から涙がこぼれ落ちる。

「え、あ、ああ! そうでしたね、おれ、あ、い、いえ、私、クビって言われちゃってましたね、あはは!」

 底抜けに暗くなりそうな雰囲気に耐えられず、あっけらかんと笑って見せたが、クロエさんは全く笑わなかった。それどころか、ますます涙を流し始めてしまったものだから、すげえ困った。

 姉ちゃんの顔で泣かないでくれ〜! 違和感バリバリでどうにかなりそうだよ!

「ジュリーさん、ここをクビになったらその、宛はあるんですか? まだ来て間もないのに男爵家に戻られるのは難しいでしょうに……」

「え? あ、ああ、そ、そうですね。実家とはほとんど絶縁状態みたいなもんです……けど! だ、大丈夫です! お……私、実はメレス男爵の庶子ですし、男爵家に引き取られるまでは平民だったので、平民暮らしには全然抵抗ないというかむしろそっちの方が落ち着くっていうか!」

 クロエさんの顔がどんどん暗くなっていくことに耐えきれず、ついジュリーの記憶を引っ張り出して余計なことをベラベラ喋ってしまった。

 すまん、ジュリー。庶子ってあんまりホイホイ言うことじゃないよな。でも実は男なんですってバラされるのとクロエさんに号泣されるよりはマシだと思ってくれ。

「ジュリーさん……本当に優しいんですね。すみません、私、ジュリーさんのこと勘違いしてました」

「え、勘違い?」

「その、挨拶を返して下さらないし、いつも俯いていらっしゃって、誰とも関わらないようにしていらっしゃるから、ちょっととっつきにくい人だと思ってたんです。でも、色々あってのことだったんですね」

「あ、ああ……まあ……ちょ、ちょっと人見知り強めに出ちゃうタイプっていうか……ははは」

 冷や汗をダラダラかきながら、とりあえず愛想笑いを浮かべてみる。

 まあ、こいつ男だもんな。下手に接してもし男だとバレたらクビだろうから、あんまり人と関わらないようにしてたんだろう……結局クビになったけど。

 なんて考えていたら、涙を拭ったクロエさんが真剣な顔で俺の手を取った。

「ジュリーさん、私、旦那様に直談判してきます」

「えっ?!」

「だって、このままじゃジュリーさんが解雇されちゃいます! ちゃんとお話しして、ジュリーさんはただお嬢様を止めて下さっただけであって、決して危害を加えるつもりはなかったのだと分かっていただければ、ジュリーさんの解雇を思い直してくださるかもしれません」

「え、い、いや、でも、旦那様って、話を聞いてくれるタイプの方でしたっけ?」

 俺が尋ねると、途端にクロエさんが固まってしまった。

 ああ、またどんどん眉が下がっていく……。

「旦那様は寡黙で笑顔を見せてくださったことはないですし、とても気難しい方だと思います……」

「じゃあ、説得はその、無理ゲーでは……?」

「でも! だからってジュリーさんをこのままに見捨てるなんてできません……! ジュリーさんは私の命の恩人です、そのご恩に報いるなら私……っ」

 い、いやいやいや、そんな青白い顔でブルブル震えながら言われたら、「切腹する覚悟です!」って続きそうじゃん! 世界観的に言わなそうだけど! 姉ちゃんがそれ言ったら完全にネタだと思うけどさあ!

「クロエさん、私が話してくるので大丈夫ですよ」

「えっ」

「大丈夫です、私、ぶっちゃけ旦那様とお話ししたことあんまりないっぽ……ないみたいなので! さほど苦手意識はないので、多分平気です!」

「ええっ?!」

 クロエさんが水色の目をまん丸にしてあんぐりと口を開ける。

 あ、その表情なら姉ちゃんっぽい。

「とにかく、やれるだけやってみます。どうせ失うものはないですし」

「だ、だめです、うら若き乙女がそんなこと言っちゃ……!」

 クロエさん、こいつ女の子みたいだけど付いてるんだ、アレが。全然うら若き乙女じゃないんだ。

 ――と言いたいのは山々だが、現時点での唯一のジュリーの味方ポジであるクロエさんの好感度を下げてしまうのはある意味クビよりも辛いので、ぐっと堪えておく。

「クロエさん、色々気にかけてくれてありがとうございます。とにかく、私が旦那様と直接お話ししてきます。ダメだったら、慰めてください」

「ジュリーさん……」

 再びぐすぐすと鼻を鳴らし始めたクロエさんに、俺はにっこりと微笑んでみせた。

 

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