第2話 お嬢様、なさそうなのに、あるんですが?!
「ヒィエっ?!」
見知らぬ女の人たちから部屋を追い出され、訳がわからんまま見知らぬ廊下を歩き、見知らぬ小部屋を見て何故だか「ここが自分の部屋だ」と認識して中に入り、頭の中をたくさんのはてなマークでいっぱいにしていた俺は、壁に掛かっていた鏡を見て変な声を上げた。
いや、変な声を上げて当然だ。
おんぼろな上に曇った鏡に映っていたのは、『俺』じゃなく、やっぱり見知らぬ女の子だったからだ。
大きな黒目をまん丸に見開いた彼女は薄いピンク色の唇をパクパクさせて、青白い顔をしている。『俺』と同じように。
いや、まさか。でも、まさか……。
意を決して俺は恐る恐る自分の体を見下ろし、再び「ギェ」と絞め殺される前に発するみたいな声を出してしまった。
紺色のワンピースにフリフリのエプロン――さっき俺の周りにいた女の人たちと同じ、所謂「メイド服」ってやつだ。スカート丈が長いのはありがたいが、それでもスースーする感覚があって落ち着かない。
いや! それよりも! 『俺』、いつ女の子になったんだよ?!
鏡に近づいてジロジロと今の己の姿を観察する。
黒髪を一つに束ねたその顔はさっき『お嬢様』って呼ばれてた女の子や土下座してた姉ちゃん似の人と比べると地味だけど、素朴な可愛さはあるような気がする……か?
でも、その素朴な顔に対して、身長はそこそこデカい。
胸は真っ平らっぽいが……あ、あるよな?
ごめん、ちょっと失礼して……あ、悲しいくらいない。掴める柔らかいものがない、というか、意外とがっしりしてる胸元のような……あれ? ホントに固いぞ……?
見知らぬ女の子の体を弄ることへの躊躇いを一旦捨て置いて、俺はその逞しい胸元を触りまくったが、期待するような柔らかさは皆無だった。
いや、まさか。でも、まさか……。
ごく、と喉を鳴らし、俺は下半身を見下ろした。
唇を噛み締め、該当の場所を思い切って触った途端、膝から崩れ落ちてしまった。
こいつ、男だ……!! メイド服着て女装してる、男だよ!!!
二度目の強烈なダメージ(女の子になってると発覚した時以上にショックだった)を食らい、俺はしばらくぼんやりと自分の体を見下ろしていたが、そのお陰で少しずつ落ち着いてきた。
女の子だとか、女装した男だとか、それ以前にだな、どうして俺は『俺』じゃない別人になってるんだ。
ベタだが頬をつねってみる。痛い。じゃあ、夢じゃない……っぽいな。
腕を組んで、記憶を辿ってみる。
えっと、俺は確かクリスマスケーキを買うために夜の街を走ってて、そしたら鐘の音が聞こえてきて……その後、車のクラクション音が……。
目が眩むような激しい光を思い返したところで頭を殴られたような痛みが走り、俺は思わず目を瞑った。
すると、それまでの記憶をかき消すかのようにいろんな声が聞こえてきた。
『ジュリー、お前は今日から『女』として公爵家に奉公へ行くのだ!』
『妾の子であるお前を使ってやるだけありがたいと思いなさい』
『よりにもよって
思わずゲンナリしちまうくらい、エゲツない罵倒のオンパレード。
同時に蘇る映像もそりゃ酷いもんで、太っちょの男もゴボウみたいにガリガリヒョロヒョロのメガネ女も、メガネ女と瓜二つの姉もどきもみんな虫けらを見るような目でこっちを見下ろしていた。
多分、俺……というか、『ジュリー』と呼ばれたこの女装男は地味な顔に似合わない波乱万丈な十五年を過ごしたらしい。
――私に意思なんて不要だ。だって、誰も私を一人の人間として扱ってくれないから。顔も知らない母親でさえも、私を捨てたのだから。
唯一聞こえてきた『ジュリー』当人の心の声が、一番えげつない。
自己肯定感という言葉と無縁で生きてきたんだろうなあというのがこの台詞だけですっげえよく伝わってくるよ。
瞼を開き、改めて鏡の中の『ジュリー』を見つめる。
「おい、ジュリー」
声を掛けてみたが、返事はない。ジュリーの記憶はあるけど、その心はいずこへか消え去っちまったんだろうか。
まあ、自分の意思なんて必要ないって絶望してたくらいだからなあ……。
と、控えめなドアのノック音がした。
「ジュリーさん、私、クロエです……」
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