第11話 全能

とある山脈の奥深く。

全知全能の神と言われている、白い髭を蓄えた老人が住んでいた。


神はこの世の全てを司り、なんでもできると言う。

男はこの話を聞き、「全能のパラドックス」を解明しようとした。


全能のパラドックスとは、神に持ち上げられない石を出せるか、という問いである。

出せるのなら石を持ち上げられないので全能ではない。

出せないなら石を出せないので全能ではない。


数々の文献を読み漁り、神の住む山脈を突き止めた。


男は山脈の奥地へと向かい、神と対面した。


男は聞いた。

「お前は何者だ」


神は言った。

「私は全能なる神だ」


男は言った。

「それならば、お前にも持ち上げられない石を出し…」


男は急に口が開かなくなってしまった。

どれだけ力を加えても、肘が逆向きにまがらないように、唇は微動だにしない。


しかし男は予想していた。


男は鞄からメモ帳とペンを出してこう書いた。

「神よ、筆談はできるか?」


神は服の裾から紙と万年筆を出して書いた。

「もちろんだ」


男は書いた。

「お前が持ち上げられない石を…」


いきなりメモ帳は燃え出した。

男は持っていたメモ帳を地面に叩き捨て、鞄を見た。

鞄の中の辞書や手記など、筆談に使えそうなものは全て灰となっていた。


男はめげず、今度は手話で会話を試みた。

「神、手話は知っているか?」


神は慣れた手つきで手話で返答した。

「熟知している」


男は例に漏れずあの言葉を…言わなかった。

男は薄々気づいていたのだ。

神がなぜ全能かを。


男は聞いた。

「全能のパラドックスは知っているか?」


神は心なし驚いたように見えたが、一瞬で平静を取り戻し、答えた。

「知っている。全能の不可能を全能は作れるか、と言うものだ」


男は希望を感じ、興奮混じりに手話をした。

「ならば、神はそれを…」


男の手首は動かなくなった。

やはりか、と言う失望を感じ、男は次の手を使った。


男は瞬きでモールス信号をし、神に聞いた。

「神はモールス信号が出来るか?」


神は半ば呆れながらも瞬きで返した。

「お前もすごい男だ。もちろん出来るとも」


男はモールスで聞こうとしたが、聞く直前で気付いた。

(瞬きが出来なくなったら、失明してしまう!)


男はモールスで神を

「さすがだ」

と褒め、別の方法を考えた。


そして、この妨害の仕様がない方法を思いついた。


男は

「神よ、私の思考が読めるか?」

と、念じた。


神は男にテレパシーを送り、

「その手のものなら私の得意技だ」

と言った。


男は、ひとが念じるものを妨害できるものか、と考え、例の質問をした。


「神は、自分でも持ち上げられない石を…」


男は首が捩じ切れて死んだ。

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